2-4 快楽の虫

あれから……、どれくらい月日が流れたんだろう?

あの日から時間の感覚が曖昧だ……。

初めて蟲を食べた日の夜、わたしが泥だらけの格好で帰宅すると家には誰もいなかった。かなりホッとした。

もしも今、お姉ちゃんや彼氏と顔を合わせてしまったら……、気まず過ぎる。

それにお父さんやお母さんにこの泥だらけの姿を見られる訳にもいかなかった。

今日の出来事はとても誰かに話せるような事ではなかったし、15歳の娘が薄汚れた格好で帰宅すれば、レイプでもされたかと勘違いされて大変な騒ぎになってしまう。ましてや、その時のわたしはショーツを履いていなかった。スースーする股間には、まだ何か大きなものが挟まっている感覚も残っていた。

わたしはそそくさとお風呂に入り、全身の汚れをしっかり落とした。汚れた下着も手洗いしてから洗濯機に放り込んだ。そしてそのままぐっすりと寝ってしまった。ダムの底に落ちていくような深い眠りだった。

翌朝、目を覚ますとわたしは圧倒的な無感覚につつまれていた。わたしのまわりにはまるで目には見えない分厚い膜があるみたいだ。

初めにおかしいと思ったのはその日の朝、お姉ちゃんに会った時だった。

わたしが部屋から出ると、待ちかねたようにお姉ちゃんはわたしに駆け寄ってきた。そしていつものフレーズ。

「ごめんね、くしちゃん」

お姉ちゃんは目を潤ませて本当にすまなそうな顔をしていた。けれどその時のわたしには何の感情も湧いてこなかった。あの魅力的だったお姉ちゃんの佇まいは、はるか遠くで行われているパントマイムみたいに白々しくて滑稽で、わたしの心には何も響かなかった。

近くにいるのにお姉ちゃんを遠く感じた。

わたしはポツリと「避妊したほうがいいよ」と言ってお姉ちゃんを押しのけた。お姉ちゃんは少し驚いた顔をしてまだ何か言いたそうにしていたけれど、わたしは無視して学校へ向かった。

通学途中、街の喧騒や電車の音が近づいたり遠ざかったり、波のように音量が変化した。わたしの耳は音をキャッチする調節機能が壊れてしまったみたいだ。

外はカラリと晴れて陽が降り注いでいるはずなのに、日の光はわたしの周りで遮断されて灰色に染まった霧の中にいるみたいだった。景色も音も、そして心さえも、全てがぼんやりしていた。

学校についてからもソレは変わらなかった。いや、ソレは段々強固になっていった。

授業の合間に話しかけてくる友達の声は小さ過ぎて殆ど聞き取れなかった。友達は困った顔をしてわたしから離れていった。先生の声は全く届かず、授業は昔のサイレント映画みたいに滑稽だった。

変化は音をうまく聞き取れないだけじゃなかった。

足の感覚がすごく頼りない。歩いているのにフワフワと宙に浮いているような……、まるで月面にたどり着いた宇宙飛行士のように、私の足取りはおぼつかなかった。

また何かを持ち上げた時、わたしの手には殆ど重みが感じられなかった。指先で触れるものは、みんな石鹸の泡のように実態がなくて虚ろだった。

どうやら、わたしを取り囲む世界の全てが不確かで希薄なものになってしまったみたいだ。何を食べても味がしなかった。

わたしの周りには目に見えない分厚い膜が張り巡らされて、全ての刺激をその膜が吸収してしまったみたいだ。

あの蟲……、真央は神様だと言っていた『常世の蟲』を食べたせいで、わたしの体のセンサーは壊れてしまったのかも知れない。

そうだとしても、全然、不思議はない。

だって……、アレは凄すぎた。『常世の蟲』を食べた時のアレはこの世のモノじゃない……。

すっかり反応の鈍くなったわたしの心は、灰色の頭でこの状況をすんなり受け入れた。

そして。

その日の夜には、わたしがアップしたお姉ちゃんとわたしの彼氏だった人のセックス動画がネットで拡散され始めた。黒い祭が始まった。

お姉ちゃんは近所では有名な美人だったので、あっという間に動画の女がお姉ちゃんである事が特定された。ネットではお姉ちゃんの個人情報が次々と晒され、お姉ちゃんの通う大学は噂で持ちきりになった。家の郵便受けには悪意の塊のような写真や手紙が放り込まれた。昼夜問わず不審な男達が家の周りをうろつき、怪しげなメディアからの取材依頼や、お姉ちゃんの学校からの問い合わせに、誰だかわからない無言電話。はてはなぜだか夜の仕事を斡旋する業者のスカウトまで、自宅の電話はひっきりなしに鳴っていた。

美しい姉のスキャンダルはどんどん尾鰭がついて拡散していった。中にはお姉ちゃんがひどいヤリマンだとか、売春しているとか、お姉ちゃんに関わった男が次々蒸発しているなんてモノまであった。

バカみたい……。人にもお金にも執着が無いお姉ちゃんが、そんな事する訳がないのに……。

とにかく……、事態は私が思うより遥かに早く、そして大きく膨らんでいった。

両親は早々に音を上げてホテルへ避難し、当事者のお姉ちゃんは都内で1人暮らしをしている従姉妹の所へ預けられた。わたしの両親はお姉ちゃんが思い詰めて自殺などしないように、誰か見守り役のいる所へ預けたかったみたいだ。

すっかり無感覚に包まれていたわたしは、別にこの家に留まっても構わなかったけれど、両親の強い要請で高校近くにある中野坂上のウィークリーマンションに仮住まいすることになった。

お父さんは何故あんな動画が出回ったのか、お姉ちゃんに強く問いただしたけれど、お姉ちゃんはポロポロと泣くばかりで何も言わなかった。

お姉ちゃんは誰があの動画を撮影したのか知っているのに……。誰のせいでこんな事になったのか犯人がわかっているのに……。お姉ちゃんは何も言わなかった。わたしをかばっているのだろうか?

……それとも、わたしへの償い?

頑なに口を閉ざしたお姉ちゃんは、あれ以来、わたしと一言も口を聞いていない。

ただ日に日に憔悴していくお姉ちゃんの様子を見て、お父さんが泣いていた。お父さんが人前で泣くのをわたしは初めて見た。反対にお母さんは汚いものでも見るような目つきでお姉ちゃんを蔑んでいた。お母さんはお姉ちゃんと一切会話をしなくなった。

そしてこの騒ぎを引き起こした張本人であるわたしは相変わらず無感覚の海に沈んでいた。

お姉ちゃんに申し訳ない事をしたとは思わなかったし、「ざまあみろ」という気持ちも湧いてこなかった。

ただ、思ったよりもずっと早くあの動画が拡散していく事に少しだけ心がザワついた。

人の悪意は恐ろしい……。

他人事みたいにそう思った。

そう言えば、わたしの彼氏だった人も、あの後、いったいどうなったってしまったのか、わたしは知らなかった。あれだけはっきり裏切られると、もうあの男がどうなろうと知った事ではないし、全く興味も無くなっていた。お姉ちゃんと付き合うなら、それはそれで構わない。

そんな風にわたしは無関心の膜に沈んでいった。

そうして時間は過ぎてゆき、わたしのまわりは目まぐるしく変化したけれど、色々な出来事は高速再生しているムービーをぼんやりと横目で眺めているみたいに空虚だった。何もかもが実態の無い出来事に感じた。

やっぱりわたしは『常世の蟲』を食べた時に壊れてしまったのだ。気が狂うくらい強烈な快感を与えられて、わたしの身体と心は馬鹿になってしまったんだ……。

それとも。

もしかしたら……、わたしの中に巣食っている『常世の蟲』が目に見えない糸でわたしの体をグルグル巻きにして、外からの情報を遮断しているのかも知れない。『常世の蟲』ならそれぐらいの事はできるかも知れないと思った。

そういえば……、新宿中央公園で出会った怪しげな男、野比沢は自分の事をサナギと言っていた事をふと思い出す。

……、……、……。

……、……。

……。

あれから何日経ったんだろう……?

わたしには時間の感覚さえ希薄になっている。

……、……。

….…。

しかしある晩、偶然見上げた月が再びわたしを変化させた。

その晩、真夜中遅く。わたしの寝ているベットの枕元にとても明るい光が差した。それはスポットライトで照らされているんじゃ無いかと思うほど強い光だった。

月明かりだ。

ベッドの横にある掃き出し窓はカーテンが全開で、わたしの上半身を白くて強い光が煌々と照らしていた。

ここ最近は学校にも行かず、一日中ぼんやりとしているし、寝る時間も曖昧でバラバラだった。そんな暮らしだったから夜なのにのカーテンを閉め忘れてしまったんだろうと時計を見る。夜中の3時。

圧倒的な光の量に目を細める。

「明るい…… 」

窓の外には白くて大きな月が見えた。

それにしてもやけに光が眩しい。唐突に真っ白な部屋に放り込まれたみたい。

でも……、何かが変だった。

全ての感覚が鈍く薄くなっている今のわたしが、月明かりくらいで目を覚ますだろうか?

あれ……??

不思議な事に、月光に照らされたわたしの頬から、チリチリと軽いやけどみたいな痛みを感じた。

ベットから起き上がると、わたしは窓を開けてベランダに出ててみる。

見上げた月は大きな満月だった。

手を伸ばせば掴めそうなくらい、クッキリ、ハッキリとしたまん丸の月……。

落ちてくるんじゃないかと錯覚するくらい大きい月だ。けれどそれはわたしの知っている月じゃない。その表面にあるはずのデコボコした肌荒れみたいなクレーターは綺麗さっぱり無くなっていて、かわりに蜂の巣のような六角形の線がびっしりと表面を覆っていた。

「ん? 」

よくよく見ると月の表面にある1つ1つの六角形のくぼみの中で何かが動いていた……。

わたしは興味を惹かれて目を凝らした。

「リィィィン…… 」

体に染み込むように澄んだ鈴の音がした。

肌が泡立つ。身体に異変が起こる。

皮膚のすぐ裏側からザワザワとした刺激を感じた。刺激はやがて痒みになり、すぐに針で刺すような痛みに変わった。パジャマから露出している顔や腕の素肌がチクチクした。

見たことのない月からの光を浴びて、わたしの身体に何かが起こってる……。

肌を刺す痛みは耐えられない程ではなかったので、わたしは我慢できる限界まで痛みに堪えてみる事にした。息を潜めて事態の進展を見守る。

わたしはこの現象に興味があった。何かに興味を持つなんて久しぶりだった。

月明かりは相変わらず真昼のように明るくて眩しい。

「……。……」

やがて刺すような痛みは徐々に和らぎ、かわりに月光に晒された素肌に柔らかな温かみを感じた。見れば掌はぼんやりとしたオレンジ色の光に包まれている。掌を包む淡い光は真空に浮かぶ水の塊みたいにユラユラ揺れている。やがて光の塊はパジャマの裾からわたしの体を伝うように広がっていく。けれどその光は寝巻きが邪魔してうまく体中へ広がっていかない。ユラユラと揺れるオレンジの塊は波打つみたいにパジャマの裾で揺れていた。

わたしは思い切ってパジャマとショーツを脱ぐと、ベランダですっかり裸になった。

全身で光を感じてみたかった……。

裸でベランダに出るなんて正気じゃなかったけれど、その時のわたしは何故だか躊躇なく自然と裸になってしまった。

そして白い月の光がわたしの裸の身体を隅々まで照らす。

体の表面が一気にザワつく。オレンジ色の光が一際色鮮やかに煌く。

チクチクと刺すような痛みが広がっていく。

わたしはそっと目を閉じて、裸の体を包み込む光の感覚に意識を集中させた。

やがて全身を刺すような痛みが消えて、代わりにポカポカとした温かな泥るみに浸かっているような感覚が身体中を覆った。

まるでわたしの周りにあったサナギの殻が月の光ですっかり溶け出して暖かいゼリーになったみたいだった。

全身に感じる温もりが心地よかった。

柔らかな温もりに浸っていると、いつのまにかわたしの左手には黒い銃が握られていた。

あれ……? 呼び出していないのに……。

黒い銃は自分の腕の延長のように自然とそこに存在していた。久しぶりに見る銃の姿はなんだか以前とは形が違っていた……。

大きさはひと回りサイズアップしている。銃身が膨らんで厳つく反り返っていた。グリップもまた厚みを増している。でも重さは殆ど感じない。

この光は何なのだろう?

……わからない。わたしには何もわからない。

でも心地いい……。

頭がボーッとしてうまくものを考える事ができなかった。けれどそれは、さっきまでわたしを包んでいた無関心の膜とは質が違っていた。

わたしはただ月の光の感触を味わい、この手にある黒い銃をぼんやり眺めた。

それからなんとなく……、銃口を指でなぞってみた。

「ああっ!? 」

自分でもびっくりするような甘いため息が漏れた。

銃に這わせた指はまるで自分の性器の敏感な部分を擦ったみたいな感じがする。確かめるように黒い銃の先っちょの方を撫でてみる。

「んんっ……」

少しくすぐったいような甘い刺激。

あぁ、この銃はわたしの一部なんだ……。

わたしはうるんだ瞳で銃口に舌を這わせた。

「んんんっ!! 」

ピリっとした鉄の味と一緒に想像していたよりもずっとずっと強い刺激がわたしに返ってきた。

頭の芯が痺れてくる。視界がぼんやりと歪む。

わたしの身体は相変わらず暖かいゼリーに包まれてプカプカと浮かんでいるみたいだった。

身体の奥が疼いてる……。

わたしは大きく口を開けると、一息に銃を口に呑み込んだ。『飛跳閃光』は前より禍々しい形に変わっていて、わたしの口では発射口周辺を咥えるのがが精一杯だったけれど、口内に硬い銃の先端を咥え込んだ瞬間、電気が駆けるような強烈な快感がわたしの身体を襲う。反射的に膝がガクガクと震えた。

「んんんんっ! 」

何っ、これっ!? ……すごい!

唾液で黒い銃をベタベタに濡らしながら、わたしは夢中で『飛跳閃光』をしゃぶった。

自分で自分のアソコを舐めているみたい……。

わたしはその快感に酔いしれる。

すると……。

快感の波と一緒に、頭の中へ次々と何かが流れ込んできた。それはこの黒い銃『飛跳閃光』の情報だった。

それは川を流れる水みたいに次から次へと止め処なく頭に流れ込んでくる。手に取り目で見るよりもずっとずっと鮮明な情報。頭の中に直接、『飛跳閃光』のデータをダウンロードしているみたい……。

黒い銃の姿形が刻み込まれていく。この武器が何なのか、より深く理解していく。

長く歪な銃身には発射のエネルギーを放出するスリットが入っている。側面には『跳飛閃光』という文字が刻まれていた。

わたしは舌先で刻まれた文字をなぞった。

「ひぁぁ!! 」

まるで巨人の舌で体全体を舐められたみたいな感覚がわたしを襲った。わたしの神経はこの銃と完全にリンクしていた。

わたしは舌先で丁寧に銃をなぞり舐め上げていく。

グリップの隅には抽象的なウサギのレリーフ。かわいい……。

引き金横に赤いボタン。そのボタンを押し込めば特殊な弾丸が撃てる……。

わたしはトリガーに舌を絡ませる。

「あぁぁぁっ! ふぁっ! 」

腰が自然に揺れてしまう。太ももをぴったりと擦り合わせる。ヌルヌルとした粘液が内ももに漏れ出す。膝に力が入らない。

もっとほしい……、もっと、もっと。

いよいよ我慢ができなくなったわたしは、自分のおまんこの割れ目に黒く大きな銃を当てがった。そしてトロトロに湿った膣口を下から上へとなぞるように銃口を這わせた。

「ああっ! あっ! あっ! あはぁぁ……」

腰は別の生き物の様にうねり、その黒く大きな塊を受け入れようと脚が自然とガニ股に開いていく。淫らに溢れ出る吐息と高鳴る心臓の音がやけにくっきりと聞こえた。

銃はまるで別の意識を持った何かのように、膣の入り口をゆっくりとなぞってわたしを焦らす。わたしは銃の動きが自分の意思なのか、何か別のものなのかわからなくなる。ただその黒い塊を中に受け入れたくて、わたしは涙を流し、おまんこを広げて待っている。挿入を待っている。

「ふぁっ! はぁっ! ああっ! いやぁ……」

永遠にも思える長い時間、わたしの銃はわたしの性器の周りや肛門の辺りをつついたりなぞったりしていた。わたしは切なさに身悶えした。

「ふぁぁ、ぁん、んっ……、ひぃぃっ! 」

何の前触れもなく、銃は唐突にわたしの膣深くへと侵入してきた。

そのあまりの大きさにわたしは悲鳴をあげた。わたしの身体は膣から真っ二つに裂かれてしまったかと思った。痛みで意識が飛んでしまう。

しかしわたしの意識はすぐに引き戻された。凶悪な形の黒い銃がわたしの膣の中をゆっくりとかき回したから……。

そして痛みはすぐに消え去り、かわりに壮絶な快感がやってきた。

「ひぃぃ! はぁぁっ! ひっ! ひっ! くぅぅん……、くひぃぃ!! 」

銃のゴツゴツとした表面がわたしの膣をえぐり子宮を押しつぶす。でも痛みは感じない。そこにあるのは気が狂うほどの絶頂に次の絶頂を重ねる無限のループ。

快感の波にバラバラにされながら、同時にわたしは今まで知らなかった銃の機能を知る。引き金を絞ったままスライドを引くと……、ああっ、そうなるんだ……。

銃はわたしの中に入って直接繋がることで、自分の仕組みや機能を教えてくれている。

もっと知りたいと頭の片隅で思った瞬間、黒い銃は荒れ狂うように脈動したかと思うと、わたしの中に何かを次々と発射した。身体が内側から弾ける感覚ともに、わたしは一際高い絶頂へ吹き飛ばされた。獣のような叫び声。

そしてわたしは深い深い穴に落ちるように意識を失った。

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