地中海の乙女、―――ガーランド大佐
夜の地中海。
波は高く、海は荒れ、吹き付ける強風に、雨が混じっていた。
夜陰に紛れて地中海を進軍する三国連合の大艦隊は、ダインスレイヴの夜襲を受けた。
「塹壕戦の悪魔」、ダインスレイヴが海上に現れたことにより、三国連合の、特に先頭を切って進んでいた、ガリア・オルレアン皇国の海軍は、酷い混乱に陥っていた。野戦しか知らないだろうと高を括っていたリプロスのゲリラが、海賊よろしく「乗っ取り」を掛けてくるとは、予想していなかったのだ。
錯綜するサーチライトの光輪に浮かぶ、白き少女の姿を追って、戦場と化した夜の甲板の上を、ガーランド大佐は疾走った。
その美しさを確かめたかった。
いや、
網膜に焼き付いた、その妖精のような美しさが、見間違い、或いは何かの勘違いであると、証明したかった。
うまく言えない。
だって!
でなければ、
恋に、………
落ちてしまうではないか?!
エルネスト・ヴィクトル・ガーランド、―――
ナポレオン以来、精強を以って鳴ったガリア・オルレアン皇国の軍隊に在って、ガーランド家は代々軍属として国家に仕え続けた、誉れある、格式高い家柄だった。その長子・エルネストは、今回のリプロス制圧の先陣の指揮を拝命していた。二十五歳、まだ若かった。必ず大きな戦功を立てて本国に凱旋するのだと、そう意気込んだ、矢先に受けた奇襲攻撃だった。
そして、彼は見た。
嵐の艦上で曲刀を手に戦う、場違いな、
そう、
あまりに場違いな「女の子」の姿を。
※※(中略・ここは大事な場面なので別に時間を割いて書くこと)
風に煽られ、波浪に傾ぐ艦上を、ガーランド大佐は走る。
少女の残像を追って、―――
なぜ、年端も行かぬ少女が戦場にいるのか?
説明のつかないまま、納得のいかないまま、甲板の縁に張られた鎖に掴まって、彼は見るのだ。
敵艦、―――リプロスの艦船の甲板から下ろされた縄はしごに掴まり、友軍に引き上げられる少女の姿を。
片手にサーベルを持ち、片手にロープ梯子を掴んだ少女は、強風に煽られて揺らめく梯子に、しかし怯む様子は無い。背筋をまっすぐに伸ばし、周囲に油断なく注意を巡らす、その様子は、俊敏さと、しなやかさと、優美さとを併せ持つ、野生の猫のようだった。
少女の姿は、半裸に近いものだった。
黒っぽい色をした半袖の襟なしの肌着に、同じ色の、裾の短い半ズボンのような下着を身に着けているだけだった。海中を泳いで来たからなのか、海水と汗とに黒く濡れて、小さな腰にぴったりと貼り付いたそれは、男の情欲を刺激せずには置かなかった。
腕と、脚の、その艶めく柔らかそうな肌が、投光器の圧倒的な光量を白く反射して、眼が、痛いほどだ。
その華奢な細腕に握られた幅の広い、重そうな曲刀は、どこかアンバランスで、非現実的に見えた。
そして脚は、成長期の少年を思わせる伸びやかさで、ちょっと危ないくらいの、美しさだった。
妖精のような、こどものような、でもどこか妖艶な、そんな魅力、―――
しかしそんな自らの美しさなど知らぬ気に、こどものような丸い頬肌を、キッ、と上げた横顔は、真剣そのもので、透きとおるその眼差しに、迷いは無かった。
華奢で、たよりなくも、しかし気高いその少女の美しさに、ガーランドは寒気すら覚えた。
寒気。―――そう、その悪寒とでも言うべき感覚は、痺れを伴って背筋を疾走り抜け、彼はそれに、歯を食いしばって耐えねばならなかった。今、季節は夏である、寒くなど、無いはずだった。にも拘わらず、その痺れは、やがて疼痛となって尾てい骨の辺りに溜まり、耐え難いくらいに高まり、そして不意に、爆ぜる、感覚があった。
ガーランドはその痛みに低く呻きながら、遠ざかるその少女の姿を凝視し続ける。その姿を、胸の奥に、焼き付けようとするかのように、………
「ラ・ピュセル・ドゥ、………メディティレイニアン」
期せずして、そう呟いていた。
地中海の乙女、と。
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