昔話はほどほどに
勇者の一行は渓谷にいた。
足元には倒した犬型の魔物の群れが散らばっている。
ダリオは深い溜息をついて、もう一度息を吸う。
「ロジェ、お前何やってんだ!」
入団したばかりの魔術師ロジェが進み出た。
「おれ、また何かやっちゃいましたか?」
「何かじゃねえ! よく見ろ!」
ダリオは剣の先で向かいの岸壁を指す。岩盤には黒く焦げた大穴が空いていた。
「お前どういう出力してんだ! 目眩しに炎魔法打つだけでいいって言っただろうが!」
「すみません、おれ、いつもこんな感じで……」
「いつも!?」
身を竦めるロジェの肩を叩き、クローネが微笑んだ。
「ダリオは言い方は厳しいけれど、怒っているわけではないのよ?貴方のこともパーティのみんなの心配なだけな。ね?」
柔和な笑みに、ダリオは肩を竦める。
ロジェは怯えた視線でダリオを見上げた。
「減給、でしょうか?」
「阿呆か。するかよ。メンバーのミスはリーダーの責任だろ。どんな名犬でも餌をやらなきゃくたばる。お前が上手くやるために何をくれてやるか考えるのが勇者の仕事だ? で、いつもこのザマだって?」
「はい。おれ、普段はカスみたいな魔法しか打てないんですけど。たまにすごい力が出ちゃうんですよ。前のパーティでも迷惑だって追放されて……」
「おかしいね」
セラが自前の機械弓を操りながら口を挟んだ。
「やっぱり雑魚すぎておかしいってことだよな……」
「違う。普通、魔力が弱すぎる奴は常に弱いし、馬鹿力の奴は常に馬鹿力なんだ。ランダムで変わるなんてちょっと有り得ない」
「私もそういった方は初めてだわ」
クローネが肩を落とした。
「レヴィンならわかるかもしれないけど。あの馬鹿、肝心なときにいないんだから」
「まあ、もう彼が恋しいのね」
「違う! 必要なのは奴の頭だけ! 首から下は捨てていいぐらいだよ!」
ふたりを見ながらロジェが小さく笑う。
「そういや、昔レヴィンの野郎が妙なこと言ってたな」
ダリオは独り言のように呟いた。
「魔法ってのは概念を物理に作用させる。熱がほしいっていう感情から火って現象に繋げるのが炎魔法、って具合だ。だが、たまに概念そのものに作用させる魔法があるらしい」
「概念に、ですか?」
「ああ。珍しすぎて魔術師自身も自覚できねえみたいだけどな。詳しいことは奴が戻ったら聞け」
ロジェは少し考え込んでから言った。
「話で聞く限り、レヴィンさんって相当すごいひとですよね。何でわざわざ
ダリオは一瞬口を噤み、表情を曇らせた。
「……さあな、あいつは馬鹿だ」
「え?」
「それ以外の試験を忘れて全部すっぽかしたとか、そんなことだろ」
「おふたりは幼馴染なんですよね? その頃って……」
「お前がぶっ壊した崖の様子を見てくる」
そう言うと、ダリオは背を向けて急な斜面を駆け降りた。
***
ロビーを抜けて階段を登っても、市役所の中は暗かった。
視力を強化していないと何があるかよく見えないくらいだ。暗闇の中に人影は見当たらない。
「誰もいないな。どこかに避難してるのか?」
俺が言うと、ユズナも辺りを見回しながら頷く。
「隠れているのかもしれませんし、私たちのように最上階に向かってるのかもしれません。何しろ元が魔王のダンジョンなので入り組んでるんです。他の部署に行くのも一苦労ですよ」
「俺は絶対働けないな」
「私だってよくわからないまま働いてますよ」
ガイドを任せている人間にそう言われると不安になってくる。彼女には悪いが、早く他の人間も見つけたいと思った。
廊下の奥に山羊のような紋章が刻まれた扉があった。ユズナが片手を押し当てると、扉が独りでに開く。
内部は相変わらず薄暗いが、燭台を乗せた果てしなく長い机と椅子が並びに、天井には豪奢なシャンデリアが等間隔でぶら下がっているのが見えた。
「随分仰々しい見た目だけど、ここは?」
「社員食堂です」
「見た目が仰々しいだけか」
ユズナはテーブルに駆け寄ると、隅に寄せてある細かい金の調度のポットとカップを手に取った。
「これ、魔術師上がりの先輩が持ってきてくれたんです。炎魔法と水魔法ですぐにお湯が沸かせる優れものなんですよ」
「すごいな。そんなもの民間でもあんまり流通してないだろ」
「でしょう? 先輩は貴族ですからね。高級な茶葉も差し入れでくれました。持つべきものはお金持ちの上司ですよ」
ユズナは青磁の器から高級だという茶葉を見境なくポットに放り込んでいく。
ポットの蓋を閉めると一瞬で湯気が立ち上った。
ユズナはふたり分のカップに紅茶を注いで差し出してくれた。俺は礼を言って受け取る。
「食堂はみんなの憩いの場なんです。公務員が贅沢してるところを見られるとクレームになったりしますから、こうして隠れてお茶するんですよ」
「世知辛いな」
「本当ですよ。私だって本当ならこの役所に来る冒険者側だったかもしれないのに」
ユズナは紅茶を啜りながら呟いた。
「勇者科卒業って言ってたよな」
「その通りです。これでも魔術学校のエリートなんですよ」
「知ってるよ。勇者科は最初に受験できる科じゃないからな。入学してから一年目に各学部で上位十名だけ試験を受けられる特進クラスだ。卒業後自動的にパーティのリーダーになれるから競争率も高い」
「詳しいんですね」
「ダリオ……俺のパーティのリーダーも勇者科卒業だからな」
「いいなあ、勇者科卒業でそのままギルドに! 冒険者のエリートコースですよ!」
ユズナは目を輝かせる。
「ダリオは剣技なら学年主席だったからな」
「学生時代からのお知り合いなんですか?」
「同級生だった。というか、同じ孤児院で育ったからそれ以前からだな」
別に言わなくてもいいことを言ってしまった。
俺は誤魔化し混じりに近くにあった灰皿を引き寄せ、煙草に火をつける。
「あ、吸っても大丈夫だったか?」
「どうぞどうぞ」
吐いた煙の向こうからユズナが俺を見つめているのがわかった。
「あの、何でそんな昔からの仲間に追放されたんですか?」
この質問が来ると思っていた。
あまり話しすぎると、芋づる式に俺が免許更新し忘れていたことがバレるかもしれない。注意していたのについ気が緩んだ。
「まあ、その誤解がいろいろと……」
ユズナは何度も頷く。
「追放された方はみんなそう言います。勇者は自分の真価をわかってくれなかったとか、俺はまだ本気を出していないだけだととか。どんなに仲が良くても権力を持つとすれ違いは起こりますよね!」
俺は曖昧に頷く。都合よく誤解してくれるのはありがたいが、あまりダリオたちの評価が下がっても困る。
「いや、みんな俺を尊重してくれてた。ただ、その何かしら……」
「もしかして、痴情のもつれですか!」
ユズナがカップを持ったままにじり寄り、中の紅茶が跳ねた。
「よくある追放理由第二位ですね。特に女性が多いと勇者の取り合いが起こったりしがちです!」
「いや、パーティは男女半々だし……」
あらぬ誤解はもっと困る。
クローネは貴族令嬢だ。結婚前に妙な噂が立つのはまずい。セラは元盗賊だが、何かしらあまりよくない。
ユズナの視線が突き刺さる。
「ああ、そう、痴情のもつれだ。何だっけっかな、ギルドの看板娘がいて……」
受付嬢ならたくさんいるから誰かわからないだろうと思ったが、ユズナは違ったようだ。
「あ、私の同級生でギルドに就職した子はたくさんいますよ! 誰ですか? 絶対内緒にしますから。可愛い子ですよね? セレンちゃんにトニちゃんにカルミアちゃん、美人系だとクラーレさんやシャハリヤさんも……」
「悪い、名前は覚えていない」
「三角関係で争った相手の名前を!?」
「ほら、何かしら、こう、魔術の代償で記憶が保たないんだ」
俺は詰め寄るユズナを手で制する。
「レヴィンさん、適当に言ってますよね?」
「わからない。記憶がないから」
俺は煙草を灰皿に押しつけた。
「そろそろ行こう。隠れてる奴らを助けなきゃいけないし、最上階から救援を呼ぶんだろ」
まだ俺を凝視するユズナから逃げながら、俺は紅茶を一息に飲み干した。
堅牢な扉の向こうから微かな呻きが聞こえた気がした。
前にダリオが言っていたことを思い出し、背筋が寒くなった。
戦場で昔話をしすぎると、ろくなことが起こらないらしい。
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