第5話 ゴミ捨て場のスライム
クリベリン夫人に案内されたのは、2階のいちばん奥にある、薄暗い物置部屋だった。
「こちらざますわ。ほら、そこに転がっているでしょう?」
入り口のすぐ右手側、壁にあるスイッチをオンにすると、組み込まれた魔法仕掛けが発動して、天井からぶら下がるランプにボッとあかりを灯した。
クリベリン夫人が扇子で指し示した先、明るくなった物置部屋のすみっこに目をこらしてみると、青い半透明ゼリー状のものが、ほこりっぽい床にべちゃあっとくっついている。
なにが起きているのか、一瞬わからなかった。
「……ビィィ」
「きみ、大丈夫!?」
弱々しい鳴き声が聞こえた次の瞬間、ハッとわれに返って駆け寄った。
「では、おまかせするざますわよ? アタクシ、これから外出いたしますの。子供のお誕生日なので、ショッピングのお約束をしていますの」
「ショッピングって……あの、夫人!」
「必要なものがあれば、メイドにお申しつけくださいませ。はじめに申し上げたとおり、お好きなようにしていただいてかまいません。なにが起きても責任を追及することはないと、お約束するざます」
クリベリン夫人は言うだけ言って、ドレスのすそをひるがえしていった。
あとには、シンと静まり返った物置部屋に、僕たちが取り残されるだけで。
「シュシュさん、この子……っ!」
「いいです、わかってます」
シュシュさんは僕が訴えたいことをすぐに理解してくれたのか、歩み寄ってくると、となりにしゃがみ込んだ。
「みせてください」
僕はうなずいて、両手で床からすくい上げた『スライム』を、シュシュさんへあずける。
ゼリー状のからだにはほこりがからみついていて、水分をうしない、カピカピに乾いているところさえある。
ゼリー質の中心に卵くらいの白い球体が見えて、そこにつぶらな瞳とちいさな口があった。間近で見たことがないんだけど、これが『スライム』の本体ってやつなのかな。
「……ケフッ、ケフッ……ンビィ」
『スライム』はほこりまみれのからだをふるわせ、
たまにひらかれるつぶらな瞳もショボショボとしていて、焦点が合っていない。
「こんなに苦しんでるのに、ショッピングだなんて……この子をお医者さんにつれて行くのが先じゃないんですか!」
「一応つれて行ったんだと思いますよ。でも、どうにもできなかった。だから、シュシュたちを呼んだんでしょう」
「どういう、ことですか……?」
「ソラくん、シュシュのお仕事は、モンスターのお世話全般です。それはごはんやおさんぽだけじゃない。『最期のお世話』も含まれます」
「なっ……!」
「廊下にやたらとお花があったのは、『そういう意味』だと
絶句する僕をよそに、シュシュさんは落ち着いていた。
「もちろん、『最期のお世話』が嫌なわけではありません。でも……これは酷いです。あんまりです」
いや、違う。
かすかにだけど、声がふるえてる。
シュシュさんは怒ってるんだ。それを、必死に抑えようとしてる。
「こうしちゃおれませんね。ついてきて」
「もちろんです!」
『スライム』を手のひらでつつみ込んだまま駆け出したシュシュさんのあとを追って、僕も物置部屋を飛び出す。
「そこのアナタ!」
「は、はいっ! なにかご用でしょうか……?」
シュシュさんがまず起こした行動は、メイドさんを呼びとめること。
「ききたいことがあります。こちらの『スライム』ちゃんについて、どんなささいなことでもいいです、知っているヒトを全員つれてきてください。全員、大至急、です」
これからどうなるんだろう?
間に合うのかな?
ううん、不安な気持ちに負けちゃだめだ。
大丈夫、シュシュさんがいるんだから。
だから、僕もできることをするんだ。
* * *
「クリベリン邸へはじめてやってきたときのこと? やんちゃ盛りのおぼっちゃまがゴミ捨て場からひろってきたと、
「あぁしゃらくせぇ。金遣いが荒いんだよ。そんで飽き性だ。宝石だのドレスだの、爆買いしては物置行きだ。けど屋敷の物置部屋じゃおさまりがつかなくなっちまって、庭園の一部を取り壊して、ドレスルームを増設したのさ。ったく、景観もなにもあったもんじゃねぇ。俺たち庭師も商売あがったりだよ!」
「そこに、おぼっちゃまが『ゴミ捨て場のスライム』を連れ帰ってきましたから、奥さまもたいへんおよろこびになりまして、あとはまぁ……えぇ、そういうことでございますわ」
執事に庭師、メイド長。
クリベリン邸ではたらく使用人という使用人が、いろんな証言をしてくれた。
「……なるほど。ととのいました」
全員の話をもらさず聴いたシュシュさんは、最後にあるヒトへ声をかける。
「庭師のおじさん、こちらのお庭には噴水があったみたいですけど、お手入れはじゅうぶんにしていますか?」
「たりめーよ! カビひとつねぇ、そのまま水を飲めるってくらい完璧に仕上がってるぜ!」
「じゃあ、先に謝っておきますね。ごめんなさい。なにをしても、怒らないでくださいね。そういう契約ですから。あ、シュシュたちを怒らないでもらえれば大丈夫ですぅ」
「んっ……?」
ポカンとあっけにとられる庭師のおじさんを置いて、さっさと庭園のほうへ向かうシュシュさん。
「苦しかったですよね、つらかったですよね……でも、大丈夫です。シュシュがどうにかしますから」
「……ビィ……?」
『スライム』はうつろな瞳で、シュシュさんを見上げている。さっきよりぐったりしてる。もう時間がないかもしれない。
だけど、焦っちゃダメだ。取り返しのつかないミスをしてしまうかもしれない。
はやる気持ちをおさえて、ついに、庭園へとやってきた。
「ここのヒトたちは、『だいじなこと』が見えていなかった。いや、知ろうとしなかった」
手のひらの上でぐったりと脱力した『スライム』を指先でひとなでしたシュシュさんは、一変。
「でも、シュシュはわかりましたから──ソイヤァーッ!」
右のこぶしをにぎり込むと、おおきく振りかぶって、投げました。……投げましたぁっ!?
「ぇえええっ!? なにしてるんてすかシュシュさーんっ!」
あわてて止めようとしたけど、遅かった。
トポン、と音がして、噴水のなかに『スライム』がホールインワン!
「あわわわ……大丈夫? これ大丈夫なんですか!? あの子、浮かんできませんけど……!」
「シッ。いいこですから、静かに見てなさいです」
「そう言われても〜っ!」
10秒、20秒、30秒。
待てども待てども『スライム』はすがたをあらわさない。
たまらなくなり、噴水へ駆け寄ろうとした、そのときだった。
噴水のほこりが浮かんだあたりに、ぷくぷくぷく……とこまかい泡が立って。
「ビヨヨ〜ンッ!」
パシャアッ! と水しぶきをあげて、『スライム』が飛び出してきた!
青い半透明ゼリー状のからだはツヤツヤしていて、さっきまでか細かった鳴き声は、元気そのもの。
「えっ、どういうこと? こんな短時間でそんな劇的変化ある? えっ!?」
「お元気ですかー!」
「ビヨ〜ン!」
「わー、お見事ですぅ!」
ぽむんっと着地した『スライム』へ拍手を送りながら、シュシュさんは続いてひと言。
「じゃあその調子で、食べさせられたもの、ぜんぶそのへんに『ペっ』しちゃいましょう! 大丈夫ですー、怒らないって庭師のおじさん言ってましたからー!」
シュシュさんがなにをしようとしていたのか、サッパリわからなかったけど、このときになってハッとした。
「ムムッ……ンアーッ!」
ごきげんな『スライム』がお口をあけて、それからのことは、言わなくてもいいかな?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます