第3話 兄の話

シャルロットは少し年の離れた妹だ。


歳が離れていたせいかとてもかわいがり、少し甘えたところがあっても困ったものだがかわいい妹だ。


いや、妹だった。








シャルロットが急に高熱を出し生死の境を彷徨っていると聞かされ急いで学園から帰宅しシャルロットの様子を見た。


確かにこのまま亡くなってしまいそうな様子で、母は何度も濡らした手拭きでシャルロットの汗を拭いてやっていた。


医師から山場も近いだろうということも聞かされた。


体力の消耗にシャルロットの体力が追い付けないらしい。


自分にも何か出来ないかと思ったが、シャルロットには母が涙を流しながらつきっきりで看病し、父も母の肩に手を置きシャルロットの様子を見守っている。


三人の様子を見ていると落ち着きがなくなりシャルロットの室内をうろうろ歩き回って落ち着こうとしているときにそれを発見した。


学園に入る前に絵師に描かせた家族の絵画だ。


てっきりどこかに飾られているかと思ったらシャルロットの部屋にあるとは。


そういえば、私が学園に入学するときも着いていくと駄々をこねて聞かなかったな。


感慨に耽っているとシャルロットが目を覚ました。


慌ててベッドに近寄るとシャルロットは現状が分からないようで少し不思議そうにしていた。


無理もないだろう。


生死の境を彷徨っていたのだから。


また苦しがると母が布団をかけ直し「まだよろしくないようだから寝ていなさい」と告げシャルロットの頭を優しく撫でていた。


この時はシャルロットが目を覚ましてくれて良かったと本心から思ったし、また目を瞑り眠りについたシャルロットの安否を心配した。








そこからシャルロットが目覚めて回復に向かい共にディナーを過ごしたのは十日後のことだった。


そこでシャルロットは信じられないことを告げた。


シャルロットはもういないと。


中には別人が入っていると。


そんな馬鹿な話があっていい話がないと思いつつ、幼い筈のシャルロットは妙に大人びていて、寝込む前のシャルロットとは違う存在にも思えた。


話し合いの結果、今後シャルロット…彼女は我が家の娘として暮らすことになった。


いずれはどこかの家に嫁がせ縁を作るためだろう。


ずっと難しい顔をしていた父に唇を噛み締め感情を抑えようとしている母。


私も正直どうしたらいいのか分からない。


「申し訳ありません」


と、彼女に謝られても、出来うることならシャルロットを返してほしい。


だが、それを言っても彼女にはどうしようもないんだろう。


神も残酷なことをなさる。


天を向き、今後のことを思う。








困ったことは私達も彼女も同じだ。


急に見知らぬ令嬢として暮らすことになった妹の姿をした彼女に私は憎しみと同情心を覚えた。


彼女がシャルロットの中に入ったのが先か、シャルロットが亡くなったのが先か。


それは私にも分からないが、彼女が『シャルロット』として存在するなら最低限兄として接しなければならない。


彼女は『シャルロット』なのだから。




しかし、疑問も尽きることなくある。


私は小さな彼女をソファに座らせ対面で少し対話することにした。


「君の名前は?」


「わたくしは『シャルロット』ですわ、お兄様」


記憶の中のシャルロットとは差異があるものの、それはシャルロットだった。


彼女は本気でシャルロットになろうとしている。


この家に彼女を歓迎している人間は誰一人としていない。




それは孤独な闘いだろう。




そうは思ったが、私から手出しをすることはないだろう。


彼女はシャルロットではないのだから。


しかし、彼女の話は実に興味深かった。


ここではない、もっと技術が発達した世界。


側にいない人ともやり取りが簡単に出来てしまうのだそうだ。


「亡くなった人ともやり取り出来るのかい?」


我ながら意地の悪い質問だった。


「いいえ、それは神様でも出来るか分からないことですわ」


彼女は申し訳なさそうに言った。


「すまないね。意地の悪い質問だった」


「いいえ、急にご家族を亡くされたのですから当然です。こちらこそ申し訳ありません」


彼女はなにかと謝る。


彼女自身、なりたくてシャルロットとして生まれ変わったのではないだろうに。


申し訳ありませんと、ただでさえ小さいその身を更に小さくして謝罪をするのだ。


憎しみと同情心から、少しの罪悪感も増えた。


生前の、シャルロットになる前の彼女もこんな風に謝ってばかりの女性だったのだろうか?


いいや、これはシャルロットの中に入ってしまったからの謝罪で元の彼女はきっと今とは違うのだろう。


「私から言えることではないが、父と母は私より厳しいと思う。だが、それも仕方のないことだと諦めてくれとまで非道なことは言えない。君もシャルロット同様亡くなってしまった身の上だろう?」


私の一言に彼女は固まってしまった。


「そうですね、お兄様。お父様とお母様に認められるよう頑張りますわ」


強張った笑顔で礼をし、少し足早に立ち去った彼女が気掛かりで探したら彼女は物影で泣いていた。








それからは一旦学園に戻ることになった。


彼女に関してなにか決まり次第早馬で知らせてもらうことになっている。


私が居ない間、『シャルロット』が死んでなければいいなとは思う。


例え中身が別人であろうと二度の妹の死は辛い。


そのまま月日は流れても連絡はないままだった。


彼女はまだ生きているだろうか。


また一人で泣いていないといいが。


父はまだ理知的な人間だが母は違う。


彼女のことを何も見ていない。


存在しないことにしている。


このまま何もないまま彼女が嫁入りし、嫁入り先で幸せになってくれることが一番の幸せになるだろう。


それまでは、せめて私だけでも彼女の味方になってあげられればいいと思った。








長期休暇に入り、久々に自宅へと帰った。


父と母と彼女は表面上は上手くやっているようで、シャルロットは傍目から見ても厳しい教師の指導にも耐えてついていっていた。


シャルロットも生きていれば立派なレディになるべく奮闘していたのかな、と考えてしまう。


シャルロットはもういない。


そうは思っても彼女の姿を見ると『もしも』が頭を過ってしまう。


もうすぐ社交界へのデビューも近い。


シャルロットは一体どのようなレディになっていただろうか。


彼女は何も悪くないのに、この感情は抑えられない。


『シャルロット』が生きていればと考えるのはやめようと何度も思ってみたが、自分の中から『シャルロット』を消すのは出来なかった。


幼い妹のシャルロット。


私の『シャルロット』はこそで止まってしまっていた。


彼女は彼女で頑張っているようで、時折労いの言葉と甘いお菓子を差し入れした。


使用人達は細かい事情は知らないながらも両親の態度から彼女に優しくはしていなかったらしく、少しばかりのクッキーを美味しい、美味しいと嬉しそうに食べていた。


茶会の授業で菓子類は食べている筈なのに、気が休まらない状態で味が分からないのだろうか。


少し心配になりながらも明日も街へ行って甘味を購入しようと決意した。








それは本当に偶然だった。


なかなか寝付けず少し外へ出てみようかと室外へ出ると母が廊下を通るのを見掛けた。


不信感と不安感で出来るだけ物音を立てずに後を追い掛けると、母は幽鬼の表情でシャルロットの部屋へ向かっていった。


これはいけないと、少し開いた扉から中を伺うと母は手に持っていた毛糸でシャルロットの首を絞めようとするところだった。


しかし、私が声を出す前にシャルロットの寝言に母が怯み、そのまま涙を流した。


彼女が何を言ったかは分からないが、それが母の凶行を止めるきっかけとなった。








それから異変が起きた。


母は彼女を気に掛けるようになった。


この変化には驚いた。


父は何を考えているかは分からないが、母が一番彼女を排除しようとしていると思ったのに。


やはりあの夜になにかあったのだろう。


何を言ったかは分からないが、母の考えを変える出来事が。








歪ながらも母と彼女はなんとか親子としてやっているようだ。


彼女は刺繍が苦手なようで、母に教わっていた。


入れ替りで学園に通うようになっていた彼女は長期休暇にしか帰宅しなかった私よりも度々帰宅してはなんとか伯爵令嬢として過ごしていることを私達に報告してくれていた。


中には第二王子や将来的に国の中枢を担うであろう男性からアプローチされて困っていると相談もあった。


彼女自身でもなんとかしているようだったが、両親も何かしら動いているようだった。








問題は学園のサマーパーティーで起きた。


久々の学園に懐かしいなと感じていると第二王子達が彼女を抱き寄せ各婚約者に婚約破棄を申し出た。


目眩がしたがそうは言ってられない。


婚約者の方々が論破している間に彼女が私達の所までこそこそとやってきた。


教師陣と王城からの使いが第二王子達を回収しても未だに彼女の名を呼んでいた。


今こそ私が庇わねばと思ったが、先に父が動いた。


「私の娘がなにか?」


完全に出番を逃したな、と思いながら父が彼女を抱き締める姿を見ていた。


父も彼女を娘として見ているようになったことには驚いたが、『シャルロット』は父の娘だ。間違いはない。


本当に家族になれるかは未だに分からない。








シャルロットはシャルロットだ。


他の誰でもなく、誰かがなれるものでもない。


だが、シャルロットがシャルロットでなくなっても、私に新しく妹が出来たことには変わりがなく、この家は家族四人で暮らしていくんだろう。




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