第6話 ちょっと、おこです
「ビヨン、ビヨ〜ン」
「ウゥウ……」
トッティの幹(背中のほう)をよじのぼった『スライム』が、ころころ〜っと枝を転がっている。
「ソラくん」
うしろには水しぶきの音。噴水のへりに座った僕は、名前を呼ばれて、トッティの
「今日はキミの『お仕事見学』のつもりでしたが、これからのことは、シュシュがぜんぶ処理します。キミはじっとしていてください」
「いやです」
まさか、食い気味に拒否されるとは思わなかったんだろう。バッとこっちを振り向いたシュシュさんは、わなわなと唇をふるわせている。
「いやですって……キミのわがままでどうこうできる問題じゃないんですよ!」
うん……そうだよね。わかってます。
僕が無力なことも、あなたがそうやって、ぜんぶ背負おうとすることも……ぜんぶぜんぶ、わかってました。
「ほんとうに、変わらないですね……『アカデミー』のときから」
「──ッ!」
「うくっ……」
視界がまわって、息が苦しくなる。
きゅ、と
「……盲点でした。キミが『アカデミー』の関係者だったとは」
「待って、ください。僕はアカデミー生じゃないし、あなたをつれ戻しにきたわけでもありません」
ずっとひとりで辛抱してきたんだ。
もうそろそろ……いいよね?
「僕は……あなたに会いたかったんです。ただその想いだけで旅をしてきて、やっと見つけた……カシュミルさま」
「どうしてその名前を……っ!」
「知ってますよ。……ずっと言ってるじゃないですか。あなたは、僕の『運命のヒト』だって……いい加減思い出してくれないと、さびしいです」
「っあ……!」
僕の首を締め上げていた手が、カクンと力をうしなう。
すべり落ちる細い右手首を、さらってほほへ寄せた。
「捨てられるのは、さびしいです……だからもう、ひとりで先に行っちゃわないでください」
「あぁっ……!」
左手で口もとをおおう目の前のヒトを、そっと見つめる。
僕、笑えてるかな? 泣きそうになってないかな? あぁもう、どっちでもいいや。
「僕があなたのそばにいたいのは、『しもべごっこがしたいから』じゃなくて、『しもべだから』なんですよ、ご主人さま」
引き寄せた手のひらへ、かすめる程度に唇をふれあわせる。
いままでつたえられなかったことを、やっとつたえられたんだ。
僕にしては、100点満点だよね?
「──ちょっと! これはどういうことざますの!?」
パチンッと風船を割るみたいに、夢見心地から現実に引き戻されたら。
──さぁ、最後の大仕事だ。
* * *
ショッピングからもどったクリベリン夫人は、ものすごく怒っていた。
それもそうだろうね。庭園に宝石やらドレスやら、その他大量の『モノ』が散乱していたんだから。
「帰ってきて真っ先に言うことが、それですか──!」
思わず詰め寄ろうとしたところで、す……と伸びてきた細い腕に止められる。
「……かわいそうに、おびえてます。キミは、その子のことをおねがいします」
『スライム』のことを言われているんだって、遅れて気がついた。
僕は唇を噛んで、
「ねぇねぇママ、なんであんなにちらかってるの?」
「なんでもないのよ。ママはあちらのお客さまとお話がありますからね、ぼうやはおへやにおもどりなさい。『おデブちゃん』と遊びたいでしょう?」
「うんっ! 『おデブちゃん』とあそんであげるのー!」
「──待ちなさい。そのモンスターは、いったいどうしたんですか」
「ぴゃっ……!」
冷え冷えとした言葉を投げかけられ、男の子が飛び上がった。
ぐすぐすと涙と鼻水をたらして、その腕には、ちいさな白黒のネズミ型モンスターをかかえている。
「どうしたもなにも、誕生日プレゼントの『モーモット』のこどもざます! もう先行きが長くないペットがいて悲しいだろうから、こんどは愛くるしくって人気の子をおともだちに買ってあげただけざますわ!」
「…………」
「そ、そちらの男の子も、なんですの、黙りこくって……言いたいことがあるなら、おっしゃいなさいな!」
これでも気が長いほうだと思っていたけど、聞いていられなかった。
「『おともだち』ってなんですか? あなたたちにとっての『ペット』って……もうなくなりそうだから買い足せる、簡単に捨てたり買ったりできるものなんですか!?」
「なにを偉そうに……っ!」
「彼の言うことは、なにも間違ってはいません。アナタたちはあの子を『おともだち』だとか『ペット』だって言っているけど、それじゃあ、あの子がどれだけ苦しんできたか想像して、それに寄り添おうとしたことがありましたか? あの子と向き合って、ちゃんと知ろうとしたことがありましたか? ないですよね? 『面倒くさい』って、放り投げただけですよね?」
「アタクシにお説教のつもりですの!? 不愉快ざます! すぐに黙ってちょうだい!」
「黙りません」
「お黙りなさい!!」
「黙りません。アナタたちが『ゴミ捨て場のスライム』とあざ笑ったあの子が『何者』なのか、教えてあげます」
「なっ……なにを言っているのだか! その子はただの『スライム』でしょう!?」
「有機物と無機物」
「いきなり意味がわかりませんわ!」
だんだん声を荒げていくクリベリン夫人を目の前にしても、ご主人さまは動じない。
「燃やしたときに黒く焦げるものが有機物、そうじゃないものが無機物です。とすると、おや、おかしいですね? 夫人はあの子に、書き損じのお手紙や割れた花瓶を食べさせていたとおっしゃっていました。紙は有機物、ガラスは無機物ですよ? はじめに言いましたよね? 『スライム』は有機物か無機物の『どちらかを溶かす』能力があると」
「そんなの、知りませんわ……パクパクなんでも食べたのは、その子ざます!」
「ノン、不正解です。夫人もご立腹でしたよね? 『ここに散らばっているものはなんだ!』って。これは、夫人たちがあの子に『食べさせようとしたものすべて』──あの子は有機物と無機物の『どちらも溶かしてはいない』のですよ」
つまり、どういうことかっていうと。
「あの子は、『スライム』じゃない」
「そんなっ……じゃあなんだって言うんですの!?」
「分裂増殖する『スライム』はゼリー質の単純一層構造をもっていますが、あの子はさらに本体となる『核』があります。あれは、マナをたくわえる『魔力核』と呼ばれるもの。とくに、水と親和性の高い『魔力核』をもつ『スライム』とよく似た存在といえば──水の妖精『パプル』。それ以外に考えられません」
「ま……また、おかしな作り話を……ぎゃっ!」
鼻で笑おうとしたクリベリン夫人のすぐそばで、ヒュンッと
「ウゥ……ァアア」
トッティだ。低くうなりながら、尖らせた根っこでクリベリン夫人の顔スレスレを攻撃したんだ。
縦巻きロールの金髪をはらり、とひとふさ切り裂かれて、クリベリン夫人は顔面蒼白になった。
「一説によると、『パプル』は四大精霊、そのうち水をつかさどる『ウンディーネ』の魔力から分けいでる妖精なのだそうです。つまり、一般ピーポーがおうちで飼っていていいような子じゃないんですよ」
「……そ、そんなことを、どうしてあなたみたいな子供が、知って、いるの……」
「見た目で判断しちゃいけませんねぇ、ヒトも、モンスターも」
すっかり腰をぬかしたクリベリン夫人へ、スタスタと歩み寄るご主人さま。
その右手が、胸もとへ添えられた。
「ここのポケットに旗があるのが見えますか? プラチナの
「最上級、『テイマー』ですって……!?」
「そうです。なのでモンスターだとか精霊に詳しいんですよ。すくなくとも、アナタよりはね。よかったですね? トッティがやさしくなかったら、いまごろアナタの頭はからだとバイバイしてました」
「ひッ……!」
「で、そこのぼうや」
クリベリン夫人に続いて、となりへ視線を向けるご主人さまだったけど、叱られる空気を肌で感じたのか。男の子がじわりと涙をにじませる。
「うっ……うぁあ、へいたいさぁ〜ん!」
わんわんと男の子が泣きべそをかいたと思ったら、どこからともなく、屈強な男性があらわれる。腰には剣。
「生半可なお金持ちが私的な騎士団をもてるわけがないですし、傭兵さんってとこですかね……あんなちびっこにあごで使われて、いやじゃないんですか? 用心棒のおじさん」
「仕事だからな」
「はぁ、まぁそうですよね」
「こわいひと、やっつけてぇ〜!」
「悪いが、そういうことだ。すこし痛い目を見てもらう」
傭兵の男性が、腰からすらりと剣を抜く。
これからどうなるか。
そんなの、深く考えるまでもない。
タンッ──……
地面を蹴ったら、あとは追い風に身をまかせるだけ。
「──ご主人さまに、手を出すな」
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