第7話 嫌われ鬼のねがい

 ヒュンッと後頭部をねらった一撃。

 ヒトをひとり卒倒させるのに、的確な軌道だった。でも。


「──ご主人さまに、手を出すな」


 そんなこと、僕がゆるすわけがない。


「なん、だと……俺の剣を、片手で……!?」


 傭兵の男性は、おどろきを隠せない。

 そりゃあ、僕みたいな地味地味で取り柄のなさそうなやつに剣を止められたら、ね。


「ソラくん……!」


「危ないから下がっててください、ご主人さま」


 剣を受け止めた姿勢のまま、植木鉢ポットを差し出す。

 ご主人さまがトッティを背負い直してうしろに下がったのを気配で感じたら、僕も正面へ視線をもどす。

 そこには、剣の柄に力をこめ、僕をふり払おうと躍起になっている傭兵の男性がいる。


「離せ……くっ、びくともしない、だと……!」


「僕に、力で勝とうと思わないほうがいいですよ」


 からだが頑丈なのが取り柄です。

 それは、適当に言っていたわけじゃなくて。


 サァッ……と庭園にそよ風が吹き抜けて、僕の髪を舞い上げた。

 間近で組み合っていた傭兵の男性が、目を見ひらく。


「ひたいに、つの……まさかおまえ、『鬼』──『オーガ』なのか!?」


 あぁ、見られちゃったか。

 それなら、わざわざ隠すこともないか。


「ふぅう……」


 深く呼吸をすれば、めりめりめり、とひたいの表皮がうずいて、あんまり目立たなかった2本の角が鋭く尖る。

 五感も冴えわたって、『戦闘に適した肉体』に変化。

 抜き身の剣を素手でわしづかみ、ちょっと力を込めれば、バキン、とまっぷたつにへし折れた。


「丸腰で僕と闘おうとするのは、無茶ですよ。あなたは、か弱いヒトなんだから」


「くそっ……『オーガ』がいるなんて聞いてないぞ! バケモノめっ!」


 剣の柄を投げ捨てた傭兵の男性は、マントをひるがえして駆け出す。


「──いまなんて言いました? もっかい言ってみろばかやろーッ!」


「ぶふぅッ!」


 ……駆け出そうとして、死角からの一撃にふっ飛ばされた。

 僕はポカンとして、屈強な男のヒトが地面に倒れ込む光景を見つめていた。

 信じられない。でも、あのビンタは。


「ご主人さま……!?」


「ソラくんのことなにも知らないクセに、バケモノあつかいするなんて! サイテーサイテー、サイッテーです! ソラくんもやさしいから剣がガラクタになったくらいですんでますけど、ほんとだったらおじさんなんか瞬殺なんですからねっ!」


 きゃあきゃあとひとしきり叫んだご主人さまが、ふと静かになる。

 それからずんずんと詰め寄るのは、泣きべそをかいた男の子のところだ。


「ぼうや、わがままにも、ゆるされるものとそうじゃないものがあります。ペットを簡単に『捨てる』とかは、ぜったいに言ってはいけないし、してはいけないことです」


「そ、そんなこといわれたってぇぇ……!」


「べそべそ泣くな!」


「ひぇっ……!」


「『命』をあずかるのに、大人も子供も関係ないんですよ! 『命』を雑にあつかう者は、いつか必ず痛い目を見ます。だれも助けてくれなくなります」


「やだよぉ、やだぁ……!」


「そうなりたくないなら! じぶんがむかえた『命』は、責任をもって最後までお世話しなさい! ペットはキミの『しもべ』じゃない、『家族』なんだから!」


「ぐすっ……ふぇっ……うわぁあああん!」


「あーヤダヤダ、子供って泣けばぜんぶゆるされると思ってるから、いやですねー!」


 ふんっ! と腹を立てたご主人さまは、ふところに手を入れると──


「くそったれーーーーっ!!」


 空めがけて、思いっきりなにかを放り投げた。

 ぱらぱらとふり注ぐのは、たくさんの金貨だ。


「もうヤダもう帰るもん! 行きますよトッティ、ソラくんっ!」


「ウ!」


「わわっ……!」


「あと言い忘れてましたけど、ふじーん、『ざます』とかダサイでーす!」


「それ最後に言っちゃいます!?」


「最後だからいいんですぅーっ!」


「ウー」


 ヤケ気味で乱暴に腕をつかまれたけど、もちろん、ふりほどけるわけがないよね。


「やっちゃった! 報酬ぜーんぶぶちまけちゃったぁ! シュシュのカスタードパイが! カスタードパイがぁあ!」


「ふふっ……あははっ!」


「笑いごとじゃないですぅ〜っ!」


 はじめてだ。

 ご主人さまから、手をつないでくれたの。


「……離したく、ないなぁ」


 目頭にじんわりとにじむ熱いものを感じながら、つながれた手を、ぎゅっとにぎり返した。



  *  *  *



 ちょっとだけ、僕の話をしようか。


 モンスターのなかでも、とくに野蛮な種族。

オーガ』は、むかしからそうやってさげすまれてきた。ヒトで言うところの『人権』とやらがなかった。


 だからこそ、ヒトに似たすがたをして、ヒトの言葉を話すのに、『テイム』がゆるされた種族でもあった。


 そんな『オーガ』を父にもつ僕は、混血児。いわゆる『ハーフ・オーガ』だ。ヒトの母も、滅亡した島国出身といういわくつき。


 もちろんふつうの人生なんて送れるわけなくて、物心がつかないうちに両親と離ればなれになった。

 それから、ずっと独りで生きてきたよ。

 でもヘマをして、『オーガ』だってことがバレちゃったことがあった。それも、隣国ルクシオンとの国境付近を放浪していたときに。ほんの2年前のことだ。


 ……終わった、と思った。

 だってルクシオンは、かつてマムベル共和国に侵攻をしかけてきた武装帝国だ。母さんの祖国ジャポニも、ルクシオンに滅ぼされた。

 奴隷制度すらある無慈悲な国に、だれからも嫌われる『オーガ』がつかまったら、どうなるか。そんなの、わかりきってるよね。


「わが名は『カシュミル』。汝、名を『ソラ』とす。これを以って血の盟約とせん。わが声に応えよ──『テイム』」


 絶望に打ちひしがれる僕の視界が、まばゆい七色の光であふれたのは、そんなときだった。


「その『オーガ』は、こちらが所有するモンスターです。ギルドがさだめる規定により、『テイマー』と契約下にあるモンスターへの第三者の干渉は、何人たりともゆるされません。ごぞんじですよね?」


 オレンジ色の髪。

 七色の光をつれて、そのヒトは僕の前にあらわれた。

 ……天から降りてきた、天使みたいだと思った。


「もういいでしょう。どこへなりとも行きなさい」


「そんなっ、いやだ、ご主人さまっ……!」


「──『リリース』」


 だけど、ルクシオンの奴隷商から僕を助けてくれたご主人さまは、僕の意思なんか無視して、僕を『解放リリース』したんだ。


 どうして、なんで。

 僕はまだ、あなたになにもしてあげられていないのに。

『ありがとう』のひと言も、つたえられていないのに!


 次に目を覚ましたとき、やっぱり僕は独りぼっちで。

 だけど胸にともった熱の残り香が、ただ各地を放浪するだけだった僕に、活力をあたえた。


「僕は──ソラだ」


 ご主人さまがくれた名前。

 ぜったいになくさない。

 ぜったいに見つけてみせる。


 だからおねがい、ご主人さま。

 次に会ったときは、僕のすべてをかけて尽くすから。


 ──抱きしめさせて、ほしいな。

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