4-1 秘密の虫

私には人に言えない秘密がある。

私の名前は田宮ないし。21歳の大学生だ。

初めて秘密を持ったのは今から15年前。6歳の時。その頃、私には妹ができた。

産まれてきたかわいい赤ちゃんにパパもママも夢中だった。ママはわたしなんか放ったらかしで、妹のくしにばかり構っていた。

いつもお仕事で帰りが遅かったパパも、妹が生まれた途端に早くお家に帰ってくるようになった。お仕事から帰ったパパは赤ちゃんを抱き上げては嬉しそうに話しかけ、私の話なんてろくに聞いてくれなかった。

今までパパとママの愛情を独占していた私は、後から現れた妹のくしにパパとママを横取りされた気分だった。

寂しくて悲しくて、妹なんて居なければいいのに……、と思った。

そんな時、あの男に会った。

彼の名前は野比沢武。歳は私が出会った時、すでに40歳を過ぎたおじさんだったはずだけど、見た目はずっと若く見えて、お兄さんという感じだった。メガネを掛けていて、いつも無表情。冷たい瞳。笑わない。

野比沢の第一印象は何を考えているのかよく分からない人だった。そしてそれは、今も変わらない。

その時、野比沢は近所の神社で1人ぼっちで泣いていた6歳の私に声をかけてきた。

「どうして泣いているんだ? 」

初対面の子供に対して、野比沢は高圧的に話しかけてきた。

その日、私はマンションの怖い管理人さんに声をかけられて、泣いて逃げてきたのだ。

いつもならママと一緒で平気なのに、その日、ママは妹と病院に行ってしまっていた。仕方なく1人で幼稚園から帰ってきたら、運悪く地獄の管理人に出会ってしまった。

私はその管理人さんが苦手だった。ヒットマンみたいなサングラスに黒いスーツにしわがれた低い声……。

あの人は絶対、人殺しだ……。

目の前の野比沢からも同じような不穏な匂いがした。私はさっきの恐怖が蘇ってきた。

だから俯いたままシクシクと泣き続けた。

野比沢はため息をついてメガネを拭いた。それから少しだけ。本当に少しだけ笑ってこう言った。

「もし悲しい事があったなら、コレを食べるといい」

苦いモノでも食べたみたいな変な笑顔だった。差し出された彼の手のひらには見たことのない虫がいた。

その虫は金色のお団子のような形をしてた。毛虫みたいな姿形だけれど、表面はツルリとしていて毛は生えていない。キラキラと輝く丸い頭には人間の顔みたいに細い2つの目とへの字に曲がった口がついていた。

そんな虫は図鑑でも見た事がなかった。

「虫なんか食べちゃいけないんだよ! 」

私は涙きながら野比沢に言った。

子供が泣いているのに、この人は何て事をいうんだろうと思った。

「……」

野比沢は能面のような無表情のまま、顎に手をあてて黙ってしまった。

私は気まずくて、野比沢から目を逸らすように彼の手の中の虫をジッと見た。

虫からは甘いお菓子のようないい匂いがした。

「この虫は食べても良い虫なんだ。それにこいつを食べたら嫌な事なんてすぐに忘れられる」

そう言った野比沢は思いの外優しく私の手を取ると、光る虫を手のひらに乗せた。

野比沢の手は氷みたいに冷たかった。

私は手の中でモゾモゾしている虫を見た。

虫なんか触った事もなかったけれど、その虫は空気のように軽くてほんのり暖かかった。触ってみるとあまり怖くなかった。

しばらくの間、私は虫を見ていた。吸い寄せられるように目が離せなかった。

虫は頭をあげて私の方を見ているみたいだ。虫を包む金色の光を見ているとだんだん頭がボーッとしてきた。

「口に入れてごらん。おいしいから」

「……うん」

私は魔法にでも掛けられたみたいに野比沢の言うがまま虫を口に入れた。

「んんっ……! 」

不思議な味だった。口の中の虫は綿あめみたいにふわふわしていて甘かった。

それから虫は口の中でパチパチと閃光花火みたいに弾けた。

けれどそれは、いつまでたっても口の中から無くならない。

それは今まで私が食べたことのない味だった。

虫を食べている間、風邪を引いたみたいに体がポカポカして、頭はユラユラと揺れた。

悲しい気持ちは何処かへ飛んでいった。

口の中の虫がすっかり溶けて無くなった時、いつのまにか野比沢はいなくなっていた。

私はなんだか気分が良くなってスキップで家に帰った。

それから何日が過ぎても、私はあの虫の味が忘れられなかった。

またあの虫を食べたくて近所の草むらを探したけれど、あんな虫はどこにもいなかった。

大きな図書館で分厚い図鑑を調べてみても、私が食べた虫は載っていなかった。

いくら探してもあの虫は見つからない。名前さえ分からない。

私はすごくがっかりして図書館の大きなソファで俯いていた。

するとどこからともなく野比沢が現れた。

彼には私の居場所が初めから分かっているみたいだった、

「また会ったな、田宮ないし」

野比沢はメガネの奥の冷たい瞳で私を見つめると、ニコリともせずそう言った。

「またあの虫が食べたいの」

私はあいさつも無しに言った。

彼はなぜだか私の名前を知っていた。少し嫌な感じがしたけれど、そんな事より虫の方が大事だ。

しかし野比沢は淡々と言った。

「いいや、まだ早い。もう少し。そうだな。あと1ヶ月したら、またあの虫をお前にあげよう」

「そんなに待てない!」と私は抗議したが野比沢は首を振る。

「我慢が大切なんだ。あの虫は食べすぎると毒になってしまう。けれど少しずつ食べるぶんには体にとてもよい。あれは『常世の蟲』という昔から日本にいる神様なんだ」

そう言って彼はどこかに消えてしまった。

仕方なく私は彼の言葉を信じて我慢した。

……。

……。

それからちょうど1ヶ月後。

彼は私の前に現れて『常世の蟲』を1匹くれた。私はすぐにその蟲を口に入れた。

「あぁ……、美味しい……」

私は思わず声を上げた。

蟲を食べている間、頭がぼんやりして上手くものを考えられなかった。体が内側からポカポカした。口の中で弾けて広がる何かはだんだん頭の中に入ってきて、目の裏側辺りでシュワっと広がった。なんだかお腹の辺りがもぞもぞした。

これ……、気持ちがいい……。

すっかり蟲を食べ終わった私は、物足りなくて彼にせがんだ。

「もっと食べたい」

しかし野比沢は丁寧にメガネを拭きながら、つまらなそうに言った。

「蟲は1度に1匹しか食べてはだめだ。そうしないと毒になってしまう。また今度会った時に蟲をあげるから、それまでは我慢するんだ」

「我慢できない!」

そう言って私は膨れたが「ルールが守れないなら蟲は無しだ」と野比沢はきっぱり言った。

私は仕方なく頷いた。

「それからこの事は僕とお前、2人だけの秘密だ。絶対に誰にも言ってはいけない。守れるか? 」

野比沢はとても真剣な顔つきで私に言った。

「……うん! わかった」

なぜだか私はその言葉が嬉しかった。

2人だけの秘密だ……。

……。……。……。

……。……。

……。

それから野比沢は定期的に私の前に現れるようになった。

大体、1ヶ月か2ヶ月に1回、彼は私に蟲をくれた。

いつも私が「もう我慢できない」と思うギリギリのタイミングだった。野比沢には私の事が手に取るようにわかるみたいだ。

そんな風にして私が12歳になった時、野比沢は言った。

「そろそろ良い頃合いだ」

その時、私は彼に貰った蟲を口いっぱいに頬張っていたので返事をしなかった。

頭の中にはパチパチと大きな火花が弾けていて、とても心地良かった。

彼は私に近づくと着ている服をすっかり脱がせた。

それから裸の私をじっくり眺めた。

スベスベの肌。歳の割に膨らんでいる胸や柔らかいお尻。最近くびれてきたウエスト。そして赤ちゃんが出てくるワレメを、野比沢は冷たい瞳で穴が開くくらい見つめていた。

私は恥ずかしくて少しだけ抵抗したけれど、蟲がとても美味しかったので途中からどうでもよくなってしまった。

それから彼は裸の私の体をゆっくりと撫でた。首から肩。おっぱいからおへそ。そしてお尻の方から前にある割れ目に指先を滑らせた。

「はぁぁ……」

私はウットリとため息をつく。野比沢の冷たい指が、蟲で火照った体を滑っていくのが気持ちよかった。

そんな私の様子を見て野比沢は満足げに頷く。そして今度はおっぱいの先っちょにその唇をつけて舐めた。

「ふぁっ! あっ、あぁ……」

野比沢は私の乳首を舌で転がした。

何っ、これ!? すごく……、気持ちいい!!

野比沢の触れたところからじんじんと何かが溢れてきて、頭はますます痺れていった。

それは私がこれまでに体験した事の無い感覚だった。野比沢は私にいつも初めてをくれる……。

しばらく私の体を撫でたり舐めたりしていた野比沢は、やがて自分のズボンを脱いでおちんちんを出した。野比沢のおちんちんはカチカチに固まって上を向いていた。

「じっとしているんだ」

そう言った野比沢はそのおちんちんを私の割れ目に擦りつけた。

「はぁぁ……」

それが気持ちよかった。

わたしは野比沢にぴったりとくっつき頭を野比沢の胸につけた。

緩やかな心臓の音が聞こえた。

野比沢は私の頭を撫でた。

あぁ……、幸せだ……。

私は満ち足りた気分になる……。

それから、2人とも向かい合って立ったまま、野比沢は私の中に硬いおちんちんを差し込んだ。

股の間から鋭い痛みが広がる。

「……痛っ! 」

私はとっさに腰を引こうとしたけれど……、ちょうどその時、口の中の蟲がグワッと広がって、体が溶けてしまうような波が私を襲った。

「はぁっ! あぁぁ……」

目の前が真っ白になった。

アソコで野比沢を体の中に受け入れたまま、私は生まれたばかりの子鹿みたいにプルプル震える。

すると野比沢は私の背中に手を回した。そして彼の手が私の背中をゆっくりとさすった。

心の中に温かい何かが広がっていった。

すこしの間、じっと私を抱きしめていた野比沢は、やがて私の中に入れたカチカチのおちんちんを確かめるようにゆっくり上下させた。

「はぁ、ぁあぁ、あんっ! 」

いつのまにかアソコの痛みは無くなっていた。かわりにザワザワするような堪らない何かが私の中から込み上げてきた。

「ああっ、あっ! ああぁ! 」

体の中から声が溢れてくる。アソコがヌルヌル、ベチョベチョになっている。体の深いところで広がった蟲が私の内側に溶けていく……。

野比沢はゆっくりとおちんちんを動かしている。私の中に深く差し込まれたおちんちんがグチュグチュと中で擦れる度に痺れるような堪らない気持ちになった。

すごい……、すごく気持ちがいい!

その感覚にすっかり夢中になった私は、野比沢のおちんちんが入った腰をグリグリと押し付けるように動かした。そうするとお腹の奥がとても気持ちよかった。

しばらくすると彼は私からおちんちんを抜いて言った。

「これからは1度に2匹まで虫を食べていい。ただし1度食べたら2ヶ月は間を空けるんだ」

「2ヶ月なんて……、無理だよぉ……」

わたしはもっとおちんちんを入れておいて欲しかったので、甘えた声で彼に抗議した。

しかし野比沢は、メガネの奥の無感情な瞳で、真っ直ぐに私を見つめながら言った。

「我慢を学ぶんだ。それが生きていく上で一番大切なことだから。それから今後は僕の選んだ男と今した事と同じ事をするんだ」

「えっ、うそ!? ……できないよぉ、そんなこと……」

私は驚いて野比沢を睨んだ。

しかし野比沢の眼差しからはなんの感情も読み取れなかった。ただそこにある当たり前の事実を伝えているんだと言う乾いた眼差し。

絶句している私に野比沢は『漆黒の不可解物質』から2匹目の虫を取り出して置いた。

そして彼は私を見て頷く。

野比沢は私が断れない事を知っていた……。

少しだけ迷ったフリをした後、私は蟲に手を伸ばす。

野比沢はまた無表情で頷いた。

……。……。

……。

それからの私は、野比沢の言いつけ通りに次々と男の人に抱かれた。

好きでもない男が身体の中に入ってくるのは嫌だったけれど、野比沢には逆らえない。

野比沢がいなければ蟲を食べる事ができなくなってしまう。そんな事になったら私は耐えられない。絶対に耐えられない。蟲の無い人生なんて嫌だ。それだけは我慢できないと思った。

知らない男達はみんな呆けたような顔で私を抱き、私の中にとても硬くなったおちんちんを差し込んだ。

初めはどんなに嫌な相手だと思っていても、その硬くなったおちんちんが入ってくれば、わたしは途端に気持ちよくなれた。

嫌な気持ちはすぐに薄らいでしまう……。

男達は息を荒げて私の中に熱い液体を放ち、私はうっとりとそれを中で受け止めた。

それが蟲のせいなのか。それとも私が生まれつきそういう女なのか。あるいは女というものは元来そうなのか私には分からなかったし、興味もなかった。

ただ蟲があって気持ちよければいい。

そう思って男達に身体を開いた。

同じ男の人と2度会うことはなかった。

なぜ野比沢が私にそんな事をさせるのか、その理由はすぐに分かった。

蟲を宿した人間とセックスをすると、性交渉した相手に蟲の種が芽生えるのだ。蟲は宿主の激しい感情や強い欲求に反応して発現する。そして野比沢はその蟲を保管することができた。彼の『漆黒の不可解物質』の能力だ。『漆黒の不可解物質』はどんなモノでもそのままの状態で保存できる。そしていつでもそれを取り出して扱う事ができる。だから野比沢は沢山の蟲を保管できたし、他のサナギが持つ武器さえ自由に操れた。野比沢はその能力を使って蟲を増やしていた。

私の周りには、私に好意を持つ男の人がいつもいつも溢れていたので、野比沢はその中から独自の基準で私が抱かれるべき男を選んで私を抱かせた。おじいちゃんから私より年下の子供まで色々な人がいた。

どうやって選んでいるのか、その基準はよくわからなかったけれど、そんな事はどうでもよかった。

要するに……、私は野比沢にとって蟲集めのエサだった。

それに気付いた時、心がザワついた。嫌な感じだった。

蟲を食べるようになってから、私の心はいつも穏やかだったはずなのに……。

けれどそれが分かった後も、私は野比沢に言われるがまま、色々な男に身体を開き続けた。そしてかわりに蟲を与えられた。

私は蟲を食べ続けた。

たまに……。

蟲を食べて身体の火照りが治らない時、私は野比沢に頼み込んで抱いてもらった。

普段は冷たい野比沢がセックスの時だけは優しく私に触れてくれた。

野比沢に抱かれるのは、他の男達に抱かれているのとは、何かが違っていた。

同じ事をしているのに、どうして?

どうして野比沢だけが特別なんだろう……。

私にはその理由がわからなかった。

そんな風に月日は流れ、私は色々な男に抱かれ、蟲を食べ続けた。

16歳になった時、野比沢は私に武器の呼び出し方と戦い方を教えてくれた。

私の武器は『静寂の丘(サイレントヒル)』という名の白い刃のナイフだった。ナイフの握りには拳銃のような引き金がついている。

「これからはお前に宿る蟲を狙って、ほかのサナギが襲ってくる可能性がある。しかしお前はすでに沢山の蟲を取り込んでいるから、他のサナキになど負けはしない」

そう言った彼の口調は少し誇らしげだったので、私もなんだか嬉しくなって一緒懸命、戦い方を覚えた。

その頃から、野比沢には私のような蟲を集めるためのエサが何人もいることを知った。たまに訪れる彼の部屋には他のサナギの匂いがする事があった。

全然……、2人だけの秘密じゃなかった。

一度だけ、我慢できずに野比沢に聞いた事がある。それは彼に抱かれた後だった。

「野比沢はどうして蟲を集めているの? 」

彼は目を細めて私の顔を見ていた。

何かを迷っている風だった。

長い沈黙。

そしてポツリと言った。

「ダメになったモノを直すんだ……」

野比沢にしては子供みたいな言い方だった。幼くて頼りない……。

その時の野比沢は不安げな目をしていた。初めて見る表情だった。

その眼差しが忘れられない……。

……。

私が大学生になった頃、他のサナギが私を襲ってきた事があった。

そのサナギは長い黒髪の美しい女だった。

私は彼に教わったとおりに戦い、そのサナギを殺した。

私の体は自分でも驚くほど早く動き、そして私の白いナイフはとても良く切れた。

そのサナギは私に「死ねばいいのに……」と言い残して自分が死んでしまった。

その時、あとから駆けつけてきた野比沢は珍しく取り乱していた。

「どうして殺したんだ? 」

彼の声はいつもと違った。怒っていた。

「突然襲われたの……」

震える声で私は言った。

初めて人を殺したことに動揺していたし、あの野比沢が感情的になっていることにも驚いて、私は涙いてしまう。野比沢の前で泣いたのは出会った時以来だった。

野比沢は諦めたみたいにため息をつくと、『漆黒の不可解物質』の中に死んだサナギをしまった。その手つきはいつもと違っていた。確かに違っていた。

それから何日が過ぎても、その出来事が頭から離れなかった。6歳の時、初めて蟲を口にしてからずっと、蟲以外のどんな事にも執着しない私にとって、それはとても意外な事だった。

気持ち悪い男に抱かれたって、すぐに忘れることができるのに……。

死んだ女を「漆黒の不可解物質』にしまう時の慈しむような野比沢の手つきと、私を襲ってきた女の燃えるような怒りに満ちた瞳がどうしても忘れられなかった。

彼女はどうしてあんなに怒っていたんだろう……。

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