第5話 9

「さて、リオンよ……」


 陛下がリオンに呼びかける。


「――へ、陛下!

 俺は――俺は悪くないんです! すべてはユリシアが!

 そう、婚約を反故にしたユリシアが悪いんだ!」


 まるで取りすがるように身を乗り出し、リオンは衛士に押さえつけられた。


 隣でノルドが拳を握るのがわかって、わたしはその手に自分の手を重ねる。


 ――大丈夫よ。わたしはもう、あんな言葉で傷つけられたりしない。


「その件は決闘という形で、ケリがついておる。

 いまはアルベルトの拐かしについてだ」


 陛下が冷たい目でリオンを見据えた。


「貴様は、サティ嬢と一緒に拐かした男児がアルベルトと知ってなお、監禁を選んだな?」


「いえ! 知りませんでした! そ、そんな――殿下を拐かすつもりなど――」


 首を左右に振りたくり、リオンは陛下に言い募る。


「――ええい! 見苦しいっ!」


 その言葉を遮ったのは、レオニード卿だった。


 部屋を揺るがす大音声に、大臣の皆様方も目を丸くなさってるわ。


「貴様らの仕出かした事など、儂がすべて洗いざらい申し上げておるわ!

 いま、貴様がすべきなのは、言い訳する事などではなく、ただひたすらにこうべを垂れて、お詫び申し上げる事だけよ!

 ――なぜそれがわからんっ!」


「ち、違う! このジジイはボケてるんだ!

 そそそ、そうだ! レティーナ! 俺はこの女に騙されて――」


「なにを言い出すの!? ユリシアを手に入れて、昔の生活を取り戻すって言い出したのは、あんたでしょ!

 へ、陛下――わたしは巻き込まれただけなんです!」


 陛下の御前にも関わらず、言い争いを始めるリオンとレティーナ。


 その有様に、レオニード卿は――


「すべて、私の不徳の致すところです! 申し訳ありません!」


 床に頭を擦りつけて、謝罪を述べる。


「すっげえカオス……」


 ノルドが呟き。


「……見るに耐えんな」


 陛下もうんざりした様子で首を振る。


「――カリスト、こういった場合の量刑はどうなる?」


 と、陛下が訊ねたのは、陛下の隣に座るカリスト王太子殿下で。


 殿下は整った容貌を不快そうに歪めていたのだけれど、陛下に問われて真顔に戻る。


「これが平民やいち貴族なのであれば、極刑が相応しいのですが……」


 カリスト殿下は不本意だと言わんばかりにため息。


「あのクズも末端とはいえ、王族に名を連ねる者――まして、今回はアルベルトが無傷で救出されているので、減刑は考慮すべきでしょう。

 ――実に不本意ですが……」


「おい、兄貴。それじゃアルベルトが怪我した方が良かったって聞こえるぞ」


 シリウス殿下が苦笑し。


「――ちがっ! 違うぞ、エド! 僕はそんな事思っていない!」


 カリスト殿下がひどく慌てて言い繕う。


 お二人の仲がよろしいのは、昔からお変わりのないご様子。


「わかってるって。兄貴はいっつも言葉が足りねえんだよ」


「む――ンン!

 と、とにかく! 過去の判例から考慮して、カッソール家は取り潰し。

 主犯であるリオン、レティーナ両名は身分剥奪の上、鉱山か開拓村送りが相応しいかと」


 カリスト殿下の言葉に、陛下がうなずかれる。


「ふむ。その辺りだろうな。

 ――ルキウス夫妻」


「はい」


 不意に声をかけられて、わたしは背筋を伸ばす。


 なんでノルドは平然としていられるのよ。


「一方の被害者はそなたらだ。

 量刑に希望があれば、最大限考慮するが?」


 まるでわたし達を見透かすように、陛下の目が細められる。


「――あ~、それじゃあさ」


 ノルドが不意に立ち上がって。


「……てめえ、ユリシアに謝れよ」


 低く唸る。


 ――ああ……


 ノルドはゆっくりと、リオンに歩を進めていく。


「十五の娘がだぞ?

 しかも温けえ家族に可愛がられて、幸せに育ってきた娘がだ。

 自分の何もかもを投げ売って、てめえの為に尽くしたってのに、てめえがした仕打ちはなんだ?」


 ――怒ってくれているのね。


「あ、謝る? 俺が!? あの売女に?

 ――ヒィ!」


 ノルドはリオンの前で立ち止まると、その太い左腕一本でリオンの胸ぐらを掴んで吊り上げた。


「――返せ……」


 ノルドは押し殺した声で告げる。


「ユリシアがてめえに奪われた三年を、いますぐ返せ!」


 わたしは知らずに泣いていたわ。


 もう吹っ切ったつもりでいたのよ。


 なのに……わたし以上に、ノルドが怒ってくれている。


 その気持ちが、たまらなく嬉しくて……愛おしい。


「――そ、そんな事、できるわけがないだろう!?」


「そのできねえ事をやらかしたんだよ、てめえは――ッ!」


 突風が巻き起こった。


 ノルドの右拳が唸りをあげて、リオンの顔面に叩き込まれて――


「――ぷぎゅぅる!?」


 吹っ飛んだリオンは、陛下とシリウス殿下の間を飛んで壁を突き刺さり、崩れた瓦礫に埋もれる。


「――それでこそ<獣牙>っ!」


 へ、陛下が目をキラキラさせてるわ……


 一方、ノルドは今度はレティーナを見下ろして。


「てめえもグルだったな……」


 まるで獣の唸り声のような声で、そう告げる。


「あ、あ、あああぁぁぁぁ……」


 ビチャビチャと水音が響いて、レティーナの周囲に水溜りが広がっていく。


「――ノルド」


 これから彼の妻を名乗るならば――


 わたしは彼に呼びかけて、隣に立つ。


はわたしの分よ」


 ――すべてを彼に任せてはいけないはずよ。


 魔道器官から全身に魔道を通して肉体を強化。


「おっと、悪い」


 素直に謝る彼が可愛くて、わたしは微笑を向ける。


「夫婦は何事も、分かち合わなくちゃね」


「ちげえねえ」


 そうして、わたしはレティーナの胸ぐらを掴み上げて。


「や、やめ、やめやめ、やめてぇ――」


 積年の想いを込めて、レティーナの顔面に拳を叩き込んだ。


「さすがロートスの鉄拳!」


 やだ……陛下までご存知だったのね……





 かくして、王都で巻き起こったわたしの過去にまつわる出来事は、カッソール家のお取り潰しという形で幕を閉じる事になった。


 ……で、終われたら良かったのだけれど。


 困った事に、今回の件も功績に数えられてしまったのよね……


 先日、準男爵昇進が内定したばかりだというのに、男爵昇進が内定してしまった。


 王族救出はそれだけの功績だっていうのよ。


 領地が増える事がなかったのは幸いだけど、各地から希望者を募って、新たな開拓民が送られてくる事が決まってしまったわ。


 来年の夏から順次、入植が始まるそうだから、それまでに家なんかを用意しなくちゃいけなくなってしまった。


 先行して、技術者を送って欲しいという要望が通ったのだけは、本当に嬉しい。


 これで村のみんなの生活は、もっと豊かになっていくはずだもの。


 王城からの帰りの馬車で、わたしは手帳にこれからの開拓地経営計画を書き出しながらため息をつく。


「大変な事になっちまったなぁ……」


「……本当にね」


 予定では、入植者は千人を超えるよう募集をかけるのだそう。


 それにともなって――


「まさか俺が城主とはなぁ……」


 辺境防衛の拠点として、築城しろというお達しが出たのよ。


 ノルドは太い眉を下げて。


「……面倒をかけるな……」


 しょんぼりと告げるけれど、わたしは首を振ったわ。


「あら、わたしは幸せよ」


 大変だとは思うけど、その大変さも含めて、愛おしいと思う。


 ああ、どこまで行っても、わたしは男に尽くしてしまう性根みたい。


 ――いいえ、違うわね。


 尽くしてるんじゃなく。


 これはきっと、支え合ってるのよ。


 わたしの為に怒ってくれるノルドだから。


 わたしは彼の為に、どんな大変ささえ抱きしめて、頑張って行けるんだわ。


「あなたと一緒だから」


 そう言って、わたしはノルドに口づける。


 驚いた表情をするノルドを鼻で笑って。


「お城で暮らせるって言ったら、サティはどんな顔するかしらね」


「あたしもお姫様って、喜ぶんじゃねえか?」


 あの子の笑顔を思い描いて、ふたりで笑い合う。


 ……ああ、わたし本当に幸せだわ。





★――――――――――――――――――――――――――――――――――――★

 以上で、転生家族、第一部「転生一家のはじまり」が完結となります。


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