地下施設

 突然、森を抜けて開けた空間に出た。そこは周囲を木々に囲まれた空き地のような場所で、頭上には綺麗な夜空が広がっている。奥の方に一階建ての四角い建物があり、男が中に入っていくのが見えた。


 春香は驚きの表情を浮かべていた。


「この山では子供の頃から遊んでましたが、こんな建物があるの、初めて知りました」


 どこか不気味な建物だった。大きさは平屋の住宅と同じくらいだが、とにかく窓のような付属物が一切なく、コンクリート打ちっぱなしの壁に入り口の扉がぽつんと付けられているだけだ。


 二人は疲れ果てたのか、走るのはやめ、早歩きになっていた。佑梨は春香の顔を一瞥して訊いた。


「中に入るか?」


「はい……。ここまで来たら、もう引き返せません」


「分かった」


 どんな危険が潜んでいるのかは分からない。しかし、大きな成果を得るにはリスクは付き物だ。


 建物の入り口の前に立つ。扉は無骨な金属製の片開き。佑梨は息を吞み、ドアノブをゆっくりと引く。中に灯りはなく真っ暗だ。


 懐中電灯であちこち照らしてみる。どうやら広い食堂のような部屋らしい。床はフローリングで、木製の椅子やテーブルが並んでいる。壁際にはテレビ台と大きなテレビもある。しかし壁や床、インテリアも薄汚れており、普段使われているようには見えない。入り口から入ってすぐ横の壁に照明のスイッチらしきものがあったので、押してみた。


「電気点かないな」


 佑梨がそう言って中に進むと、春香もあとに続き不安そうに声を漏らした。


「何なんですか、ここ……」


「家のリビングにしては広すぎるし、老人ホームみたいに大勢で過ごすのかな……」


 こんな山奥の森の中で大勢の人間が暮らす。それだけでも不可解だし、薄気味悪い。


 部屋の奥にもドアがあり、これ見よがしに開きっぱなしになっていた。中を慎重に覗き込んでみる。ドアの先は廊下になっていて、右手側はまっさらな壁、左手側の壁にはいくつかのドアが等間隔に並んでいる。


 どうしようか迷っていると、廊下の奥の方から足音のような音が微かに聞こえた。二人は頷き合い、更に進んで行く。


 廊下の突き当たりまで来たところで、一度足を止めた。そこには地下へ続く階段があった。階段の下にもドアがあり、またもや開きっぱなしにされている。


 二人はもう迷わなかった。足許によく注意しながら階段を下り、ドアの先へ向かった。


 その向こう側は、まるで別世界だった。上階は住居のような内装で、それほど大きな施設ではないと思っていたのに、地下では無機質な雰囲気の廊下がどこまでも続いていた。壁や床を照らしてみると、白い材質ではあるが上階と同じく埃っぽい。何の部屋があるのか分からないがスライドドアが壁に並んでいる。


 足音はやはり廊下の先から聞こえてくる。それを追うように長い廊下を歩いて行くと、またしても突き当たりに金属製の片開きドアがあった。これを開くと更に地下へと続いていくのだろうか。そんな不安と共に、少し建て付けの悪いドアを押して開けた。


 もう階下への階段はなく、代わりに長い廊下。その先に向かって懐中電灯の光を向けると、奥の方に人影らしきものが見えた。佑梨は暗闇に目を凝らす。


「春香、もう一度走れるか? ここなら障害物もないし追いつけるかもしれないぞ」


 そう言って、後ろを振り向く。

 その瞬間、目を見開いた。


 ドアの向こう側、佑梨の後ろにいる春香の更に後ろに、誰かがいた。白い服で体格は男っぽい。背が高いので懐中電灯の光が顔まで照らされておらず、よく見えない。


 佑梨は頭が真っ白になった。すると、その人物はいきなり春香の背後から手を伸ばし、扉を閉めてしまった。同時に春香の叫び声が聞こえた。


「いやあああああっ」


 向こう側からドアを叩くような音も聞こえ、佑梨は我に返った。


「春香っ!? おいっ!」


 揉み合う気配がする。すぐにドアを開けようと、ドアノブに手をかける。が、またもや異変が起こった。


 ドアが開かない。押しても引いてもびくともしない。さっきは普通に開けられたのに、反対側から鍵が掛けられている。ドアノブをガチャガチャと動かしているうちに、気が付いた。


 閉じ込められた――。


 血の気が引くのを感じた。そもそもどうして建物の入り口側にサムターンが着いているのか。これじゃあまるで、何かを閉じ込めるための構造みたいじゃないか。


「春香あぁっ!」


 力任せにドアを殴り、体当たりもしてみる。だが金属製のドアは頑丈で、そんなことをしても何の意味もない。気が付けば、向こう側からは声も音も聞こえなくなっていた。


「くそっ!」


 やはり神様にも仲間がいたのか。春香はどうなったのだろう。拉致されてしまったのか。それだけならまだいい。暴行されたり強姦されたりする可能性だってある。それにしても物音にすら気が付かなった。ちんたらと歩いているべきではなかったのだ。


 佑梨は後悔の念に駆られた。ここにいてもしょうがない。神様の追跡は諦め、春香を救出することにする。慌てて周囲を見回しながら、懐中電灯をあちこちにかざす。向こう側に行ける別のルートを探すか、ドアを破る手段を見つけなければならない。


 そのとき、何かの音が聞こえた。息を潜め、よく聞き取ろうとする。


 足音だ。さっきまではこちらから遠ざかろうとしていた足音が、今度は近づいてきている。


 佑梨はすぐに隠れられる場所を探した。


 どうしてだ。もし神様だったら会いたいのではなかったのか。でも怖い。だって春香と同じ状況だ。こちらが追いかける者で神様が追われる者だったはずなのに、いつの間にか自分たちが追い詰められている。大きく開かれた魔物の口の中に自ら入ってしまったような気分だ。ただ春香がいなくなるだけでこんなにも心細くなるなんて。


 とりあえず一番近くにあるスライドドアを開けて部屋の中に入る。


 そこは診察室のような場所であった。壁際に朽ち果てたデスクやベッドが置いてある。敵はこちらに向かって来ている。隠れられるところがないか、急いで調べてみた。すると、床の上に何かがあるのが見えた。


「ひっ!?」


 思わず声を上げ、たじろいでしまった。部屋の奥で、誰かがこちら側に足を向けて倒れているのだ。もしやと思い、恐る恐るその人物のもとへ歩み寄る。だがそれは春香ではなかった。服装が薄着だし、身長も高い。


 安堵していいのかどうかも分からないが、とりあえず顔を見てみようと思い、懐中電灯をかざした。


 その瞬間、心臓が一気に跳ね上がった。


「うわぁっ!」


 それはミイラ化した死体であった。しかも頭の部分が丸っきり無くなっていた。つまり、首から切断された死体。とても作り物とは思えない質感と存在感だ。


 佑梨は青ざめた。死体を生まれて初めて見た。それに、自分や春香も同じ目に遭わされるかもしれない。春香が危ない。果たして無事なのだろうか。


 しかし恐怖と同時に、強烈な違和感も覚えた。何かが根底から間違っているような、全てがひっくり返されてしまうような、そんな不可解。


 ミイラの向こう側にある壁に目をやると、隣の部屋へ続くドアがあった。ミイラを避けながらドアの前まで行く。


 佑梨はそこで、ようやく違和感の正体に気が付いた。振り返り、額に汗を浮かべながらミイラを見下ろす。


 これが本物なら、どうしてんだ……?

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