社会の裏側


「現代社会でまったく帳簿に載らない金を作り出すのは、ほとんど不可能です。少なくとも大金はですね」


 こいつの話し方は、税理士とか会計士になった教え子に似ているなと、頭の片隅で思った。

 あいつらは……「白っぽいグレー」を探すのが仕事だとか、高いシャンパンを空けながら言っていたが……。


「休眠会社とか戸籍買いとか、あいつらの知恵ではそれくらいしか思いつきません」


 どこかで聞いたような話だが……。


「結局どこか銀行に預けざるを得ないんです。今の日本では。現金にしておくには限界がある」

「ときどき変な札束が竹藪とか焼却所から出て来るが……」


 ワイドショーで取り上げられるネタを思わずつぶやいてしまった。


「あんなのはごく一部です。ぼけ老人の隠し財産か、『見せしめ』に暴かれた隠し金か……」

「見せしめで1億って……」

「大企業レベルでは1億なんて、端数ですよ?」

「お前……」


 高校生が話すトーンじゃないだろう?


「高1から将来のことを考えて、簿記を独学で勉強しました。日商の1級持ってます。その上で、上場企業の決算書を片っ端から分析しました」


 昔は「会社四季報」とか「有価証券報告書」とかの出版物を入手する必要があったが、いまではWebで企業の決算情報が手に入る。それを使えば……って。


「お前、それだけの力があれば監査法人とか会計事務所とか、いくらでも仕事はあるだろうに」

引退後・・・はそっちの道もあるかなと思いますが」


「若いうちだけでしょ? 挑戦できるのは」


 さばさばした表情で多田は言った。


「簿記1級があるからって、裏金のありかが分かるのか?」

「『裏金がありそうだ』ってところまでですね。簿記の知識で追えるのは。そこから先はハッキングの領分です」

「ハッキング?」


 予想外のワードがポンポン飛び出してくる。こいつはいったい何者だ?


「中学時代からプログラミングを勉強しました。途中からハッキングにはまりまして。個人レベルのセキュリティなら『ざる・・』扱いですね」

「そりゃ犯罪だろう?」

「技術に罪はありませんよ。使い方を誤れば、どんな技術でも悪用は可能です」


 技術とは本来そういうものでしょうと、多田は言った。


「そいつは危険な考え方じゃないのか? マッドサイエンティストってのがそういう奴らだろう?」

「だったら人類は、真っ先に・・・・自動車を禁止するべきでしょ? どれだけの人間が交通事故で亡くなっていると思いますか?」

「いや、自動車を廃止したら産業が崩壊するだろ?」


 わたしがそう言うと、多田は頷いた。


「みんなそれが当然だと思い込んでしまっている。それが社会だからです。でも、自分のお子さんが自動車事故で無くなったとしたら、同じことを言えますか?」

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