6-1 人殺しの虫
「くしさんはいつもボロボロですね。まるでレイプされて捨てられたみたいなひどい格好ですよ」
すっかり氷漬けになったお姉ちゃんを『漆黒の不可解物質』にしまいながら、野比沢はチラッとわたし見て、興味無さげに言った。口調が何故か敬語に変わっていた。
神社には相変わらず人気が無く、『最後の幻想』はお姉ちゃんの胸に突き刺さったまま。野比沢はトレードマークのメガネを外したまま、丁寧な手つきで凍りついたお姉ちゃんを黒い半月の中に収めている。
メガネを掛けていなくても、野比沢は特に不自由なそぶりを見せなかった。きっとあのメガネは度の入っていない伊達眼鏡なんだろう。野比沢の着ているジャケットはとても高価そうだし、シャツやパンツ、ベルトと靴の色や素材合わせもオシャレだった。見た目には気を使うタイプ。
ふと、わたしは自分の格好を改めて眺めた。
トップスのニットは胸から真っ二つに裂かれて、エッチなダンサーの衣装みたいになっていた。ブラジャーも真ん中で破られてその意味を成していない。お気に入りだったスカートはベルトみたいにウエスト部分だけ残して、あとは腰に巻き付いた海藻みたいにみすぼらしく垂れ下がっていた。パンツは破かれて地面に落ちている。ノーパンなのでアソコがスースーしてる。
確かに最近、こんなことばかり……。こんな姿じゃ家にも帰れない。
すると野比沢はいつものため息をついてから、『漆黒の不可解物質』に手を突っ込んで淡い水色の大判ストールを取り出した。
それを無言でわたしに差し出す。
「……」
わたしはすこし迷ってからストールを受け取って腰に巻いた。それで見た目は少しマシになった。
『漆黒の不可解物質』は何でも出てくる魔法のポケットみたいだ。
わたしはお礼の代わりに野比沢を睨んで言った。
「お姉ちゃんを殺したの? 」
「ええ、ほとんど死んでいますね」
野比沢は素っ気なく言った。
口調がやけに丁寧に変化したけれど、冷たい印象はそのまま。何だか今の野比沢の話し方が1番、彼に合っている気がした。
この男がお姉ちゃんを殺した。
長い間、わたしのコンプレックスの象徴だったあのお姉ちゃんが死んだ。田宮ないしはもういない。それは自分の半身が死んだみたいな気分だった。
お姉ちゃんなんか全然好きじゃなかった。お姉ちゃんさえいなければ、わたしの人生はもっと違ったものになっていたはずだ。その気持ちは今も変わらない。ハッキリとお姉ちゃんを憎んでいる。だから今日、わたしはコトの流れ次第ではお姉ちゃんを倒す覚悟でいた。
覚悟? ……いや違う。そうじゃない。それは……、期待だ。
お姉ちゃんを叩きのめして、わたしは前に進む。はっきりと殺意があった訳じゃないけど、わたしを縛り続けるお姉ちゃんの鎖から今日、わたしは自分の力で自由になるつもりだった。それができれば、私は変われるかもしれなかった。
でもその機会は永遠に近く失われた。結局、わたしはお姉ちゃんに全く歯が立たなかった。完敗。今までと何一つ変わらない……。いたぶられ、辱められ、いいようにされて、今までのわたしの人生と同じ……、いやもっとだ。
挙げ句の果てに、勝手に嫉妬して自滅して、最後は自分の愛する人に殺されてしまった。
こんなつまらない男なんかに……。
そう思って野比沢を睨むように眺めた。
メガネを掛けていない野比沢は若く見えた。いや、若いというより幼い。50歳を過ぎているはずなのに、幼い印象だなんて気持ち悪い……。この男は化け物だ……。
わたしは衝動的に野比沢を殺そうかと思った。お姉ちゃんが愛し、そしてわたしが倒すべきだったそのお姉ちゃんをあっさり殺したこの男を……、今度はわたしが殺す。そうすれば少しは気が晴れるかも知れない。わたしは変われるかもしれない。
けれど……、すぐに思い直す。
きっとわたしにはこの男も殺せない。
野比沢はわたしよりずっと『常世の蟲』について知っている。戦いの経験だって豊富だ。『漆黒の不可解物質』にあといくつ、蟲の生み出した武器をストックしているのかわからないけれど、今のわたしにはまるで勝ち目なんてない事は分かる。
それなら……?
そう思って野比沢に声を掛けた。
「いつもわたしのことを助けてくれるね」
少し驚いた表情をした野比沢は感情の読めない視線を送り、またすぐに目を伏せた。
「中央公園で初めてわたしが蟲を食べた時、真央さんに襲われていた私を助けようとして乱入したんでしょ? 」
あの時、もし野比沢が現れなければ、わたしは簡単に範田真央に殺されていたはずだ。武器の呼び出し方も、戦い方も知らないド素人のわたしが真央に勝てる訳ない。
「なななの時だって野比沢は近くにいた。そうやって、いつもわたしを守ってくれてるの? 」
野比沢は一瞬、目を細めてわたしを見つめたけれど、すぐに俯いてまた目線を外す。人と目を合わせるのが苦手なタイプなんだ……。
野比沢はそっぽを向いたまま言った。
「思い上がらないで下さいよ。僕は蟲を集めているだけです。そこに……、たまたま、くしさんがいた。ただそれだけの事ですから」
「ふーん。じゃあ、どうしてわたしが……、その……、真央とシテる時、動画なんか撮っていたの? 」
「別に……、ただの記録です」
不機嫌そうに野比沢は言った。
「ただの盗撮でしょ……。それを見てあなたは何をしてるの? 」
少し困った顔をして野比沢が口を開きかけた
時、あの音が頭に響いた。
「リィィィン! リィィィン! 」
「リィィィン! リィィィン! 」
ハッとした野比沢はあわててジャケットからメガネを取り出そうとした。
「遅っせえなぁ! 」
野太い声と共に黒い影が野比沢の背後に浮かび上がる。
『支配者領……(キングスフィ……)』
野比沢がメガネを取り出しながら何かの武器を軌道しようとするより早く、ギラギラ光る金色のバッドがフルスイングで野比沢のこめかみにクリーンヒットした。
「グシャッ!! 」
致命的な音をたてて野比沢は空高く吹き飛んだ。
驚いたわたしは慌てて銃を構える。銃口の先にはバットを握った大柄な男がいた。
銀髪のオールバックにカナブンみたいな緑光りするサングラス。黒い上下のスーツに胸元を大きく開けた白シャツ。
あれっ……、モジャモジャした胸毛は無くなってるけど、あの人、まさか!?
「お前が『支配者領域』を解除するこの瞬間を数年間、ずっと待っていたぜぇぇ! 俺はプロのヒットマンだからなぁ、確実にやれる時しか仕事はしねぇ。それにしても意外だったな! 用心深いてめえが、まさかこんなに近づくまで気づけねえなんてなぁぁ!! そこのヤリマンにでも気を取られたのか? たかが蟲集めのエサにしてるスケの1人や2人でよぉ、てめえもヤキが回ったなぁ、ええ、野比沢ぁぁぁ! 」
野太い男の声が神社の境内に響く。
「ドガァァン!!! 」
バットでたたきあげられた野比沢は数十メートル先の御影石に落下してめり込んでいた。
『燃専野球(バーニングベースボール)』
大柄な男が武器の名前をコールすると、その手に真っ赤に燃えるボールが現れた。
「そのまま死ねやぁぁ! 」
男は叫び、金色のバットで野比沢が落ちたあたりへ火の玉ボールを打ち込む。
「ドガァァン! 」
野比沢の辺りで大きな爆発が起こる。
「まだまだぁぁ!! 」
男の手には次々と炎のボールが現れ、それを野球のノックのように次々と放っていく。
「カキーン! 」
「カキーン! 」
ボールは金色のバットに触れた瞬間、野球ボールからバレーボールくらいに膨らんだ火の玉に変化して、野比沢がめり込んでいる御影石にカッ飛んでいった。
「カキーン! 」
「カキーン! 」
「ドコォォン!! 」
「ドガァァン!! 」
辺りにバットの金属音とバズーカ砲を連射しているみたいな爆音が響き渡る。
あっという間に神社の境内が砂煙に覆われていく。
「テメエのメガネが無くてもなぁ、ここは元々、昔お前が張った結界内だからよぅ、騒ぎを起こしても問題ねぇよなぁぁ! 」と大柄な男が笑って言った。
炎と煙の向こう、砕けた石の破片に混じって野比沢の左腕がちぎれて舞い飛んでいるのが見えた。
いけない! 止めなくちゃ!
わたしは『跳飛閃光』の銃口を乱入してきた男に向けて引き金を絞る。
「キュュンン」
チャージ弾。黒い光が銃口に収束していく。
「ああん? 誰にチャカ向けてんだぁ? 」
男はわたしの気配を素早く察知すると、地獄の千本ノックの手を止めてこちらを睨んだ。刺すような眼光。ドスの効いた声。
こ、殺される……!
わたしは恐る恐る声を掛けた。
「管理人さん!? 」
「あん? 誰だ、おめえ? 風俗嬢みたいな格好しやがって、誘ってんのか? 」
そう言った瞬間、男が視界から消えた。
「死ねや」
次の瞬間には目の前に片足でバットを振りかぶる男がいた。
は、早っ!!!
「一本足打法ぉぉぉ!! 」
男はアッパースイングでわたしに襲い掛かった。
「キャッ!! 」
わたしはとっさに銃のお尻にあるスライドを引いて光のバリアを作り出す。
わたしのバリアと男のバットが交錯する。
「ギィィン! 」
男の怪力でわたしはバリアごと空高く舞い上げられた。
打ち上げられた勢いで腰に巻いたストールが全開にめくれた。
「おっ! おめえ……、ノーパンじゃねえか! とんでもねえ変態女だな。……おう? そのマンコ……、おまえ……、ないしちゃんの妹の嬢ちゃんか? 」
えっ……、このタイミングで気づいたの!?
「何を見てわたしだと判断したのよっ!? 」
色々と納得のいかない怒りが込み上げてきたわたしは、引き金を解放してバリア状態の広角弾丸を地獄の管理人に放った。
この状態の弾丸はタメ撃ち弾丸より貫通力は落ちるけど、攻撃範囲は広い。
絶対に当たる!
けれど地獄の管理人は不敵に笑った。そして落ち着いた素振りでバックスイングに入る。
「振り子ぉぉ打法ぅぅ! 」
掛け声に合わせて金色のバットの先端がテニスラケットみたいに膨らんだ。
悪魔の管理人は片足を振り子のようにスライドさせると、わたしの放った広角弾丸をテニスボールみたいに打ち返してきた!
「ガッキィィン! 」
濁った金属音が響き、わたしの放った広角弾が一直線に戻ってくる。
う、打ち返した!?
放った時よりも勢いの増した広角弾丸が目の前に迫る。
もう一度、チャージ弾を作りバリアを張る時間は無い。そして空中に浮かんでいるわたしに逃げ場は無かった。
ダメ! 躱せない!!!
わたしは思わずギュっと目を閉じた……。
『漆黒の不可解物質』
どこかから野比沢の掠れた声がした。
目の前に『漆黒の不可解物質』が飛び込んでくる。
「グワシュゥゥ……」
黒いポケットは一瞬にして大きく膨らみ光の弾丸を飲み込んだ。
弾丸の風圧で腰に巻いたストールがまた派手にめくれた。わたしは慌ててストールをおさえながら落下する。
……た、助かった!
「チッ! 野比沢のクセに生意気だぜ」
剛田が舌打ちした。
「ダダンっ! 」
なんとか地面に着地したわたしはそのままヘナヘナと座り込む。
死ぬかと思った……。
地面にへたり込んているわたしを庇うように、野比沢本人がわたしの前に現れた。
野比沢は片手で器用にメガネを掛けると、苦しげに呟いた。
『支配者領域(キングスフィールド)』
野比沢の足元から不思議な図形が広がる。
それは円の中に星と見たことの無い文字が描かれた魔法陣のような形をしていて、野比沢を中心として半径3メートルくらいまで拡大した。その中にわたしも入っている。
「剛田宗夫……、やはり……、生きていたか……、ぐっ! ゴホッ! 」
野比沢が血を吐いて崩れ落ちる。
「野比沢武ぃぃ、やっと会えたなぁ! すっかり男前になっちまったじゃねえか! ええっ? 」
地獄の管理人こと剛田宗夫は、邪悪な笑顔を浮かべて野比沢をマジマジと眺めている。
野比沢は頭の半分がひしゃげて潰れていた。最初に吹き飛ばされた時に頭蓋骨が陥没したのだろう。左手は肩から先が千切れて白い骨が見えていた、脇腹には打球が当たったのか、バレーボールくらいの大穴が空いていた。
普通なら即死。今、生きているのが不思議なくらいのダメージだ。
「その傷じゃあ、『支配者領域』もせいぜい半径3メートルが限界か? ギリギリ、俺のバットの間合い分の展開だなぁ」
剛田はわたしと野比沢のいる地面に浮き出てた不思議な図形を指差して言った。
「陣が見えちまってるじゃねぇか。本来、見えねぇようにしてる結界が視覚化されちまってるって事はよぅ、てめぇが相当弱ってる証拠だよなぁ? 」
剛田の言葉に野比沢が目を剥いた。
「はん! てめえが拝み屋筋だって事は調べがついてんだよ。殺し屋の情報網舐めんなよ。それになぁ、その陣には見覚えがあるぜ。てめぇ、『支配者領域』の機能を拡張してやがるな。その理力でサナギの武器を独自に改造してるんだろう? 」
「どちらにしても……、お前はもう……、近づけない」
少しムキになった野比沢が呻くように呟いた。息遣いが苦しそうだった。
「ああ、確かに厄介なメガネだぜ。『支配者領域』を発動されたらよぅ、最大十キロ圏内に生き物は入れねえからな。だから最初にそのメガネを叩き割ってやるつもりだったが……、うまく守ったな」
えっ……、わたしは中にいるけど?
わたしの怪訝な表情を察して剛田は続けた。
「嬢ちゃんはそいつに許可されてるから中にいられんだよ。元々の『支配者領域』にはそんな都合の良いことは事出来ねえがな。こいつは自分の鬼道で蟲本体に干渉してやがる。そんな事すりゃあ、エグい負担がかかるがな。大方、嬢ちゃんを守るために無理して『支配者領域』を起動してんだろう? その傷で複数武器の同時使用とはなぁ、恐れ入るぜ。だが自殺行為だなぁ。俺にやられた初手の傷がまるっきり治ってねぇじゃねぇか! 随分きばってんなぁ、野比ちゃんよぅ。つまり嬢ちゃんはそれだけ大切なエサってことだよな? ないしちゃんの時みたいによ。次から次へとホントようやるわ。大体、そいつは昔から女ったらしでよぉ。あろうことか組長の女にまで手ぇ出しちまってな。その落とし前をつけるために俺が雇われたって訳だ。で、肝心のアネさんは今どこにいるんだ? それを吐けば楽に殺してやるよ! 」
剛田の言葉に野比沢は無表情のまま『漆黒の不可解物質』から長い黒髪の女の死体を半分取り出して見せた。それは以前にないしを襲ったサナギだった。
あの人……、野比沢のお母さん程じゃないけど、なんか……、ちょっとわたしに…….、似てる。
その顔を見て剛田が叫ぶ。
「クズがぁ! てめえはアネさんまで用済みになったら殺すのかよ! まだ羽化したわけでもねえみてぇなのによぉ、モノホンのゲス野郎だな、野比沢ぁぁ! けどよぅ、俺もそのドブカス野郎の絵図にまんまと載せられちまったからなぁ。確かにお前の飼ってるスケは良品揃いだわな。うっかりあのないしちゃんを抱いちまったのが運の尽き。おかげで俺まで『常世の蟲』のキャリアになっちまったが……」
「えっ、お姉ちゃんを抱いた!? 」
ビックリしてわたしは聞き返す。
「なんでぇ、そんな事も知らずにそいつの側にいたのかよ。めでたい奴だな、嬢ちゃんは。そこのクズメガネはなぁ、女に蟲を食わせて虜にしてよ。その女を他の男とヤらせて蟲に感染させてんだよ。そしてまんまとワナに掛かった男は蟲のキャリアになって武器と新たな蟲を生み出すって寸法だ。野比沢はそうやって武器と蟲を増やしてやがる。まあ、いわゆる美人局ってやつだな。もちろん大事な蟲を回収したら、哀れな男は用済みだから始末しちまうんだが、まさか商品のスケまでご丁寧に始末してるとはなぁ。てめえは噂通り血も涙もないただのゲス野郎だったな。まぁ、そこは俺もプロだからよ。しっかりとその辺は下調べして警戒したつもりだったんだがな。それに俺は元々、ソッチの方は男専門とたかを括ってたら、まんまとミイラ取りがミイラになっちまったなぁ。ガッハッハッ! まさか女の色香に惑わされたりはしねえだろうと思ったら、どうだい、このザマさ。お恥ずかしい話、あのないしちゃんを目の前にしたら我慢できなくなっちまってよ。ちんぽが爆発すんじゃねぇかってくらいバッキバキにボッキしちまったぜ。シクっちまったなぁ。けどよ、あんなにいい女が裸で足開いてりゃよ? 断れる男なんてこの世にいないわな。おかげで今じゃ女の良さにもすっかりハマっちまって、男も女もコナせる両刀使いって訳だ。ガッハッハッ! 」
そこまで話した剛田はスッと真顔に変わり野比沢とわたしを交互に見た。
「別に黙って始末してもかまわねぇんだが、死ぬ前に冥土の土産くらいやらねえとな、目覚めが悪いだろう? アネさんが死んでるなら野比沢を生かしておく理由はねえからな。野比ちゃんは今、ここで死ねや。まあ、そう言う訳で嬢ちゃんには悪いが、野比ちゃんと一緒に嬢ちゃんも死んでもらうわ。そいつに関わったのが運の尽きだと思って諦めるんだな。嬢ちゃんは殺す前にたっぷりと可愛がってやるからよ! 楽しんでから死ねや。クズメガネは目の前で自分のスケがよがり狂ってるのを見ながらゆっくりと殺してやる。てめえにはその程度じゃ足りねえ貸しがあるが、まあしょうがねえ。それによう、嬢ちゃんも嫌いじゃねえんだろう? 顔にそう書いてあるぜ、ガッハッハッ! 」
わたしは唖然として剛田の話を聞いていたが、慌て銃を構える。
冗談じゃない!!
目に映るロックオンサイトが剛田を捉えて黄色に変わる。
剛田はニヤッと笑った。
「そろそろ長年の仕事にケリつけさせてもらうわ」
剛田の緑色のサングラスがギラリと輝く。
急に辺りが寒くなったみたいに肌が泡立った。剛田は隠していた殺気を開放した。わたしの視界のロックオンサイトが赤く点滅している。
「無駄だ……。『支配者領域』には入れ……、グ、グッ……、ゲッ、ゲェェェ! 」
言葉の途中で野比沢は唐突に口を押さえると、胃の中の物を大量に吐き出した。
それに呼応するように『漆黒の不可解物質』からも中身が大量に吐き出された。
『漆黒の不可解物質』に収められていた蟲の武器や沢山の死体。それに何の目的で持ち歩いていたのか分からないようなピアノや掃除機、ゴム長靴などの日用品が黒いポケットの口から溢れ出して積み上がっていく。
それは昔の映像で見た夢の島みたいな風景だった。
やっぱり……、そうなんだ。
野比沢と『漆黒の不可解物質』の嘔吐を見て、わたしはあの満月の夜を思い出す。
蟲の武器は自分の体と繋がってるんだ。本体がダメージを受けるとその延長である武器も傷む……。
そんな事を考えながらわたしは野比沢に声をかける。
「大丈夫? 」
「グッ、ゴホッ! ゲホッ! 」
野比沢の体が小刻みに震えている。耳からも血が流れ出していた。
「ガッハッハッ!! その傷じゃあ助からねえよ、諦めな! 」
剛田は豪快に笑った。そして言った。
『攻守交代(チェンジ! )』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます