第5話 7

「――お父さんっ! お父さん!

 やだ! 死なないでぇ……」


 ……ああ、サティが泣いてる。


 クソッ、背中が痛え。


 どうやら痛みで一瞬、意識が飛んでたらしい。


 面が床に落ちていて、鞍の中を見回すと、俺に抱きついて泣き喚くサティの姿。


「……大丈夫だ、サティ。

 いつも言ってるだろう? お父さんは強いんだ」


 安心させるように、そう言ってやる。


 背後の内壁が破られていて、巨大な剣の切っ先が俺の背中を抉っている。


「――グゥアツッ!?」


 その剣が引き抜かれ、まるで焼きゴテでも当てられたみたいな痛みに、思わずうめき声が漏れて、目の前が真っ白に染まった。


『ハ――ハハハハッ!

 こうなったら貴様も道連れだッ!』


 まるで狂ったように哂いながら、リオンが叫んだ。


「――騎士達、早く捕らえよ!」


 シリウス殿下の叫び声。


「――ノルドっ! やだ、ノルドぉ!」


 ああ、ユリシアも泣いている。


 その声を聞きつけたのか――


『ん~? そこにいるのはユリシアじゃないかぁ……』


 哄笑が止んだ。


 嫌な予感がした。


 無事な内壁に映し出された外の景色には――<銀獅子>がユリシアを掴み上げるのが映し出されて。


「……ユリシアっ! クソっ!」


 俺は慌てて面を拾い、合一しようとする。


 途端、面の内側が赤く染まって、普段とは違う古代文字が表示されて、合一が拒否される。


「なんだってんだ、こんな時に――ッ!」


 そうしている間にも、<銀獅子>は左手に掴んだユリシアの首元に切っ先を突きつける。


 周囲を取り囲む兵騎達が動けずにいる中、リオンは叫ぶ。


『――武器を捨てろッ! この女を殺すぞ!』


 元々、ユリシアを手に入れる為の決闘だったろうに。


 どこまでも自分勝手なヤツだ。


「――お父さん、お母さんがっ!」


「ああ、わかってる」


 ……だが、騎体が応えてくれない。


 と、その時だ。


「――ぎゃう! ぎゃうぎゃう!」


 アシスが飛んできて、兵騎の胸甲を叩いた。


「――アシスっ!」


 サティが内壁に触れると、胸甲が開いてアシスが飛び込んできた。


「――ぎゃう~ん」


 そのまま俺の肩に止まって、額の青い石を俺の顔に押し当てる。


(……ノルド、聞こえるかい? 聞こえるなら、心の中で答えて)


(あ、ああ。聞こえる。これは……念話ってやつか?)


 不意に脳内に響いた声に戸惑いながら、俺は言われたままに答える。


(そう。それより、<女皇>が動かなくて困ってるんでしょ?)


(ああ、どうなってんだ!?)


(正規リアクター――サティが搭載されてるから、予備リアクターであるキミとでコンフリクトしてるんだ。

 ――なんとか解除してみる)


 言うが早いか、アシスは俺が着けてる面に触れて。


 面の裏側の赤が、徐々に薄くなっていく。


「お父さん、ひょっとして兵騎、ボロボロだから動かないの?」


 不安げなサティの頭を撫でて、安心させようとしたんだが……


 不意にサティは俺の足を伝って鞍まで上がってきて、俺の前に座った。


「――ちょっと待っててね!」


 そう告げるサティの瞳が、青から金色へと変わっていく。


「――目覚めてもたらせ。<新生神器レイティスト・レガリア>……」


 紡がれる喚起詞。


 同時に鞍の中が青に染まっていく。


(――まさかっ! もう神器を使えるっていうのかい!?)


 アシスの驚きの声。


 その間にも、背後に空いた裂け目が見る見る塞がって。


(――ノルド、合一だ! はやくっ!)


 俺は促されるままに、魔道器官を騎体に繋ぐ。


 ガチリと。


 胸の奥で何かが噛み合うような感覚。


 ――予備リアクター・正規リアクター間のスフィア・コネクトを確認。


 ――時限的に正規兵装を解放します。


 いつもと違い、表示される文字が読める。


 外装が内側から弾けて。


 騎体の周囲が揺らぎ、新たな外装が装着される。


 アシスが設計した外装に良く似たデザイン。


 けれど、その濃紫の外装は、まるで重さを感じない。


『き、貴様っ!? なにを!? なにをしているっ!?』


 こちらを振り返り、リオンが叫ぶ。


 面に青銀の紋様が走って、かおを象った。


 俺はゆっくり立ち上がる。


「――お父さん! お母さんをっ!」


 胸から響く、サティの声。


 ああ。わかってる。


『来るなッ! 動くなよ! こいつがどうなっても良いのかっ!?』


 リオンがユリシアに剣を突きつけて叫ぶ。


「――ノルド! わたしの事は良いから!」


 ユリシアが真っ直ぐにこっちを見た。


 ……そんな事言うなよ。


 おまえは覚悟が決まりすぎだ。


 俺は……おまえが居なきゃ、なんにもできないんだからさ。


「ユリシア。いま助けるからな……」


 ――やり方は理解できてる。


 だから、俺は喚起詞を唄う。


「――目覚めてもたらせ。<無垢女皇アーク・エンプレス>ッ!」


 ざわりとたてがみが蒼の燐光を放つ。


「オォ――――ッ!!」


 胸の奥から溢れ出すのは、単音からなる原初の唄。


 右手を持ち上げれば、周囲の空間が揺らめき、捻れて。


『な、なんだ!? う、腕が――ヒィッ!?』


 <女皇>が操る理力場フォース・フィールドが、ユリシアを掴んだ<銀獅子>の左腕に収束する。


 ――ボキン、と。


 ひどく鈍い音が響いた。


『ぎゃああああああぁぁぁぁ――――ッ!』


 理力場を収束された<銀獅子>の腕が宙を舞う。


「――ユリシアあぁッ!」


 俺は叫んで、地を蹴った。


 空中で<銀獅子>の腕ごとユリシアを抱え込む。


「――ユリシア、無事かっ!?」


「え、ええ……」


 声をかければ、頭を振りながらユリシアは応える。


『ぎゃああああッ! 痛い、いたいいいぃぃぃ――ッ!』


 リオンが喚き散らす中――


「――今だっ! 捕らえよ!」


 シリウス殿下の号令に従い、騎士達が<銀獅子>に殺到した。


 俺は合一を解いて。


 サティを抱えて鞍の外に――ユリシアの元へと向かう。


「――ノルドっ!!」


 ユリシアが俺の胸に飛び込んできた。


「ああ……無事でよかった……」


 涙を浮かべて俺を見上げるユリシアの頭を、俺は撫でてやる。


「そりゃ、こっちのセリフだ」


 俺が苦笑混じりに告げると、ユリシアは不服そうに頬を膨らませて。


「いいえ! あなた、わたしがどれほどあなたを想っているか、わかってないわ!」


 不意に俺の左腕の腕輪に手を伸ばした。


 ユリシアが触れると、音もなく腕輪は外れて地面へと落ちていく。


「おい、なにするんだ――ンンッ!?」


 ユリシアが――俺に口吻くちづけていた。


 完全な不意打ち。


 避ける暇もなかった。


 柔らかな感触とユリシアの甘い香りに、頭が蕩けそうになる。


 会場に歓声がこだまする。


「わたしはもう、これくらいあなたに参ってるのよ!

 どう? 知らなかったでしょ!?」


 勝ち誇ったように笑みを浮かべるユリシアに、俺は首を振る。


「いいや、俺だっておまえに参ってる」


 そうして、俺は今度は自分からユリシアに口づけた。


 驚いたように身を硬くしたユリシアだったが、すぐに力を抜いて俺に身を任せてくれた。


 そうして俺は、決闘前に決めていた言葉をユリシアに告げた。


「なあ、ユリシア。

 頼みがあるんだが……」


 俺の言葉に、彼女は微笑みを浮かべて。


「あら、奇遇ね。わたしもいま、頼み事ができたわ」


 それは三年前――サティを見つけた時のやりとり。


 俺達は思わず吹き出す。


 そして、声をそろえて互いに告げあった。


「――俺の嫁になっちゃくれねえか?」


「――わたしの夫になってくれない?」


 思わずユリシアを抱きしめる。


 ユリシアもまた、俺を抱きしめ返してくれた。


 観客達の歓声が響き渡る中、俺とユリシアは互いに抱きしめ合い。


「んふふ。ふたりとも仲良し!」


 腕の中で、満面の笑みを浮かべるサティをふたりで抱き締める。


「ふたりとも、じゃないだろ。

 俺達はみんな仲良しだ!」


「そうよ。サティも一緒!」


「ぎゃう! ぎゃうぎゃう!」


 自分の存在を主張するようにアシスが飛んできて、俺の頭に留まった。


「ああ、アシスもだな!」


 そうして俺は、歓声を送ってくれる観客達を見回して、大声で叫んだ。


「――みんな見てくれ!

 これが、俺の自慢の家族だ!」


 前世でも、今世でも、家族に恵まれなかった俺が……


 いまはこんなにも誇らしい家族を持てたんだ。


 こんな幸せな事はない。


 俺は歓声を受けながら、ユリシアとサティを強く抱き締めた。

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