3-2 不死の虫
わたしは小馬鹿にしながら銃口でビーグル犬の動きをトレースする。
なななはわたしの放った誘導弾を器用に躱す、……けれど、靴下を履いた方の前足が滑って転んでしまう。
「その武器のせいで弱くなってるじゃん! 大体、靴下でどうやって戦うのよ! 」
わたしは鼻で笑っていった。
「うぉん(うるせえ、ブスビッチィ! 見てろよぉ! )! 」
ビーグル犬はこちらを睨んで一声吠えると、『死霊島』と呼ばれた赤い靴下を履いた前脚で「タタンッ! 」と地面を叩く。
すると靴下が触れた地面に肉球型の黒くて大きな図形が浮かび上がった。
「グゥゥゥゥルゥゥゥ……」
「グググルルルルゥゥ……」
駅の構内に不吉な唸り声が上がった。
「えっ!? 」
わたしとなななを隔てている上り線と下り線のホームの間の暗闇がザワザワと揺らいだ。
突然、数え切れない程の人の手が暗闇よりニュッと突き出してきた。その手は何かを探し求めるようにゆらゆらと揺れている。さながら不気味な花畑みたいだった。
「!! 」
わたしは驚いて息を飲む。
この犬は上りと下りの線路上にぎっしりとゾンビを敷き詰めていた。屍人達が一斉に「グォォォ! 」と咆哮を上げた。
ゾンビ達の叫びに答えるように「うぉぉぉん(パーティータイム! )! 」となななが吠える。
2人のゾンビが犬側のホームをよじ登ると、なななを守るように壁を作った。わたしの誘導弾はそのゾンビに命中して消滅してしまう。
あのバカ犬……、ゾンビを生み出して思い通りに操れるんだ。
ビーグル犬の『死霊島(デッドアイランド)』の能力を理解したわたしは、あらためて地下鉄のホームから下にある線路を覗き込んだ。
「なんて数! 」
暗闇にユラユラと揺れている不気味な手に後ずさる。蠢くゾンビの数に圧倒される。
この数……、とても全部相手には出来ない。
わたしは後ずさって線路から離れた。
「うぉん! (てめえはここで死ぬんだよ、貧乳黒乳首ィィ! )」
ビーグル犬の鋭い吠え声で線路に溢れていたゾンビ達が、一斉にわたしのいる下り線のホームに殺到した。
「わりとピンクだし!! 」
わたしはバカ犬の暴言が我慢できず吐き捨てるように叫んでから、急いでその場を離れた。
あの蟲を食べてからわたしの胸は確実に膨らんできている。Aカップはもう卒業した! 今なら寄せて上げればCカップくらいあるかもしれないし……、Cは貧乳じゃない! 乳首の色だってそんなに黒く無いし…….、どっちかって言ったらベージュよりのピンクだし! とにかくあの犬、絶対、ぶっ殺す!!
わたしは憤りながら地下鉄構内を走った。
いつの間にか、さっき降りてきた地上への階段には沢山のゾンビがひしめき合っていた。
近づいてくるゾンビを撃ち払いながら、わたしは比較的ゾンビの数が少ない上りホーム側の連絡通路へ逃げ込んだ。
連絡通路はホームよりさらに地下へ潜っていた。古い作りの通路は薄暗くて狭かった。黒く汚れた天井はやけに低くて、女子にしてはそこそこ身長のあるわたしは頭をぶつけそうになる。
「キュキキキキッ! 」
不意に何かの鳴き声みたいな音がした。
すると……、黒い天井に亀裂みたいに走る配管から、小さな影がバラバラと落ちてきた。
「キャッ! 」
びっくりしたわたしは後ろに飛び退いた。
モゾモゾと蠢く黒い影……、それはネズミだった。このネズミ達も瞳は真っ黒で体中に赤黒い血管か浮き出していた。そしてネズミ達は陸揚げされた魚のようにピチピチと全身を使って跳ねながら、通路の真ん中を塞いでいる。ミミズのような薄桃色の長い尻尾が「ピタン! ピタン! 」と不快な音を響かせてる。
わたしは銃のトリガーを弾きっぱなしにしてチャージした弾丸でネズミ達を吹き飛ばした。その時、上の方から犬の吠え声が聞こえてきた。
「うぉん! うぉん!(まさに袋のネズミだな、田宮くし! 今からお前を犯して殺して、死体をまた犯してやるからなぁ! おまえの臭いマンコとケツの穴はすぐに死人の精子で満タンになるぜぇぇぇ!! 」
吠え声のすぐあとに「ダダダダダダッ」というせわしなくて不吉な足音が通路に響く。その音は地鳴りの様に膨らんでいく。そして一本道の通路の入り口と出口からゾンビが殺到した。
「ズザザザザッッ」
さらに天井から黒い雨みたいにネズミが雨のように降り注いだ!
天井が低いと思ったのはネズミがびっしりと張り付いていたせいだった。
なんて数!? それにここは狭すぎる。この狭い通路じゃ真央の時みたいに自由自在に飛び跳ねて戦えない。
まさか……、わざとここに誘い込んだ!?
あの犬! バカに見えて周到に準備しているんだ。でもなぜわたしがここに来るとわかったんだろう? これだけのゾンビを用意するにはかなり前から準備していないと無理なはず……。そもそもあの犬はなんでわたしの名前を知ってるの!?
気がかりな事は沢山あったけれど、今は考えている暇なんて無かった。
「バシュ! 」
「グシャッ! 」
「バシュ! 」
「ベチャッ! 」
「バシュ! 」
「ブシュュッ! 」
わたしはネズミを踏み潰しながら銃を乱射してゾンビ達をなぎ払い、なななのいる上りホーム側へダッシュした。
……。
……。……。
……。……。……。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
やっとの思いで狭い連絡通路を抜けたわたしは、息を荒げて登りホームを駆け上がる。同時に素早く弾倉を抜き出すとリロードした。
振り向くと階段の下からは新たなゾンビが押し寄せていた。わたしはパーカーのポケットに入り込んでモゾモゾと不快な動きをしていた黒いネズミを投げ捨てて舌打ちする。
「気持ち悪い! キリがない!! 」
やっとの思いで階段を登りきった時、あの忌々しいビーグル犬が暇そうにあくびをしているのがチラッと見えた。その姿を見てわたしは完全にキレた。
「バカ犬っ!! 」
叫んだわたしは飛び跳ねるように階段を駆け上がり、勢いそのままに空中でなななに照準を合わせる。
やっと開けた空間に出れた!
ここなら少しは動ける!
目に映るカーソルが黄色から赤に変わった。
しかし!
「ドガッァァァ!!! 」
「ギャッ!! 」
突然、真横から大きな衝撃がわたしを襲った。
それは階段横に身を潜めていたゾンビ達が、わたしめがけて自動販売機を思いっきり投げつけた音だった。頭に血が上ったわたしは死角からの攻撃に全く気づけなかった……。
体がバラバラになったんじゃないかと思うくらいの衝撃!!
吹き飛ばされたわたしは激しく壁に叩きつけられ、そのまま床をゴロゴロと転がる。
「んぐっ……」
痛みに呻いてうずくまる。激しい衝撃で頭の中が真っ白になった。
すかさず側にいた数匹のゾンビがわたしを仰向けにして手足を押さえつけた。
世界が揺れてる……。
全身が痺れてる……。
大の字に寝かされたわたしは、激しい衝撃に頭がグラグラと揺れて体にうまく力が入らない。視界が歪んでいる。全身が粉々にほどけたみたいだ。
「うぉん!(さぁ、お楽しみの時間だぜぇぇ! )」
犬の吠え声に反応して太った男のゾンビがわたしに近づいてきた。
そいつはわたしに馬乗りになると胸の辺りに顔を埋め、口で器用にインナーとブラジャーだけを噛みちぎった。
わたしの裸の胸が露わになる。
太ったゾンビの酷い匂いが鼻を刺した。ゾンビの口から垂れ流されている怪しげな緑色の液体が胸に直接滴る。
ゾッとする感覚!
わたしは堪らず叫ぶ。
「いやっっ!! 」
なんとか逃げようともがいたけれど、手足を押さえつけているゾンビはビクともしない。
相変わらず体が痺れている。頭がうまく働かない……。
わたしに馬乗りになったデブゾンビは、人間とは思えないくらい長く膨らんだ舌を出して、わたしに見せつけるように艶かしく動かして見せた。
嫌な予感しかしない!
「や、やめてよっ!! 」
叫びを無視してデブゾンビはわたしの乳首に舌を近づけると、露出した胸全体をベロンベロンと舐め出した。ネットリとした肌感覚に全身が粟立つ。
えっ、な、何っ!? 何かが下にも……!?
太ももあたりにもゴワゴワとした何かが這い回るような嫌な感覚が……。
わたしは絶望的な気分で自分の下半身を見る。
そこには2人のおじいちゃんゾンビがわたしのスカートをひらひらとめくり、丸見えになった太ももに体中真っ黒に変色したネズミゾンビを這い回らせているのが見えた。
「クヤッ! 」
ネズミの細長いシッポがペタペタと内ももにふれて、わたしは悲鳴とも嗚咽ともわからない声を発した。
わたしの声に反応してスカートをめくっていたジジイゾンビが1匹のネズミを手に取った。そしていきなりわたしのショーツの中に腐りかけのネズミを突っ込んだ。
ショーツの中で暴れるネズミゾンビはわたしの割れ目を容赦なく這い回る。
「イギャッッ! 」
チクチクした汚らしいネズミの毛がわたしの股間を擦り上げ、わたしは獣のような悲鳴を上げた。
体の自由を奪われ弄ばれている事への怒りと、穢らわしいものが身体に触れる不快感は頭の中でグルグルと渦巻き、わたしは悔しくて涙を流した。
すると左腕を押さえつけていたおばさんゾンビがわたしの肩に思いっきり噛み付いてきた。
「ギャッッ!! 」
肩の肉を食い千切られたわたしは悲鳴を上げた。刺すような痛みと焼けるような苦痛が同時に肩を覆う。
痛い! 痛い! 痛い!!
意識が朦朧としてくる。
痛みで呼吸が出来ない!
そんなわたしの様子をビーグル犬は満足気に眺めて吠えた。
「うぉん! うぉん!(淫乱ビッチらしい死に方を用意してやったぜっ! やらしい乳首をおっ立たせやがってよぉぉ! こんな状況で感じてるのかぁ? このド変態! このままたっぷり犯しながら殺してやるから存分に楽しめよぉぉぉ! そうだな……、まずはそのピンと勃起した乳首を食い千切ってやれやぁぁ!! )」
「はぁ……、くっ、はぁ……、うう、いっ、こ……、殺してやる……」
絞り出すように呟いたわたしは、僅かに回復した力を振り絞り、指先で銃のトリガー横についている赤いボタンを押し込む。
銃身が「カチャン」と変化した。
その間、馬乗りなったデブゾンビは「ブゥブッ! 」と不快に笑いながらわたしの乳首を甘噛みしていた。
わたしは手首を少しだけ返して発射方向に角度をつけると引き金を引きまくった。
「ババッシュッ!! 」
わたしは大の字に寝かされ腕を押さえつけられいるので、いくら手首を捻っても放った弾丸は明後日の方向に発射される。
「うぉん! (バカがッ! どこに向かって撃ってんだよ? )」
発射された光弾はわたしの右側にあった駅の壁に命中した。
しかし弾丸は止まらない!
弾丸はそのままビリヤードの玉のように壁を跳ね返り、寝かされたわたしの体のやや上方あたりを走り抜け、馬乗りになったデブと肩に噛み付いているおばさんゾンビを貫通する。
「ブチャッッ!! 」
デブとおばさんが弾けて崩れた。
さらにわたしの放った数発の弾丸がピンボールみたいに壁を反射しながら天井に向かって突き進み、わたしを取り押さえていたゾンビ達を打ち抜きバラバラに破壊していく。
「ギンッ! 」
1発の弾丸が天井からもう1度跳ね返り、あらぬ方向へ飛んでいく……。
その瞬間!
「うぉん!? (りなちゃん!? )」
弾丸はホームのはずれにいる子供のゾンビに向かっていた。
なななは恐ろしいスピードでわたしの放った跳弾を追いかけると、かばう様に子供のゾンビを突き飛ばし、自ら弾丸の射線に入った。
「ズバン!」
「ギャン! 」
跳弾は容赦なくビーグル犬の脇腹に食い込み貫通した。なななは悲鳴を上げて地面に転がる。
しかし直ぐに体勢を整えて起き上がると、苦しそうにひょこひょこと足を引きずりながら、突き飛ばした子供のゾンビに歩み寄っていった。
「うぉぉん……? (りなちゃん、大丈夫??)」
りなちゃんと呼ばれた子供のゾンビは、突き飛ばされた衝撃で右腕の肘から下が千切れていた。
元は5歳くらいの女の子だろうか。ツインテールにした髪の毛は半分以上抜け落ちて醜く腐敗した頭皮を露出させていた。生きていた頃はふっくらとして可愛かったはずの顔も頬に蛆がわいている。なぜかこのゾンビだけは目が赤く発光していた。全身から浮き出る血管は不気味な紫色。肌の色は土のように黒く、至るところに不気味な斑点が見える。左手には仔犬用のリード紐がしっかりと握られていた。その子供ゾンビは他のゾンビより明らかに腐敗が進んでいた。
なななは、りなちゃんと呼んだゾンビの破損した右肘をペロペロと舌で舐めた。りなちゃんと呼ばれた子供ゾンビは残った手に握っていたリードを離すと、その手でビーグル犬の頭を撫でた。
「くぅぅん……」
ビーグル犬がうな垂れて鳴いた。
その間、他のゾンビ達は時が止まったみたいひピクリとも動かなかった。
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