夏祭り

「おい、そこの浴衣のイケメン!」

 地下鉄の駅、改札を出て歩いていると、後ろから低音ボイスで紳士のような声が聞こえた。えっ? 俺? そんなはずないよね? と思いつつ、とりあえず後ろを振り返った。そこには自信たっぷりに満足そうな笑顔を見せる、福居昇流がいた。モデルかよと突っ込みたくなるくらい、高身長に浴衣が映えていた。

「何ボーッと見惚れてんだよ」

 近づいてくる福居を上から下までじっくりと見ていた。

「えっ? だ、誰も見惚れてないから」

「隠すなよ」

 そう言いながら肩に腕が回ってきた。

「さっ、デートに行くか!」

 声が響いた。さすがは演劇部次期部長候補、いい声だ。

 男同士で肩を組み、そんなことを言われたら、間違いなくカップルと思われているはず。ちらりちらりといくつか視線を感じる。

「ちょっ、違うから!」

 腕を払い除け、そのまま見た先には、葵百彩が立っていた。

 釘付けになる、まさにこのことだ。

 目の前がまるで真っ白な光に包まれたようだった。その中心に夏の妖精のように、より一層光り輝く百彩ちゃんがいた。

「えっ? そうだったんだ。ふくすけとロカオン。へ~、そっかそっか。ならうちらは邪魔だよね? ねっ?」

 新座明歩が何か強めの視線を百彩ちゃんに投げ、頷くように訴えていた。いつの間にいたのか全く気づかなかった。

「えっ? うん。よかったね、絽薫くん」

 ……寂しい。嘘だったとしても、好きな人にそんなこと言われるなんて最悪だ。体のちょうど肋骨の真ん中を大砲でドッカーン! っと打ち抜かれたかのようだった。その穴を、音を立てながら空虚な風が吹き抜け、痛くてなんだか息もできない、倒れそうだ。

「もあ……ちゃん」

 前を歩く百彩ちゃんと新座を目で追っていると、隣にいつのまにか福居が並んでいた。

 倒れそうにもなる、体重を預けていた福居が隣からいなくなったのだから。ヨロリと足がもつれ、膝をついた。その瞬間、数秒、もしくはたった一瞬かもしれない、花陽公園が目の前に見えた。自分はそこで何をしているのか、よくわからずにいた。左を見るとトラックが一〇メートルくらいのところを走っている。

「大丈夫?」

「えっ?」

 声のする方に振り向くと、百彩ちゃんが抱きしめて支えてくれていた。どうやら駅のコンコースのようだ。今のは幻覚なのか、不思議な気分だった。

「えっ? じゃないよ。昼にプールではしゃぎすぎたか?」

「ううん、そんなことないよ。大丈夫」

 そう、今日は結構ハードスケジュールだ。



     ☆   ☆   ☆



 真夏の女神! 誘惑の小悪魔! 美肌の天使! ヤバい、鼻血が出ないか心配になる。百彩ちゃん、水着似合いすぎで目のやり場に困ってしまう。こんな公共の場で、変な妄想をするのもいけないとはわかっているけれど、どうしようもない。

 大人びたスタイルで、出るとこは出ていて、締まるところはちゃんと締まっていて、グラビアの表紙からそのまま出てきたんじゃないかと思うくらい、エロい。いやいや、それだけじゃない。それだけではない! わかってはいる、でも、思春期男子のイケナイ世界を具現化したようで、刺激が強すぎる。

「子どもには少し刺激が強いのかな?」

 まるで、何事もないかのように、至って平然と喋っている。俺はこんなの普通で、見慣れているとでも言いたげだ。

「お前も子どもじゃん」

「それはどーかな?」

 鼻を膨らませ、不敵な笑みでこちらを見た。

 えっ? どういうことなのか理解ができない。裸は見慣れていて、これくらいじゃ興奮しないとでもいうのか……まさか! いつの間に、何で何も言ってくれなかったのかと、怒りすら覚える。

「どーゆーこと? ひとりだけ抜け駆けってズルくない?」

「……はっ?」

 思いっきり溜めてからの聞き直し、しらを切るつもりだろうか、納得がいかない。

「はっ? って、まあ、俺は百彩ちゃんしかいないから、そんな簡単に誰かに童貞捧げるつもりはないけどね」

「……ロカ男、何言ってんの?」

「何って……福居が誰かと初体験したってことじゃないの? 俺は別にいいけど。やるなら百彩ちゃんしかないし、それはもう俺の中では決定事項っていうか……」

 福居がハ~ッとため息を吐きながら俺の肩に手を回してきた。

「誰がセックス したって?」

 今この場所で腹から声を出す必要があるのかと問いただしたくなる。周りの人に聞こえてしまう。小さな子どもだっているのに、教育上よくない。

「ちょっと、落ち着けって。そんな声出さなくていいから」

「はっ? だから俺が誰とセックスしたって?」

「いや、だから知らないけどさ。まあ、落ち着こうよ」

 ふたりで話していると、どーしたの? 行かないの? と新座と百彩ちゃんがこちらに寄ってきた。

「なあ、だからさ! 俺が誰とセッ……」

 挑発するかのように、わざと大きな声を出しているんだと思う。百彩ちゃんにこんな会話を聞かれたくはない。

「セッションセッションセンセーション!」

 デタラメな動きをしてクソダサいポーズを決めた。

 …………。

 誰も何も反応してくれない。わかってはいる。つまらなくて、救いようがないっていうことは。でも、さすがに何か言ってほしい。セックスって言葉を言っていたなんて気づかれたくなくて、俺なりに頑張ってごまかしてみた。もう、絶対やらないけれど。

「ブフフッ、ロカオン、暑さでおかしくなったの?」

「ロカ男、俺のせいで、なんか、ごめん」

「いや、謝られると、こっちが困るわ。つまんないとか言ってくれたほうがよっぽどマシ」

 少し微妙な空気が流れた。新座は笑っているけれど、面白くてというよりは、寒くて吹いたしまったという感じだ。周りの人達には白い目で見られているし、小さい子どもたちはギャーッ、変な人! とあからさまにバカにしている。

 心が折れそうだ。あのままセックスと大声で言わせておけばよかった。

「アハハハハッ、やっぱり絽薫くんおもしろいね」

 えっ? 本気? 疑いたくなるけれど、嬉しい。勢いでやっただけのギャグだったのに、おもしろいって好きな人に言われた。しかも、腹を抱えて笑っている。本当か慰めなのかわからない。そんなこと関係なく、心が真冬に焚き火をしているときのように、あったかくて心地よかった。涙が出そうだ。下を向き目を擦り、満面の笑みで百彩ちゃんを見た。

 ……いない、目の前には知らない人たちが通り過ぎるだけだった。その先を見ると、早足で歩いていく三人が見えた。さすがに、ひとりになると恥ずかしさが込み上げてくる。左右をリズムよく見て、何事もなかったかのように三人の後を追いかけた。

 照りつける太陽を背にポップアップテントを張る。タオルやらロッカーに入れなかったものを置く。そのまますぐに「行こっ」とまずは流水プールに向かう。水の中に足先を入れると地面の熱さが嘘のように、溶けてしまいそうになる。心地よさを噛みしめ、一気に頭まで沈む。

 そのあとも、スライダープール、波のプール、また流水プールと戻り、次々と入っていった。途中休憩をして、スナックを食べたり、アイスを食べたりしながら、プールに入っては出てと繰り返した。ランチを食べたあとは、さすがにゴロゴロとしていたけれど、制限時間は午後四時だ。休むならプールの中でもできると、流水プールに浮き輪を持っていき、クラゲのようにぷかぷか浮いていた。

 まるで、ダブルデートでもしているのかと錯覚してしまいそうだった。それくらい、楽しい時間だった。

 四時になると急いで着替えて、一時間ほどでそれぞれの家に着き、猛スピードで浴衣に着替えて、休むまもなく家を出た。

 六時から盆踊りに行くからだ。元々は、プールに夜までいて、のんびり楽しもうと思っていた。しかし、百彩ちゃんが祭りに行ってみたいというので、調べてみた。三咲凛花がみんなで踊れる盆踊りにしようよと言うので、提案してみたら手を叩いて喜んでくれた。名古屋の夏祭りで老若男女楽しめると言ったら、やっぱり盆踊りは外せないのかもしれない。

 三咲の祖母がなんちゃら会というものに入っていて、会場で中心になって踊るらしい。それに連なって一緒に踊るという。

 遊びをハシゴするなんて最高の一日だ。



     ☆   ☆   ☆



 地下から階段を上がると、坂戸輝紀がスマホを手にニヤつきながら待っていた。どうせ、アイドルの動画でも見ていたのだろうと思う。でも、顔だけ見ると変態にも見えなくはない雰囲気だったので、このまま女子ふたりを近づけるのはよくないと考え、名前を呼んだ。

「さかど!」

「よっ! プールはどーだった?」

「楽しかったよ」

「雄鶏くん、何をニヤついてたの?」

「ニヤッてか、おんどりくんって何だよ?」

「えっ? あだ名、ニックネームって知らない?」

「はっ?」

 突然の新座の訳のわからない言葉に、驚かせれてしまう。いちいち聞いていると長話になりそうなので、男たちは何も言わずにいたけれど、素直な百彩ちゃんは聞いてしまった。

「明歩、あだ名もニックネームもわかるよ。でもね、おんどりって何?」

「もっちゃんは、わかんないよね? うちはね、ちゃんとはなりんにも許可取ってるから」

 また、訳のわからないことが増えた。

「みんなちゃんと説明しないとわからないよ」

 新座は、決まって何か得意げに話をしようとすると、後ろを向く癖がある。合宿中のコンビニの時もそうだった。

「はなりんはわかると思うけど、三咲凛花のこと、凛花を逆にして読んだの、うち的にはいい線いってると思ってる……」

 俺たち三人は百彩ちゃんを連れてそっと音を立てないように歩き出した。

「でね、おんどりは、前にふくすけがさかどさかどさか、とさかって言い出したじゃない? それで思いついたの」

 新座は自信満々に振り向いた。しかし、俺たちは数メートル先に立っている。驚いて目が泳いでいたけれど、忍者にでもなったかのように、俊敏に四方八方を見回していた。 

 見つかった。

「ちょっと、ひどい~。人がちゃんと説明してるのに」

 そう言いながら、走ることはなく、競歩のようにこちらに攻めてきた。勢いに押されて三歩下がった。

「ちょっと、男たちがもっちゃんを囲んでどーするつもり? もっちゃん、こっち来て。大丈夫?」

 新座は百彩ちゃんを自分の隣に立たせ、睨みを聞かせてこちらを見た。

「わかった、俺はなんて呼ばれてもいいから。早く行かないと、凛花が踊るのに間に合わないだろ?」

「そーだね。でもおんどりくんっていいでしょ?」

「にーざ、俺、とさかなんか言ったか? だったらとさかくんにしないか?」

 福居は手を頭の上とお尻のところでヒラヒラとさせ、首を前後しながら、コッコッコッコッと、鶏の真似をするように歩いていた。

 歩きながら考えていた。百彩ちゃんがこちらにニコッと笑顔を向け、同じように笑顔を返した。あのとき、百彩ちゃんがいた気がする。トラックが過ぎて……考えようとすると、居心地が悪いというか、たどり着く答えが消えてしまったかのような、そんな感覚があった。それに、真剣に考えることを避けたいのか……全身が拒否しているのか、自分のことなのに、自分でもよくわからない。きっと、このこと自体、どうでもいいことなんだと思おうとした。


「こっちこっち」

 祭りの会場についた。坂戸が三咲から聞いていた場所付近に着くと、こちらを見つけて三咲が声をかけてくれた。

「遅くなって、すまん!」

 福居がまた鶏の真似をした。

「ちょっと、なにそれ?」

 苦笑しながら三咲が言うと、新座が我先にと前に出てきた。

「はなりん、おんどりはダメみたい」

 ごめん、ごめんと軽く頭を下げながら後ろへと下がっていった。

「フフフッ、ダメだったんだ」

「何だよ、おんどりはさすがにな」

「そーだね」

 これが彼氏と彼女かと羨ましく見ていた。俺も百彩ちゃんとこんな関係になりたいと心の底から思っていた。百彩ちゃんと目が合う、ニコッと微笑みかけてくれる。嬉しいけれど、何だか胸の奥がむずがゆい。今すぐにでも抱きしめたい、と思う気持ちを抑えるために、別のことを考えようとした。

「あっ、うちのおばあちゃん」

 こんばんはとみんなで挨拶する。

「凛花がいつもお世話になってます。みんな踊りはわかるでしょ? 一緒に踊ってね」

 はい、となんとなく返事をしていたけれど、どうやら本当にこの輪の中で踊らされるようだ。

「みんな、わかるよね? 子どもの頃から踊ったりしてるし。もっちゃんは動きを見ながら一緒に踊ってね」

「うん」

「踊りなら任せとけ!」

 福居はヒーロー戦隊のようなポーズを決めて、ひとりだけ自信満々に答えた。

「福居踊れるの?」

「毎年、踊っとるがや」

「マジか!」

 こんなどうしょうもないやりとりをしていると、和太鼓がドンドンと鳴り響いた。音楽が流れ出し、輪の中の人混みに動かされるように、自分の意思とは関係なく、手や足が勝手に踊っていた。

 今日の締めくくりだ、体力が尽きるまで踊ってやる! 気を紛らすためにも盆踊りに集中しようと思った。

 休憩の一〇分から一五分の間、百彩ちゃんはなおさら目を輝かせていた。

「お祭りって楽しいね。あっ、ちょっと待ってて明歩と凛花と綿あめ買ってくるね」

 そう言いながら、キャーッと小さな子どものようにはしゃいでいた。手を繋ぎ、三人が浴衣で走っていく後ろ姿が、色っぽくもあり、子どもっぽくもあり、の気持ちが止まらなくなる。祭りの賑やかさすべてが、恋の歌や恋の音色に聴こえてくる。

 この六人がこのまま変わらずにいれたらいいな、と思える瞬間でもあった。

 

「ささくん!」

 ボーッとニヤけた笑顔で立っていると、右側から誰かが近づいてきた。こんないい雰囲気に水を刺すのは誰だよと、つまらない表情で、声の主を見た。

「えっ? あっ、しょうちゃん。久しぶり」

 小学校、中学校で仲のよかった、中野晶馬だ。高校生になってからは、ROWで話をしたり、メッセージをすることが大半で、直接顔を合わせることは、めっきりなくなった。俺は、地元から離れた高校に通っていることもあり、中々、地元の友達と遊ぶ機会がない。サッカー部繋がりが多いから、尚更、顔を合わすことが減ってしまう。

 盆踊り事態は、小さな頃必ずと言っていいほど行った。学区に寄って開催日が異なり、地元とここの大会場には、友達と集まって、踊りはもちろんだけれど、無料のアイスを食べることが、なんとも言えない贅沢だった。

 しょうちゃんとは、ROWで祭りに行くと言ったら、俺たちも行くから、会えたら絡もうと言われていた。

「何? デートだった?」

「いや、それはその、デートっていうかさ、かな?」

「ちげーだろ」

 後ろから坂戸に瞬殺された。儚い妄想だった。

「あれっ? 坂戸くんだよね?」

「おう。堤大山の中野くんだっけ?」

「うん」

「あれっ? 知ってる?」

「そりゃ、同じサッカー部同士だし、それにこの前、堤と合練したんだよな?」

「ごうれん?」

「山吹原と堤で合同練習したんだよ。お互いに刺激になって、よかったよ。ねっ?」

「おう」

「おーい! ささくーん!」

 猛スピードで、右側から近づいてくる足音がした。見ると、北倉栄輔と大屋涼がサッカーの試合ばりに走ってきた。

「久しぶり! 元気してる?」

「えっ? 元気に決まってんじゃん」

 と、久しぶりの顔合わせに、子どもの頃の話やサッカーの話をしていた。そこへ、綿あめを持って女子三人が戻ってきた。

「おまたせーって、しょうとえいとりょう、えっ? 揃ってんの? 紀田中の四銃士」

「なになに、何なの四銃士って」

「それはね……」

「ふん! なになに?」

 今までどこかに行っていた福居が、どこからともなく現れた。

「福居どこ行ってたの?」

「いや、まあ、生理現象」

「えっ? モデル⁉︎」

 涼がキラキラした目で福居を見ていた。

「んっ? そう! あんまり騒ぐと、パニックになるから、やめてくれよ」

 いつものように調子に乗って、台詞じみた言葉を言いながら、涼の肩を抱いていた。

「マジかよ! めちゃくちゃ男前じゃんか」

「いやっ、まーな。そりゃーな。かわいいやつだな」

 褒められたことに対して、照れているのが丸わかりだ。 

「なになに? ふくすけのことなら何でも聞いて」

「ホントに? あっ、俺は涼です。男前マニアなんだよね!」

「うちは、泣く子も目が点になる、アキ・ホリデーこと新座明歩です」

 海外ドラマのパロディのつもりだろうか、気取った言い方をしながら、握手をした。山吹原男子三人は、面倒なことがありそうな予感がして、目で合図を送り、何も言わないようにしていた。

「あっ! うちとしたことが手を、手を握っちゃった。はなりん、もっちゃん、どーしよ?」

「えっ? 手ぐらい握るでしょ?」

「そーだよ、明歩。そんなに困らなくても大丈夫だよ」

「えっ? でも、なんかごめんなさい。手を握るなんて」

「えっ? 俺、可愛い子マニアでもある。アキ・ホリデー、俺のコレクションになってください」

「ピューー」

 新座はそう声を漏らして後ろへと倒れた。それを咄嗟に涼が支えた。お互いに目を見つめ合っている。

「うちは……あなたのコレクション」

「アキ・ホリデー」

 そういえば、新座に好きな子がいるやら、聞いたことがない。完全に男子の甘い匂いに抵抗がないみたいだ。でも、俺や福居には何もなく接しているような……、まあ、それは考えても時間の無駄だ。

 休憩時間が終わり、再び和太鼓が響く。

 盆踊り後半はそれぞれで過ごした。踊る者もいれば、恋を発展させる者もいる。

 先手を打ったのは三咲と坂戸だ。あたしたちちょっとふたりで出店回ってくると、手を繋ぎいつもよりも肩を寄せ合い歩いて行った。新座は身体が熱くてと、涼にしっかり身体を預けて緑道横のベンチに座っている。驚かされたのは福居だ。周りと少し雰囲気の違うパリピと言えば正解だろうか、少し派手目な女の人たちが呼びにきたのだ。

「あっ、さっきの優しい男前、一緒に踊ろーよ?」

「はい! 俺行ってくるわ」

 どうやら、さっきいなかったのは、この女の人たちと仲良くなっていたかららしい。やっぱり、プールでのことが疑わしく思えてくるけれど、ここでは聞くに聞けない。 

「俺たちは高校の女子が向こうにいるから、そっち行ってくるからさ、仲良くやりなよ」

 手を振ってしょうちゃんとえいくんは行ってしまった。ふたりきりになった。いや、もちろん周りには大勢の人がいる。でも、俺にとってはふたりの空間でしかない。ここで何らかのアクションが起こせたらいいのだけれど、気の利いたことも言えないし、思いつかない。暑いのに凍りつきそうだ。

「絽薫くん、踊ろ」

 百彩ちゃんが俺の手を握り、小走りした。

「こっちの方が少し広いよ」

「うん」

 そうだ、百彩ちゃんは祭りに来たかったんだ。だったら、百彩ちゃんが満足するまで一緒に踊り続けてやる! 今俺にできることはそれしかない。 

 本当に楽しそうに笑う横顔を見ていると、今日という日があってくれて、神様に心から感謝したくなる。

 ありがとう、神様!

 時間も忘れるくらい踊っていると、いよいよ最後の曲になった。最後になんちゃら会の会長から挨拶があった。

「今日も前半後半とありがとうございました。さあ、それではいよいよ、今日最後になります。休憩されている方も、立ち止まっている方も、輪の中に来てどうぞ踊ってください」

 ふたりで顔を見合わせ、自然と笑顔になっていた。そこへ、バラけていた奴らが戻ってきた。

「よーし! 最後にパリピの底力見せたるか!」

「いつから、パリピになったんだよ。転がされただけだろ?」

「そーだよ、ふくい。女を簡単に思わないで」

「すっかり、火照りもなくなったみたい。うちが涼くんに踊り教えてあげる」

「おーい、最後に女子もつれてきたぞー」

 しょうくんとえいくんが同級生の女子たちを連れて戻ってきた。なんだか、周りの大勢よりも力強さを感じた。こうなったら津波を起こしてやるよ! と、帯を締めなおした。

 和太鼓がドドーン! と鳴り響き、大きく広がった輪が動き出した。

 

 最高に楽しかった。地元の友達と、今の仲間たちと繋がりができて、またイベントがあれば、こうやって集まりたい。

 

 しょうちゃんたちはまたなーと連れの女子たちと、公園を出るときに別れた。新座と福居は、涼とROWを交換していたようだ。

「もう、足がくたくただよ」

 そう言いながら坂戸に寄りかかり歩く三咲。ラブラブすぎて怒りすら通り越し、もはやため息が出てくる。

「どーしたの?」

「えっ?」

 百彩ちゃんがいつものように心配そうな顔で覗き込んでくる。

「ため息、三回目だよ」

「あっ、ごめん」

「どーして謝るの?」

「えっ」

「今日は一日中遊んだからちょっと疲れたね」

「えっ? うん」

 横顔を見る。可愛い、好きだ、抱きしめたい、キスしたい。一緒にいると余計にそんな思いが強くなる。冷静でいようとすると、握った手に力が入り、呼吸が乱れて息苦しくなる。

 何もできない、しない、自分が嫌になる。

「あっ、絽薫くん。鼻血出てるよ」

「えっ? 嘘!」

 鼻下を触ってみると血がついた。エロいことを多少は考えた。でも、そんな興奮するほどじゃない。どうしてこんなタイミングで鼻血が出るんだよと、自分が情けない。

「何だよ、笹井。もっちゃん見て何考えてたんだよ?」

 坂戸はすぐに食いついてくると思った。

「ロカ男は純情だからな」

「そんなこと……」

 何も言えない。エロいことを想像したのは確かだし、それをごまかすうまい言い訳もない。とりあえず新座が持っていたポケットティッシュを貰い、鼻に詰めた。

「俺は別にさ……」

 何となくの言い訳を話そうとしていたら、額にピタッとにくきゅうのように柔らかい百彩ちゃんの手が触れた。

「熱はないみたいだね」

「あれれれっ? やっぱりカップル成立か~?」

 冷やかしも言いたくなるものか、転がされただけの男子は。

「ちょっと、勝手なこと言わないでよ。ねぇもっちゃん。で、どーする? どーしよっか?」

 恋のコ字を発見したした女子は、恋の先輩振りたいようだ。

「あの、わたしは……」

「もっちゃん、ふくいになんて気使わなくたっていいんだからね?」

「何でそんなこというんだよ、はなりん!」

「あんたにはなりんなんて言われたくなーい」

「ここでイジメ?」

「福居、お前も恋しろよ」

 坂戸が福居に哀れな目線を送っていた。

「おんどりくん……なぜ、そんなことを……」

 冗談なのか、本気なのか、おどおどしている様子で、小学生の行進のように、手と足を同時に出しながら歩き出した。

「まさか、恋の仕方がわからなーい。なんて言わないよね?」

 三咲が無感情に言った。

「ビビビッ」

 胸を押さえながら、蹲った。誰ひとり心配する様子もなく、無視して前を歩いた。

「ちょっと待てよ~、ビビビッて倒れたのに誰も助けてくれないとか、ぴえん。マジぴえん」

「ふくすけは頼りになるやつだけど、反面、かまちょなんだよね。もしかして、ギャップ萌ねらってる?」

「いや、ねらってねーしー」

 福居はまるで人ごとのように、無感情にしれっと返した。

「ちょっとちょっと、そんなに広がったら周りの人の邪魔になるから。あっ、すいませーん」

 三咲はまるでちょこまか動く幼稚園児たちをまとめる先生のようだ。

 祭りの熱気が冷めぬまま、駅までゆっくり歩いた。一日中遊んで、さすがに疲れてはいるけれど、それを忘れてしまうほど楽しかった。

 

 駅で解散になった。俺と百彩ちゃんは最寄駅が一緒だから、家まで送ることにした。歩きで来たと言うから自転車の後ろに乗ってもらった。

「今日、どうだった? 祭り」

「楽しかったよ。踊りもできたし、綿あめもりんご飴もおいしくて」

 腹に回した百彩ちゃんの腕が少しだけギュッとしまり、祭りの興奮を思い出しているようだった。

「もあちゃん、すげーはしゃいでた」

「そう?」

「うん」

「……そうかもね。ホントに楽しかった。神様に感謝しなきゃ」

 神様に感謝しなきゃか、何気にいう百彩ちゃんの純粋なところも好きだ。まあ、今日は俺も感謝です。

「百彩ちゃん、今度ふたりで遊びに行かない?」

 勇気を振り絞った。心臓の音が響いていないか心配になるくらい、身体に共鳴しているように感じた。

「うん、行きたいね」

「マジで?」

 自分の気のせいじゃなければ、百彩ちゃんの声音が明るいように聞こえた。でも、何だかもどかしい、こんなに近い距離で肌も触れているのに、まだ、遠い。

 フェンス越しにいて、掴んでいるのに抱きしめられない、引き離された恋人のようだ。恋人ではないけれど、似ている気がする。

 とにかく、何をするか、いつにするのか計画しないといけない。

 まだまだ夏は終わらない。ここからの追い込み見せてやる!

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