第5話 8

 リオンが捕縛されたのを見届けて気が抜けたのか。


 ノルドは、そのままわたしの腕の中に倒れ込んだ。


 抱きついていたわたしの手が、彼の血で真っ赤に染まっていて、わたしもサティもひどく取り乱したわ。


 シリウス殿下が腕の良い癒術士を手配してくれて、命に別状はなかったけれど。


 翌日になって目覚めたあの人に怒鳴ったら、彼は照れくさそうに頭を掻いて言ったわ。


 どうしても、あの場でわたしに想いを告げたかったんですって。


 ――ホント、バカなんだから!


 そんな事言われたら、それ以上怒れないじゃない。


「というか、なんでもう動けるのよ……」


 背中を袈裟懸けにされて、傷口は骨にまで達していたっていうのによ?


 いくら癒術で傷を塞いだと言ったって、流した血は戻らないはずなのに。


 呆れ混じりにわたしが尋ねると、ノルドはいつものはにかむような笑みを浮かべる。


「冒険者時代はこんな怪我、日常茶飯事だったからな。

 お陰で痛みには慣れてるんだ」


 慣れるとか、そういう問題じゃないと思う。


 この人、わたしの肩に掴まってるとはいえ、もう自分で立って歩いてるのよ?


 身体の造りが根本からおかしいとしか思えないわ。


「それによ……」


 と、ノルドは鼻の頭を掻いて、照れ臭そうな表情を浮かべる。


「おまえをひとりで行かせるワケにもいかんだろう?」


 ――ああ、もうっ!


 この人のこういうトコ、本当にズルいと思うわ!


「え、ええ。そうね。あなたも当事者ですもんね」


 わたしは顔が赤くなるのを自覚して、慌てて顔を逸らす。


 今日はリオンとレティーナの裁きが、内密に下される事になっていた。


 事は王族――陛下の孫であるアルベルト殿下の誘拐。


 けれど、それを実行したのも末端とはいえ王族で。


 公にできない為に、陛下と枢密院で秘密裏に処理される事になったのよね。


 わたしは当事者として招かれて。


 それを聞いたノルドが、自分も行くと言い張って現在に至る。


 回廊を抜けて、謁見の間のすぐ隣にある枢密院議事室に辿り着く。


 衛士がドアを開けると、すでに枢密院の皆様は揃っていて。


「――遅くなってしまい、申し訳ありません」


 わたしが頭を下げようとすると。


「よい、<獣牙>が大怪我を負ったのは聞いておる。

 むしろ怪我人を呼び立てて悪かったな」


 と、陛下自らが謝罪を述べられ、わたし達の礼を止めさせる。


 まもなく五十歳を迎えられる陛下は、年相応にお歳を召したご容貌をなさっているのだけれど……


「いやいや、大切な嫁の為です。

 これくらい、なんでもねえですよ」


 ノルドが砕けた口調で応えると、陛下はまるで少年のように目を輝かせる。


「そなたは本当に、イイ男だのぉ」


「なぜか野郎にだけは、そう言われンですよね

 ――つ、あちち……」


 笑みを浮かべて答えながら、ノルドは勧められもしないのに椅子に腰を下ろす。


 やっぱり背中が痛いのか、顔をしかめたわ。


 わたしはそんな彼を支えて座らせてから、一礼してその隣に座った。


 一応ノルドにも、一番の下座を選ぶくらいの分別はあったようで安堵。


 なんでも勇者パーティに認定された際、陛下に畏まる必要はないという免状を頂いたのだとか。


 それはパーティが解散した現在も有効なようで、三年前、ノルドが騎士叙勲を受けた際に免状の内容が更新されたわ。


 ――<獣牙>は我が友人であり、畏まること生涯まかりならん!


 陛下直筆のその免状は、家の金庫に大切にしまってあるわ。


 ノルドの言葉を受けて、陛下は相合を崩す。


「――なーにを言っとるか。

 そのお陰で、そなたはとびっきりの美女に出会えたんだろうに……」


 陛下はわたしを横目で見て、にやりと笑われたわ。


「さすが陛下! ちげえねえや」


 ノルドも一緒になって笑って。


 わたしはと言えば、照れくさいやら恐れ多いやらで気が気じゃない。


「――陛下、ご歓談もよろしいですが、そろそろ……」


 陛下の後に立っていたバルディオ様が、そう陛下に告げて。


「おお、そうだったな。

 いかんな。<獣牙>と話していると、どうしても童心に返ってしまう」


 と、陛下は顔を撫でて、表情を笑みから元の威厳のあるものへと戻された。


「では、連れて参れ……」


 声も低く厳しいものとなって。


 バルディオ様が入り口の衛士に目線を送ると、すぐにカッソール親子とレティーナが連れてこられた。


 リオンとレティーナが縄を打たれているのに対して、レオニード卿はリオンに巻き込まれたという立場だからか拘束はされていない。


 とはいえ、リオンが仕出かした事は王族誘拐。


 処罰はお家の連座となるから、一緒に連れてこられたのでしょうね。


「……なあ」


 ノルドがわたしの脇腹を肘で突いて、声をかけてくる。


「アイツ、なんで仮面してるのかと思ったら、あんなブサイクだったんだな」


 そう。いまのリオンは、着けていた仮面を剥ぎ取られて、素顔を晒している。


「……俺を選んだり、あんなのに入れんだり……おまえ、ひょっとしてブス専なのか?」


 わたしは無言で、ノルドに肘を叩き込んだわ。


「――あつっ!?」


「あ、ご、ごめんなさい!」


 ノルドが怪我人なのを忘れてたわ。


 でも、ブス専はひどいと思う。


 確かにノルドは、普段は髪はボサボサ、無精髭まみれでクマみたいだし、決してハンサムってワケじゃないけれど。


 ちゃんと身なりを整えれば、それなりにイケてると思うもの。


「……元々はあんな顔じゃなかったのよ。

 わたしが社交界でなんて呼ばれてるか、覚えてる?」


「確か……ロートスの鉄拳――あー、なるほどな……」


 癒術で治しながら殴り続けたから、歪んだ状態が正常と身体が認識したのよ。


 これは癒術を使った、ちょっとした裏技。


 肉刑に処された罪人なんかに使われるもので、癒術で癒せないようにする為のものなのよね。


「――あなたも、浮気なんかしたら、よ」


 わたしがノルドに耳打ちすると。


「そもそも俺に寄ってくる物好きなんて、おまえ以外いねえよ」


 そう言って苦笑するノルド。


 ……ホント、ズルい人!


 コの字型に組まれた机の中央に、リオンとレティーナが引き立てられて、その後にレオニード卿が続く。


「……俺は悪くない俺は悪くない俺は悪くない――」


 リオンは衛士に引きずられながら、ブツブツと呟き。


「――ウソよ。ウソよウソ。こんな……こんな事になるなんて……」


 レティーナもまた、顔を真っ青にしてブツブツと呟いている。


 三人が床に跪く。

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