僕、泥棒になります

「先生、僕、泥棒になります」


 多田は好きな色はブルーですというくらいのトーンで、とんでもないことを言い出した。


「はあ? お前、何を言ってるんだ?」


 わたしは怒るよりも呆れてしまった。こんな冗談を言う生徒ではないと思っていたが。


「驚かせてしまってすみません。でも、真面目な話なんです。正確に言うと泥棒ではありませんが、それに近い仕事なもので」

「ふざけている訳じゃないんだな? なんだかわけが分からんが、とりあえずどんな仕事か説明してみろ」


 わたしは怒鳴りつけたくなる気持ちを押さえて、先を促した。

 話も聞かずに怒鳴ったら、モラハラだパワハラだと責められる。面倒な世の中になってしまった。


 それから始まった多田の説明は、わたしの教員生活で遭遇したもっとも不思議なものだった。


「そもそもの話、犯罪はダメだろうが」


 わたしの最初の反応はそれだった。教師でなくとも、誰でもそういうであろう。


「犯罪というのは、法によって禁止された行為を行ったことがおおやけに発覚した場合始めて認識されます」


 あらかじめ答えを用意していたのか、多田は滑らかに言った。


「いや、バレなくても犯罪は犯罪だ。見つからなければ良いということにはならんだろう」

「僕が対象とするのは、闇カルテル、反社、犯罪グループなど社会的に悪とみなされる集団の裏金です」

「何を言っているんだ? お前、正気か?」


 生徒が教師にする話とは思えなかった。こいつは頭がどうかしてしまったのだろうか。


「そもそも、持ち主がいない資金なんです。被害者でさえ特定できない」

「だからってお前……」

「そのままにしておけば、次の犯罪資金となるだけですよ」

「まあ、裏金だったらそういうこともあるかもしれんが、それは警察だとか国税庁の仕事じゃないのか?」


 そう言うと、多田は体の前で両手の指を組んで目を落とした。


「それでは間に合わないから、僕の両親は首を吊りました」


 わたしは息が詰まった。

 そうだった。多田の両親は小さな工場を経営していたが、手形詐欺に遭って多重債務に陥り、最後は自殺したのだった。

 

「多田、お前……」


 多田は、伏せていた顔を上げた。


「先生、僕は復讐を考えているんじゃありませんよ。社会的に不足している自衛機能を果たそうとしているだけです」

「自衛機能って。訴えられたらどうするつもりだ?」


 動揺して、思わず多田の言う「泥棒のようなこと」を前提とする質問をしてしまった。


「訴えませんよ。そもそも『存在しない資金』を狙いますから」


 いいですかと、多田は頭の悪い子にドリルを教えるような口調で説明を続けた。

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