第8話 えがおはじける!
クリベリン邸を飛び出して、街のはずれまでやってきた。
風が吹き抜ける十字路の真ん中で、するっと、つないでいた手がほどかれる。
「傭兵のおじさんから助けてくれて、ありがとうございました。ここから先は、どこでも好きなところに行ってください」
そう言う声はかたくて、背も向けられている。
「……それ、僕に言ってるんですか?」
わかりきったことだとは思いながら、きき返す声が低くなるのを、おさえられない。
「キミは、2年前に『テイム』した『オーガ』……思い出しました。もう『リリース』したってことも。だから、シュシュとのつながりはないんです」
「あります」
「ありません!」
「ある。だってご主人さまは、あのとき、僕の名前を呼ばなかった」
「それはっ……!」
『テイマー』がモンスターにつける名前は、服従させるための枷。
もし『リリース』をするなら、『テイマー』は同時に名前も破棄して、モンスターの枷をといてあげなくちゃいけない。
「僕の名前は、ずっとあなたがもってました。あのときの『リリース』は無効です」
「っ、ソラく──!」
「これから『リリース』するのも、やめてください。……さすがに、怒りますよ。これは僕の名前だ。わたさない」
じぶんがどんな顔をしてるかなんてわかるわけないけど、きっと、ヒトには見せられないようなものなんだろう。『鬼の形相』ってやつかも。
「名前をくれて、うれしかった……僕の気持ちは、知らんぷりですか……?」
泣きそうになるのをこらえてるから、こんな怖い顔になっちゃうんだ。
鬼の鋭い牙が唇に食い込んで、口のなかに苦い味がひろがる。
「……そう、ですね。知らんぷり、してましたね」
痛いくらいの沈黙に、か細い声が聞こえた。
「……あのときキミを『リリース』したのは、このまましばりつけちゃいけないって、それで頭がいっぱいだったからなんです」
「どういうこと、ですか?」
「人間の身勝手な都合ですよ。あのときのこと、なにもかも忘れるつもりでした……でもやっぱり、こころのどこかで、キミのことが引っかかっていたんでしょうね」
「ご主人さま……」
「違います。『テイマー』の仕事は辞めました。もうキミのご主人さまになってあげられません」
だからこれっきりだって、また遠ざけられるんだろうか。
想像してうなだれちゃったけど、続く言葉に、ハッと顔が上がる。
「……キミの声をきかないで、つらい思いをさせてしまったこと、ほんとうに申し訳ないです。ごめんなさい……それで、虫がよすぎるかもしれないけど、キミが無事でいてくれて、ほんとうによかったです……」
とぎれとぎれの言葉を耳にするたび、よどんでいた胸の霧が晴れるようだ。
「あの、ソラくん」
「はい」
「あのときつたえられなかったこと、きいてくれますか?」
「……はい」
「シュシュは……シュシュは、ただ、キミたちとおなじでいたかった。おともだちに、なりたかった。そうするのに、『テイマー』はちょっと違うかなって、シュシュは思ったんです」
命令するご主人さまなんかじゃなくて。
おなじ目線でいたかった。
対等で、ありたかった。
──それが、僕を『リリース』しようとした、ほんとうの理由なんだって。
光が射したみたいに、視界がパァッと明るくなって、からだの芯から、じんと熱がこみ上げてくる。
「だから、『モン・シッター』のお仕事をはじめたんです。キミたちがやすらげる居場所を、つくりたかった」
そんなこと、言われたらさ。
「反則でしょ……っ!」
あれだけこらえていた涙があふれて、止まらない。
想いがあふれて、たまらない。
「じゃあ……僕たちは、ともだち? ともだちなら、シュシュって、呼んでもいい?」
「あ、あらためてそう言われると、なんか……」
「シュシュ」
「ひゃっ!」
「ねぇ、僕たちともだちなんだよね? シュシュ」
「そんなに呼ばれたら、は、恥ずかしい……!」
「ほんとだ、耳が真っ赤だ」
「言わなくていいですっ!」
「シュシュ、僕もね、きみにつたえたいことがあったんだ」
「う……」
「僕のこと見つけてくれて、ありがとう。怖がらないで、僕のことを見てくれて、ありがとう……こんどは、僕がシュシュの力になりたいよ。いっしょに行こう?」
「い、いまそれを言うんですかっ! うぅ……ソラくんが、そうしたいなら」
「ありがとうシュシュっ!」
「ひょえっ!?」
思わず腕いっぱいにハグをしたら、ひっくり返ったような声がひびいた。
「く、くるし……です……」
「あぁっごめん! 鬼化したままだった! これだと力加減が難しくて……大丈夫!?」
ひたいの角を引っ込めながら、あわてて力をゆるめる。
でもこれって、ハグしてるっていうか、ただ腕でかこってるだけのような気が……もっとぎゅっとしたいんだけど、だめかなぁ……
べちんっ!
「いたぁっ!」
「ウ! ウゥッ!」
「トッティ!? ごめん、離れるからちょっと待って、うわーっ!」
いけない。じぶんの世界に入りすぎて、トッティの存在を忘れちゃってた。
シュシュが苦しそうにしてたのもあって、すごく怒ってる……! おでこをツルではたくだけじゃなくて、ビュンビュン追撃が飛んでくるだけど!?
「ビー」
そんな僕たちの攻防戦を、つぶらな瞳をもっと丸くして見つめていた子がいた。
待って、いつもの定位置(シュシュの背中)にいるトッティはよしとして、枝にのってるのって……!
「──『パプル』!?」
これはもしかしなくても、クリベリン邸からつれてきちゃったパターンかなっ?
当の『パプル』も「ビヨン?」と瞳をぱちくりさせてて、なんで僕があわてているのか、わかってないんだろう。
「ねぇシュシュ、妖精って一般人がお世話しちゃいけないんだよね?」
「そこがちょっと複雑なところで。ふつうなら、元いた場所に放してあげるのが無難なんですけど」
「どこからきたのか、おぼえてる?」
「ビィ??」
「おぼえてないみたいです! 困ったな……このままこの子を放しても、また『スライム』と間違えられて、つれてかれたりしちゃわない?」
「つれてかれるかもですねぇ……精霊や妖精はモンスターの区分に入らないので、『モン・シッター』じゃどうにもできませんし、『テイマー』の対象範囲外でもあるんですが」
「ですが?」
「精霊や妖精といえば、『召喚士』の専門分野です。シュシュは『
なんでもないように言いながら、オーバーオールのポケットを指さすシュシュ。
うん、あのね? 『お仕事募集中!』ってポップな広告だと思ってたけどね、まさかデコレーションしてた白と黒の星が、召喚士の認定バッジだとか思わないじゃない?
「『テイマー』だけじゃなかったんだ……」
「人外みんな守備範囲です」
「有能すぎだね! じゃあ『パプル』のことも、これで解決……」
「ストップ! たしかにシュシュは『どうにか』できますけど、『どうしたいか』を決めるのは、この子です!」
「そ、そっか! そうだよね」
いけない、『パプル』の考えもきかないで、勝手に話をすすめちゃうところだった。
「僕の気持ちも考えてよ!」って、さっきムキになってたのはだれなの……はぁ、いたたまれない。
一方で、やっぱりシュシュはすごいなって、尊敬する。
「ね、『パプル』」
「ビビ?」
腰をかがめて、トッティの枝にのった『パプル』と目線を合わせる。
まあるい瞳が、不思議そうに僕を見上げてきた。
「きみに嫌なことをしてくるヒトは、もういないよ。きみは自由だ」
「好きなところに行っていいんです。キミが『やりたいこと』を教えてください。シュシュたちが、お手伝いします」
「ウー!」
シュシュ、トッティも、それぞれの言葉で話しかける。
ぐるっと僕たちを見まわした『パプル』は、それから。
「ビヨヨンッ!」
ぽむんっとはずんで、僕たちのほうへ飛び込んできた。
さいっこうに、はじけた笑顔で!
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