最終兵器はガトリング砲

 ユズナの瞳から放たれた青い閃光が闇を貫いた。



 俺は目を見張る。

 視力を強化しなくても見落としようがない、異質な物があった。

 ユズナの両手に巨大な鉄塊が握られている。それを形容する言葉は上手く出てこなかった。


 形は俺がさっき作らせた筒に似ていたが、簡素なラッパもどきとはまるで違う。

 持ち手の部分に複雑な機械のようなものがくっついて、細い筒を連ねて鎖のようなものが垂れている。

 先端の筒は数本束ねてあり、歯車に似たもので留めてある。



 俺だけでなく、キメラも一瞬怯んだらしい。魔物は山羊の蹄で壁を蹴って後方に跳躍した。


「何だそれ……」

「これは『ガトリングガン』というらしいです!」

 ユズナは元気に答えた。


「何だそれ……」

 魔術道具はそこそこ知っているつもりだが、これは聞いたこともないし、用途もわからない。しかも、本人もよくわかっていなさそうだ。



「よくわかりませんが、使い方なら何度も失敗して覚えました!」

 ユズナは筒の根元についた取手のようなものを引いた。その瞬間、凄まじい音と雷光が轟いた。


 筒の先端の歯車が轟音を立てて、ものすごい勢いで回転する。

 それに合わせて小型の稲妻が無数に発射され、キメラの身体が踊った。


 視力を強化しても何が起きているかわからない。

 白煙、火炎、爆音。ただただ火花が散る。

 筒の先端から雷魔法を射出しているのかと思ったが、キメラの身体は小石をぶつけられたような穴が空き始めていた。

 焼いたでも抉ったでもなく、弾いたとか打ったと言うしかない。



 音と光の狂宴が止んだ。

 キメラが血煙を上げて崩れ落ちる。ユズナの手中にあった異様な武器も塵となって消え去った。


 ユズナはぼろ切れのようになったキメラの死骸を確かめてから、俺に向き直って拳を握った。


「見ましたか! 言葉もないという感じですね? すごいでしょう、これが私の最終兵器です!」

「すごい。けど……」

 本当に何を言えばいいのかわからなかった。

 今のは何だと問う前にユズナが膝を折ってしゃがみ込んだ。


「おい、大丈夫か」

 駆け寄って肩を揺すると、ブラウスにべったりと汗が滲んでいた。

「すみません、今のをやるとちょっと体力が……偉大な力には代償が伴うというやつですね……」


 荒い息を吐いて汗だくになりながら、ユズナはそれでも誇らしげだった。勇者はだいたいそういうものだ。


 俺は呆れつつユズナの腕を引っ張って肩を貸した。彼女がふらつきながら寄りかかる。

 俺は爪先でキメラが動かないのを確かめてから、真っ暗な廊下の奥へと進んだ。



「こういうところを見られると、先輩たちに誤解されそうですが仕方ありません……レヴィンさんも役得だと思っていただけると……あ、もう少しゆっくりお願いします」

 ユズナは俺にのしかかりながらよくわからないことを言った。


「よくわからないけど魔力を回す。少しは楽になるだろ」

 俺は歩調を緩めながらまだ苦しげなユズナの横顔を見た。


「で、さっきのは?」

「よくぞ聞いてくれました……私はときどきああいう武器を創り出せるんです」

「武器って、あんなもの見たことないぞ」

「はい、今の時代では何処の国でも造れないと思います。学校の先生はオーバーテクノロジーって言ってました」


 汗で前髪が頬に張り付いて、ユズナの隠れていた目が露わになっている。

 眼窩に収まっているのは瞳というより、紋様を描いた青い宝石のように見えた。


「右目は生まれつきです。これのお陰で不思議な魔術が使えるんじゃないかって……選ばれし者というやつですね……」

 相変わらず答えは素っ頓狂だが、ユズナは本人が思う以上の恐るべき何かを持っているのかもしれない。


「ああ、すごいよ」

 俺は自由な方の片手でユズナの額に触れて、前髪で片目を隠した。彼女はすごく驚いたような顔をした。

 一言断ってからやればよかった。セラによく「そういうところだよ、あんた」と叱られている。



「とりあえず、この扉を抜ければ観光課に着きます! ありがとうございました!」

 ユズナは殊更大声で言って俺の肩から離れた。


「もう大丈夫なのか?」

「勿論です! 張り切っていきましょう。観光課は花形なので事務所も綺麗なんですよ。ちょうど今だと……」



 勢いよく扉を開けたユズナが絶句した。

 扉の向こうにあったのは、奈落の底だった。



 天井は季節の花の造花が垂れ、壁には港町を描いたポスターが貼られていた。

 観光課らしいところはそれだけだ。


 暗闇の中、床の中央が丸ごとぼっかりと陥没し、巨大な丸穴になっている。ひとがいないどころか何もない。

 瓦礫が囲む穴の淵に縋っていた机が落下して音もなく消えた。


「これ、元からじゃないよな?」

 思わず聞くとユズナが蒼白な顔で首を振った。



 今さっき机が落ちていった穴から、ぽんと何かが飛び出した。

 それは軽快な動きに似合わない巨体で降り立ち、乾いた音で蹄を鳴らす。

 倒したはずのキメラがそこにいた。



「何で……」

 ユズナが呆然と呟く。散乱した瓦礫の周りが微かな緑色に発光していた。


「魔法陣だ」

 俺はキメラの動きを注視しながら囁いた。

「この地下に魔物を封印してたんだ。たぶんロビーの一件で魔法陣が壊れて出てきたんだろ」


 俺はユズナの横顔を盗み見る。

 魔力を回したお陰でだいぶ回復したが、まだ汗だくで顔も紙の色だ。

 あの異常な兵器は使えない。そうなると、俺たちの今出せる力で何とかあの化け物を倒さないといけない訳だ。



 キメラが身を屈める。突進の予備動作。

 ユズナにこれ以上力を使わせるのはまずい。今俺にできることは––––。


「くそっ……」

 俺はユズナの襟首を掴んで膝に魔力を貯めた。

「これの何処が役所だ!」


 俺にできることはこれぐらいだ。

 脚力だけを強化した単純な跳躍。ユズナが悲鳴を上げる。俺たちの真下を突風が駆け抜け、衝撃波が広がる。


 回転する視界の隅に破砕された壁と山羊の下半身が映った。真正面から突っ込んだらしい。

 あと一拍遅ければ粉々になってたのは俺たちの方だ。



 俺は腹筋と背筋を強化して身を捻り、ユズナを抱えたまま天井を蹴る。

 目指すのは大穴の対岸だ。脚力で勢いをつけて加速し、着地の瞬間、全身の防御に魔力を切り替える。

 俺たちは瓦礫の山に突っ込んだ。



 俺はユズナの襟首を離した。

「何とかこっちに来たけど、逃げ道は?」

 彼女は噎せ返りながら首を振る。強く引きすぎたかもしれない。

「無理です。階段はあっち側に……」


 対岸の敵を見ると、キメラは早くも壁から上半身を引き抜いて、赤い双眸でこちらを睨んでいた。

 俺たちの方にあるのは壁だけだ。


「あいつを倒して進むしかないか」

 言うのは簡単だがやるのは難しい。生半可な魔力じゃ倒せないのは証明済みだ。



「レヴィンさん」

 ユズナが俺の手首を握った。

「不安ですね? 勇者にお任せを! また度肝を抜くような武器を作って一撃で倒して見せますよ!」

「駄目だ」

 彼女の指先がまだ震えているのが伝わった。俺は手を振り解く。

「強化魔術は強化が仕事だ。仲間を弱らせて潰すのは違う。人気のない役職ジョブの殿堂入りでもそれくらいのプライドはある」



 答えながら、内心俺は珍しくこの役職を選んだことを後悔していた。

 魔術学校の先生にはもっと上級職を目指せと言われた。その方が教師の評価が上がるというのもあるが、正直目指せないこともなかった。


 強化すべきものがほとんどない今のような状況でも戦える役職を選ぶべきだったかもしれない。

 それでも、俺は––––。



「レヴィンさん!」

 ユズナが甲高い悲鳴を上げた。視力を強化していなれば気づかないような微かな影が頭上に降る。


 キメラが天井に逆さまに立っている。

 どうやって。高速で思考を巡らせながら視線も巡らせる。

 キメラの尾が花弁のように広がって天井に張り付いていた。蛇じゃない。蛸に似た吸盤がぼこぼこと脈動していた。


「そんなのありかよ……」



 魔獣が吼える。

 俺は咄嗟にユズナを突き飛ばした。回避が間に合わない。

 俺は全身を強化する。豪速で迫る獅子の顔面が目の前に広がり、衝撃が走った。



 視界が暗転する。

 ユズナの声と破壊の音が遠い。


 耳元で聞こえるのは水音だ。たぶん俺から流れる血だろう。

 だが、朦朧とした頭は静かな雨音と認識していた。



 俺が強化魔術師エンチャンターを選んだ日、ダリオと受けた勇者科の実技試験もこんな雨だった。

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