3-3 不死の虫

しばらくの間、なななは子供ゾンビの腐った傷口を夢中で舐めていた。

わたしはそんなビーグル犬の姿を唖然と眺めていたけど、直ぐに気を取り直して周りにいた目につくゾンビ達を片っ端から撃ち抜いていく。

「バシュ! バシュ! バシュ! 」

銃声に気づいたなななも我に返って吠える。

「うぉん! (こ、こ、このビチ糞がっ! や、やりやがったなぁ!!!! 許さねぇぇぇ!! )」

「それはこっちのセリフだけど、その傷でわたしの弾丸を躱せるの? 」

そう言ったわたしは、はだけた胸を隠すように上着のパーカーのジップを上げた。そして銃口をビーグル犬に向ける。

「うぉん! (もう躱す必要はねぇ! )」

強く吠えたなななはグッと前足を踏ん張る仕草をした。

なななの前足にスッポリはまっている赤い靴下からパチパチと銀色の花火が溢れ出す。

すぐにビーグル犬の前脚が触れている地面を中心にして、大きな肉球型のスタンプが浮き上がった。

「うぉん! うぉん! (俺の『死霊島』は命を吸い取り腐敗させて操るんだぜぇ。もしそれが無生物だったらどうなると思う? 思い通りに動かす事は出来ねぇけどなぁ、エネルギーを吸い取ることはできるんだぜぇぇぇ! )」

「なっ!? 」

わたしは急いで銃のトリガーを引きタメ撃ちに入る。

「うぉん! (遅ぇぇぇ! )」

なななの前足が触れている地面を中心にして放射線状に亀裂が走る。ヒビ割れはまるで線を引くみたいに一瞬で壁や天井に広がっていった。

「ゴゥゥゥゥ……」

低く唸るような不気味な地鳴りが駅構内に響く。

「ボボボゴゴゴッッ!!! 」

そして爆音とともに駅全体が崩れ落ちる!

土砂に埋もれながら、なななとりなちゃんと呼ばれた子供ゾンビのまわりを別のゾンビ達が取り囲み覆いかぶさるようにして守る姿が見えた。

わたしは崩落する天井に銃口を向けると、引き金を絞ったまま、銃のお尻にあるスライドを自分の手で引いた。

「ドドドドドドゴゴゴォォ! 」

「ドガガァァァァ! 」

「ズザザザンンンン! 」

激しい崩壊の音。辺りは巻き起こる砂煙に包まれた。地下鉄の新中野駅は、なななのいた上り線ホームの先頭付近を中心にして扇状に崩れ落ちた。

地下鉄の上を走っていた青梅街道は道路が地盤沈下で大きく落ち窪み、駅だった場所は瓦礫の大穴になっていた。

これだけの大惨事が起こっているにもかかわらず、駅の周りには人の気配が全くない。

土煙が渦を巻いて舞い上がり、配管から漏れ出した水が噴水みたいに噴き出している。

「ボコッ! 」

ふいに地面の一部が盛り上がると、体格の良いゾンビ達に守られたなななとりなちゃんがひょっこりと顔出した。

なななは鼻を地面につけわたしの匂いを探している。りなちゃんは庇うように他のゾンビが取り囲んでいる。

ビーグル犬が負ったダメージは本人が思うよりずっと深刻だった。武器の力にリソースを割かれて傷はほとんど回復していない。

それでもなななは、口から血を吐きよろめきながらも必死に敵の匂いを追っていた。

すると!

ビーグル犬の目の前の瓦礫が綺麗な円形にせり上がった。

「うぉん!? (まさか!? )」

わたしは銃口から広がる球形のエネルギーを纏ったまま地面を突き破り、犬の前に飛び出す。

「タメ撃ちのエネルギーを体の周りに循環させてバリアを張ったのよ! 」

「うぉん!? (何っそれっ!? ) 」

わたしは飛び出す勢いそのままに、なななへ突進する。

すばやく銃の腹をグリップの反対側へ引っ張り上げると、銃口から円形にわたしを包んでいた光のバリアは、ギュンと収束して刃物の様に尖っていく。そして銃は引き金のついた光の刃に変形した。

わたしはそのまま銃剣モードの『飛跳閃光』をビーグル犬の脇腹の傷口めがけて突き上げた。

「ギャャャンン!! 」

光の刃が深々となななの腹をえぐった時、握った銃剣のグリップを通してわたしの頭になななの意識が流れ込んできた。

「!!? 」

パッと風景が浮かんだ。

目の前にはメガネを掛けた陰気な男がいた。彼は何か話しかけている。

視線が低い。自分の息遣いが荒い。

これは……、なななの視点だ。

目の前の男は、野比沢……。

「近々、おまえの蟲……、……女が、……くし、……りなちゃんを、守らな……、戦え……」

野比沢は何かを話していたけれど、言葉は切れ切れでよく聞き取れない……。

そしてまた、視界がパッと変わった。

なななは大きなショッピングモールのペットショップにいた。

抱き上げているのは幼くて可愛らしい女の子、りなちゃんだ。

慣れない手つきで抱き上げられたなななは、緊張しながら恐る恐るりなちゃんの手を舐めた。りなちゃんはケラケラ笑って、なななを抱きしめる。ビーグル犬は嬉しくてちぎれんばかりに尻尾を振る。りなちゃんからはとってもよい匂いがした。

それからりなちゃんは反対する両親を必死に説得して、なななを家に連れて返った。

なななは、両親を説得していた時のりなちゃんの真剣な眼差しを忘れない。

これから素晴らしい事が始まると思った。

そしてりなちゃんは自分に名前をくれた。初めは「なな」だったのに、テンションマックスのりなちゃんはいつもいつも「ななな」と呼ぶから、いつのまにかそれが自分の名前になった。

りなちゃんは一所懸命、首輪に名前を書いてくれた。首輪についた名札が嬉しくて誇らしくて、なななはオシッコを漏らして吠えまくった。りなちゃんがまたケラケラ笑った……。

しかし幸せな時間はすぐに終わってしまう。

『常世の蟲』を食べたなななは、その呪われた前足でりなちゃんに触れてしまった。

りなちゃんは日に日に衰弱していったけれど、それでも毎日、なななの頭を撫でにきてくれた。

りなちゃんの澄んだ瞳はいつのまにか赤く濁り、肌には紫色の斑点のようなものが次々と現れた。少し茶色がかったやわらかい髪はあっという間に抜け落ちて、ひび割れた頭皮を露出させる。片目は腐り落ち、りなちゃんは口が聞けなくなった。

しかしそれでも……、りなちゃんは、なななの頭をやさしく撫でてくれた。腐りかけすっかり冷たくなった手で、何度も何度も撫でてくれた。無表情な真っ赤な瞳で撫でてくれた。その感触が今まさに絶命するなななにありありと蘇る……。

「うぉぉぉぉぉん(くそっ……、なんだって今、この瞬間、こんな時に、こんな事を思い出すんだ……。縁起でもねえ! 俺は目の前の糞ビッチを犯して殺すんだ。今はこんなセンチメンタルに浸っている場合じゃねえだよぉぉ……。でも……、でもね、りなちゃん……。ごめんね……。本当に……、ごめんね……)」

そう吠えた時、なななの中で「ブチッ!」と嫌な音がした。体の中で切れてはいけない大事な線が千切れる音を、なななは聞いた。

その音をわたしも聞いた。そしてなななの意識は暗闇に呑まれた。

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