ボクと一家とルキウシアの街

閑話

 ノルドが男爵に陞爵されたあの事件から、早いもので二年が経った。


 本当に目まぐるしい二年だったよ。


 変化の速度がハンパない。


 まず、開拓村の人口が一気に増えた事で、開拓が進み、今では当初の三倍ほどの大きさになった。


 以前は木の柵で囲われていただけだった村も、周囲を石造りの防壁が巡らされたよ。


 ダストアの街ほどじゃないけど、もう立派な街と言って言いんじゃないかな。


 開拓は進みに進んで、去年の秋には東にあったリュクス大河にまで達した。


 夏には護岸整備をして、漁港を作るんだってノルドが言ってたっけ。


 周囲の森の伐採も進み、野菜用の畑が防壁のすぐ外に広がっている。


 この畑を獣から守る為に、今はさらにもう一段、外壁を造る予定なんだとか。


 木製が多かった家々も、いろんな職人が移住して来たお陰で、今はレンガ造りの家が多くなってる。


 ノルドが主産業にしたがってた稲作も軌道に乗って、街の東には広大な田園地帯が広がり、去年からはやっぱり移住してきた職人の助力を受けて、酒造りにまで手を出しているくらいだ。


 そして――なにより変わったのは、領主であるルキウス一家の住まいだろう。


 以前、彼らが住んでいた家は今は学校として解放されていて。


 その北側に、頑丈な外壁に囲まれてそびえる三階建ての城郭。


 そう、お城だ。


 東のオーウ地方は、様々な獣属達が部族を形成する地域で、いわゆる未開の地だ。


 リュクス大河が国境となっていて、滅多にこちら側にまで来る事はないのだけれど、いざ有事となれば、この地は最前線となる。


 これからも開拓を進めるならば、そういった有事への備えも必要という事で、ノルドは男爵陞爵を機に築城を命じられたんだよね。


 立場の上ではバルディオの部下のままだけれど、兵三百人までの保有すら認められている。


 さすがに常備兵を三百は維持費が追いつかないって事で、ユリシアが頭をひねりにひねって三十人に留めて、有事の際に駆けつける半農半兵を領民に期間持ち回りで対応させてる。


 そんなわけで、城には三百人が寝泊まりできる部屋が用意され、常備兵三十人が暮らす施設や、城を維持する使用人達の部屋まで用意する事になり――ぶっちゃけダストアの城の半分くらいの大きさになっちゃったんだよね。


 ノルドが考案した、工事に兵騎を使うって手法を使って工期を短縮したにも関わらず、完成まで一年かかったほどだよ。


 城の中央に突き出た物見塔は、今ではサティのお気に入りスポットだ。


 なんせこの辺り一帯を一望できるからね。


 今日もサティは、ボクを連れてここへとやって来ていて。


「――うわぁ~、風が気持ち良いね。アシス!」


 ボクを胸に抱いてそう声をあげるサティ。


 二年前に比べて少しだけ背が伸びて、真っ白な髪も肩口にかかるほどになった。


 ユリシアのように腰まで伸ばすのが目標なんだって、以前、こっそり教えてくれたよ。


「ぎゃうぎゃう~」


 ボクはサティの言葉に応じて、軽く鳴いてみせる。


 城を囲う城壁のすぐ外には以前、一家が住んでいた家があり、丘を下って街へと至る。


 東に目を向ければ、キラキラと輝くリュクス大河の流れが見えるし、西にはうっそうと茂った森林と、その向こうにそびえる山地が見て取れた。


 ここから見渡す街並みは整然としていて、イチから整理して建築していったから、上下水道まで完備された――最近では住民達に王都よりも暮らしやすいと評判になるほどの最新都市なんだ。


 西にある街門から伸びる大通りは、かつて村の集会所だった広場を経て、そこを中心に街の八方へ放射状に広がっていく。


 広場周辺は商業区画で、門周辺の南北には野菜を主に育ててる百姓が暮らしてる。


 逆に東寄りには稲作農家が暮らしていて、中央北側は商人達の住居が、南側は職人達が暮らしているんだ。


 職種ごとに区分けされているから、初めて訪れた商人達にはわかりやすいと、これまた評判らしい。


 領主の名を取ってルキウシアの街と名付けられた街並みを見下ろし、サティは微笑みを濃くする。


「こんなに大きくなって、すごいよねぇ……」


 今も街のあちこちから家を新築する音が聞こえてきていて、ルキウシアは拡大し続けているんだ。


 十数軒の家しかなかった頃を知っているからこそ、サティにはすごい事に思えるんだろうね。


 先日の五歳の誕生日にユリシアに贈ってもらった、青のドレスに若草色のサッシュを巻いたサティは、片手で風に揺れる髪を押さえる。


 サッシュと同じく腰に巻かれた剣帯には、ノルドから送られた子供用の模擬剣だ。


 街に移住してきた鍛冶士と彫金士に特注した代物で、ぶっちゃけそこらの剣よりよっぽど費用がかかってたりする。


 まあ、ユリシアのドレスはドレスで、刺繍が魔道刻印になってたりするんだから、二年経ってもふたりは変わらずの子煩悩ってわけだ。


 けれど、開拓村が街へと様変わりしたように、ノルドやユリシア、そしてサティの立場も少しだけ変わった。


 まずはノルドだけれど、週にニ回、王城で騎士達に剣術指南をするようになった。


 というのも、彼の師匠であるアールベインが師範代に推したからだそうで。


 まあ、ノルド自身、第二王子のシリウスやアールベインと稽古ができて、楽しんでいる節もあるんだけどね。


 その時はサティも一緒に王城に着いて行って、アルベルトと剣の稽古をしてる。


 そうそう。


 この新造された城には、ダストア城がそうだったように、王城までの転移陣が設置されたんだ。


 だから、王城までは一瞬ってわけ。


 王城を経由すれば、ダストア城までも一瞬だから、ダストール一家もちょくちょく遊びに来るようになったんだ。


 次にユリシアだけど、その転移陣を使って王城で宮廷魔道士の仕事を手伝うようになった。


 完全に宮廷魔道士ってわけじゃなく、あくまで手伝い。


 どちらかというと、相談役に近い感じかな。


 領地の書類仕事が彼女の主な仕事だからね。


 学校での魔法の授業は続けてるけど、基礎的な学習は教師が移住してきたから、彼らに任せる事にしたんだ。


 けど、代わりにクラウティアとアルベルト、あとは王太子カリストの子供のカイングラードの家庭教師を受け持つようになった。


 これは元々あったクラウティアへの家庭教師の話を、バルディオがうっかりシリウスに自慢したからで、シリウスからカリストに伝わり――結果、彼らの子供三人に授業をする事になったってワケ。


 去年からは、サティも授業に加わって授業を受けてる。


 王城と行ったり来たりするようになったルキウス一家だけれど、変わらない部分もある。


 相変わらずルキウスは、普段は街に降りて野良仕事を手伝ってるし、ユリシアも街の女衆達と盛んに交流している。


 サティも街の子供達と仲良しだ。


 使用人達も慣れっこで、城から街へ向かうサティに付き従う当番までいるくらい。


「――サティ様、探しましたぞ」


 と、背後の扉が開いて、額に汗を浮かべた白髪の老人が声をかけてくる。


 以前と違って長かったヒゲを短く刈り込んだ彼は、執事然とした出で立ちをしている。


「あ、レグじい!」


 サティにそう呼ばれた彼は、ここまで登ってきて吹き出た汗をハンカチで拭って。


「もうちょっと老人を労ってくだされ」


 と、そう苦笑する。


 ――レグシオ・カッソール。


 元カッソール公爵家当主だった彼は、お家取り潰しになった後、ルキウス家に身を寄せていた。


 元々使用人が必要になって困っていたノルド達に、協力を申し出てくれたんだ。


 今では家令として、ノルドやユリシアの良い相談役――というより、貴族としての教師役になってくれている。


 サティもよく懐いていて、レグじいと呼んで慕っているし、レグシオ自身もサティを実の孫のように可愛がっているんだ。


 ……まあ、実の息子のリオンがアレだったからね。


 サティは風に揺れる髪を押さえながらレグシオに振り返り、首を傾げる。


「なにかご用?」


「はい。お友達がお見えですぞ。ミィア嬢達です」


 レグシオは元公爵だったにも関わらず、平民の子達にも分け隔てなく接する。


 サティもそんなところが気に入って、懐いているんだろうね。


「――ホント!?

 あ、そういえば一緒に刺繍するって約束してたっけ」


 ペロリと舌を出したサティは、扉に向かう。


「あ、そうだ。レグじい、ありがとー」


 きちんと礼を言って、階段を降り始めるサティに、レグシオもまた礼を返す。


 五歳になったサティは、着実に淑女としても成長し始めていた。


 まあ、腰に模擬剣を差してるのは、淑女として頂けないけどね……

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