第5話


「俺たちは二人とも【獣性ラック】だ」


 答えたのは黒髪の男子高生だった。


「……二人とも」


 その言葉に心が震えたのがわかる。

 人間の姿を保てる【獣性ラック】。俺だけだと思っていた。

 でも、今、俺の目の前の二人はその人間の姿を保てる【獣性ラック】なのだという。

 そんな俺の感動などわからない黒髪の男子高生は、簡単に頷いた。


「ああ。身体能力が普通の人間より高い。そして、それぞれが特殊能力がある」

「特殊能力?」

「俺は影から犬が出せる」

「あ、じゃあ、【溶欠ファージ】から銃を奪ったのは……」

「俺だ」

「あ、ボクはね~頭がいいんだよねぇ。情報操作なら任せて」


 二人は【獣性ラック】のことを当たり前のように語る。むしろ、その能力に自負さえ感じた。

 初めてのことで、俺はただ二人を見つめることしかできない。

 だって、【獣性ラック】は恥ずべきことで……。隠さなければいけない。見つかったら殺されて当然の、そんな存在のはずで……。


「暴走する【獣性ラック】は事件や事故を起こすが、俺たちのような制御できる【獣性ラック】は別だ。むしろ、人々を助けることができる」

「あ~ボクは零有とは違うから、人助けは興味ないけど」


 黒髪の男子高生――零有と呼ばれている、は誇らしそうに頷く。金髪の男子高生はそれを否定しながらあははっと笑った。

 人助けに興味はないと言いながらも、その能力自体に劣等感は感じていないようだ。

 ……俺とは、なにもかも違う。


「【獣性ラック】はね、02研究所ってところで研究されていて、ボクたちはそこの被験者であり、政府のために動く公務員でもあるんだ~。【溶欠ファージ】が首輪って呼んでたでしょ。これがその証明書みたいなもの」


 金髪の男子高生が俺に向かって、首のチョーカーを見せる。

 ただの飾りだと思ったそれには立派な金属のプレートがついており、刻印がされていた。


「これがあれば【溶欠ファージ】は俺たちに手を出せない。そういう協定だ」

「暴走した【獣性ラック】の対応と、人間の姿を保った【獣性ラック】を研究所へ報告することが【溶欠ファージ】の役割なんだけど、研究所への報告はすぐに怠るんだよねぇ」

「ほっとくと暴走した【獣性ラック】として一緒に殺してしまう」


 その話で【溶欠ファージ】が「残すか、残さないか」と言っていたことの意味がわかった。

 俺は人間の姿を保っている【獣性ラック】として、その02研究所というところに報告する必要があったのだろう。

 が、それを嫌い、俺も殺そうとした。

 だから、黒髪の男子高生は「協定を守れ」と繰り返し言っていたのだろう。


「マイクロチップも入ってるし、最初はなんだこれって思うけど、割と便利だから、君も気に入ると思うよ~」

「俺も……?」

「そうそう。君、全然、能力に振り回されてないしね。絶対にもらえると思う。……あっちの高校生はちょっとまだ難しいかもだけど」


 金髪の男子高生がちらりと寝室へ視線を送る。

 そこにはベッドに寝かされている男子高生。まだ意識は戻っていない。


「まあ、あとは本人の問題だよ~。君があのとき声をかけなきゃ、どうせあそこで殺されてた。そう! 君ってすごいね!」

「ああ。【獣性ラック】が発現したのはついさっきだろう? なのにもう能力を使いこなし、落ち着いている。才能か?」

「ってか、暴走した【獣性ラック】を人間の姿に戻すとか信じられないんだけど、どうやったの?」


 二人が目を輝かせて俺を見る。

 でも、俺の真実はそんないいものじゃなくて……。


「……俺が発現したのは五歳で。……俺も最初はおかしくなったから。そのときの方法を試しただけ」


 俺の答えに、黒髪の男子高生と金髪の男子高生は驚いたように、目を丸くした。

 お互いに顔を見合わせ、その表情は「マジか?」と物語っている。


「五歳って本当か?」

「いやいやいやいや、一人で? だれにも言わずに? なんの修行や訓練をしたわけでもなく、十年経ったのが今ってこと??」


 その言葉に頷くと、二人はハァーと息を吐いた。


「マジよかった。マジ、間に合ってよかった」

「ああ……」


 そして、気を取り直したように金髪の男子高生が話を続けた。


「あ、ボクたちの獣性はね、実は細かく分類されてるんだ。ボクは【獣性:ゴールデンレトリバー】」

「犬、なのか?」

「そうそう。人懐っこくて、賢くて。ボクにぴったりだよねぇ」

「俺は【獣性:シェパード】」

「へぇ……」


 なぜ獣性を分類し名付けるのが犬種なのかはわからないが、おもしろいかもしれない。

 すると、金髪の男子高生が俺に向かって、小さな濾紙のようなものを差し出した。


「これは、それぞれの獣性が表示される機械なんだ。ちょっとここに血を垂らしてみて、そうそう」


 濾紙にポツッと血を垂らすと、それを機械の差込口へと入れる。

 三人で機械の液晶部分を見ると、ピピッと音がして、文字が表示された。そこに現れたのは――


『【獣性:雑種】』


 ――俺の獣性。


「……いや雑種って」

「……普通は犬種の名前なのにな」

「まあ、雑種も犬種だけどね?」


 黒髪の男子高生と金髪の男子高生がなんともいえない顔をして、俺を見る。

 二人は微妙だと思ったのだろう。

 でも、俺は……。


「……俺、好きかも」


 そう。好きだ。


「雑種って普通っぽくて、いい」


 そう。どこにでもいる。日本で一番数が多いだろう。

 ふふっと笑えば、二人はお互いに顔を見合わせたようだ。

 とにかく、これで二人が【獣性ラック】であることと、自分の獣性についてはわかった。あと知りたいこと、それは――


「で、俺はこのまま元の生活に戻れるのか?」


 ――俺の今後。

 二人は俺の質問に、これまでより真剣な顔をした。


「残念だが、これまで通りとは行かない」

「うん。君はこれからは『政府に認められた【獣性ラック】』という立場になる」

「……そうか」


 二人の言葉に息を吐き、頷く。

 ……もう普通には戻れない。

 俺が【獣性ラック】だとバレてしまったから。


「まずはボクたちと一緒に02研究所へ行く。そこで手続きを終えると、俺たち【獣性ラック】が通う高校があるから、そちらへ転校することになると思うよ~」

「【獣性ラック】の高校があるのか?」

「うん。特進クラスってことになってる。割と自由でボクは好きだよ~。今の高校に未練があったら、かわいそうだけど」

「……未練はない。知り合いがいないとこを選んだだけだから」


 俺が今の高校を選んだ理由は、人と深く付き合うと【獣性ラック】だとバレてしまうから。

 だから、あえて同じ中学のヤツがいない高校を選んだのだ。

 そこに行けなくなったとしても、まったく問題はない。

 ただ一つ。


「……家族にもバレるのか? ……俺が【獣性ラック】ってこと」


 ……できれば、父にはそれを知られたくない。

 無理だろうな、と思った。普通、そういうことは最初に家族に伝えられるだろう。

 だが、黒髪の男子高生は俺をまっすぐに見て……。


「家族に隠すことはできる。02研究所は政府の秘密機関だ。【獣性ラック】の研究をしていることは表には出ていない」

「……だよな。俺、人間の姿の【獣性ラック】が生きてるなんて知らなかった」

「そうなんだよね~ボクたちって秘匿されちゃってるんだよね~」

「むしろ秘密保持者は少ないほうが研究所も喜ぶはずだ。話してみればいい」

「……わかった」


 一番の懸念だった父とのことが解決され、ほっと息を吐く。

 ああ、これなら今まで生きてきたのとあまり変わらないかもしれない。

 一般人に紛れて生きてきた今まで。そして、これからは政府に認められた【獣性ラック】として、隠れて生きていけばいいのだ。

 むしろ、楽になったのではないだろか。

 顔を上げて、黒髪の男子高生と金髪の男子高生を見る。……同じ【獣性ラック】だ。


「あ~ただね~、政府の依頼をこなさなきゃいけなくてね? そこは今までと違うかも」

「政府の依頼?」

「ああ。人助けだ」


 黒髪の男子高生がきらきらっと目を輝かせる。

 それに、金髪の男子高生はあははっと笑った。


「いや、そうじゃないときも多々あるよ~。体のいい便利屋さんだからね~ボクら。一般人より、強い、死ににくい、死んでもめんどうがない」

「やな三拍子……」

「ま~実際そうだからさ~」


 金髪の男子高生の言葉は明るいが、口振りから楽しいことだけではないのは間違いない。

 だがきっと、政府に認められた【獣性ラック】になるには。……日本で【獣性ラック】が生きていくにはそうするしかないのだろう。

 そして、俺にはほかに選択肢はないのだ。


「……俺の名前はキノ 春多ハルタ。高校一年」


 覚悟を決めて、二人へ名乗る。

 すると、すぐに黒髪の男子高生が俺へ自己紹介を返してくれた。


「俺は叶ノ川カノカワ 零有レイユウだ。お前と同じ高校一年」

「よろしく。えっと、カノカワ?」

「俺は苗字は気に入ってない。名前で呼べ」

「じゃあ……零有?」

「ああ。それでいい」


 いきなり呼び捨てで距離が近づぎるかと思ったが、それでいいらしい。

 続いて、金髪の男子高生があははっと笑った。


「ボクは当間トウマ ジーン。君たちの一つ年上だよ~。ジーン先輩だからね~」

「あ、そうなんすね、すみません」


 何歳かわからなかったが、どうやら一つ上だったらしい、慌てて敬語に治すと、「どっちでもいいよ~」と笑ってくれた。


「ハルタ君って呼ばせてもらうね~。でね、ハルタ君、今日会った【溶欠ファージ】の二人には気を付けて」


 金髪の男子高生……ジーン先輩は笑みを消し、俺を見た。


「あの二人はペアで行動していることが多いんだけど、【溶欠ファージ】の中で、飛び抜けて【獣性ラック】の殺害数が多い」


 真剣な青い目に、思わずごくりと喉が鳴った。


「今回のことで確信した。彼らは人間の姿を保った【獣性ラック】でも、まだ暴走しきっていない【獣性ラック】でも。……俺たちみたいな首輪つきでも、殺してきたんだと思う」

「……そのチョーカーは政府に認められた証なんですよね?」


 今、説明してくれたはずだ。そのチョーカーは政府に認められた【獣性ラック】なのだ、と。

 そして、人間の姿を保った【獣性ラック】ならば、そのチョーカーをもらえるのだ、と。

 それさえつけていれば、殺される心配はないはず。

 でも、俺の質問にジーン先輩は首を横に振った。


「この首輪だけじゃ、安全は買えないんだよ。この前、二人死んだ。それは【溶欠ファージ】が殺したんだ。報告書は一枚。そしてたった一行『暴走したため粛清した』って」

「……俺たちが暴走したかどうか、それを証明する者がいなければ、どうしようもない」

「ボクたちは『いつか暴走するかもしれない』って、そう思われてるんだ。……だから、『暴走していた』と報告されれば、だれも異を唱えない。……二人が一度に暴走するなんて、そんなことありえないのに」

「死人に口なしだ」


 二人の言葉に俺は下を向き、ぎゅっと唇を噛んだ。

 やっぱり、【獣性ラック】には安全な場所などない。いつもなにかに怯えて生きる。それしか……。


「あ~。ごめんね、これは脅しじゃないんだよ? ハルタ君」

「そうだ。ハルタ」


 凛とした声に顔を上げる。

 そこには力強い黒い瞳があって……。


「俺たちがいる」

「そうだよ~。一人じゃないからね~」


 ジーン先輩も明るくあははっと笑った。


「【溶欠ファージ】は言っても人間だからね~! ボクたちのほうが強い。これからは【獣性ラック】がたくさんいるし、いろいろと相談してみたらいいよ。もっと強くなれる。ボクたちは殺されなければ勝ちなんだよ」

「能力を使っていけば、【溶欠ファージ】には負けない」


 二人の声に俺も自然と笑みが出た。


「そっか……。そうだよな。今日も全員、生きてる」


 暴走した【獣性ラック】も、隠れて生きていた【獣性ラック】も。政府から認められた【獣性ラック】も。

 全員、生きてる。


「そうそう~。ボクはハルタ君に希望を見た気がしたしね!」

「ああ、その能力があれば、【獣性ラック】と人間が共存できるかもしれない」


 二人の言葉はちょっと俺には荷が重い。

 だから、いやいや、と手を振った。


「俺はそんなすごくないけど……。雑種だし」


 俺の言葉に二人が目を見合わせる。

 そして、深く頷いた。


「……それなんだよな」

「……それなんだよねぇ」


 二人があまりに深く頷くので、俺はハハッと笑ってしまう。

 が、肺に肋骨が刺さりっぱなしなので、うまく笑えず、咳込んでしまった。

 そんな自分が滑稽でまた笑えて、すると咳込んで。笑ってるのか痛いのか、自分でも意味不明だ。


「『殺せ!』じゃなくて『捕まえろ!』って言ってたのが気になるけど、まあ、二度と会わないのが一番いいね~」

「そうだな」

「俺も、もう、会いたくない」


 そうして、三人で話をしたあと、俺は体を治すことに集中することにした。

 たぶん、俺の特殊能力は「超常回復」になるのだろう。雑種は体が強いというし、ぴったりだ。


「……俺たちがいる、か」


 暴走した【獣性ラック】に襲われたとき、不運だと思った。

 【溶欠ファージ】が現れたとき、死の予感で体が震えた。

 そして、もうダメなのだ、と。

 本当にそう思ったのに。

 

「……ひとりぼっちじゃない」


 人間に紛れて生きている間、ずっと一人だった。

 でも、今、俺の心はたしかに震えていて……。

 【獣性ラック】としての生活、新しい学校、政府の依頼。

 わからないことだらけだが、それが苦ではないのだ。


「……生きる」


 ここで。

 俺に『一人じゃない』と言ってくれた人たちと。

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獣性:雑種 しっぽタヌキ @shippo_tanuki

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