第5話 6

『――ハハハハッ! ホラホラ、どうしたぁ!』


 リオン・カッソールの攻撃は無茶苦茶だった。


 型もなにもあったもんじゃない。


 とにかく騎体の性能に任せて、剣を振るっているだけ。


 ……だからこそやりにくい。


 俺の剣術も我流ではあるが……おっさんにならった基礎をベースに術理を組み上げた、一応は剣術と呼べるものだ。


 だが、ヤツのはそうじゃない。


 完全な素人。


 足さばきすら、まともにできちゃいない喧嘩殺法だ。


 俺達のように使者が、もっとも警戒しないといけないのが、この手合いだ。


 剣術を知っている者同士の常識が通用しない。


 そして、ラッキーヒットが致命傷になる場合もある。


 酒場での喧嘩で、鍛錬を積んだ騎士がチンピラに殺されてしまうなんて、よく聞く話だ。


 攻撃を封じられた俺は、回避に専念していたのだが。


『逃げ回ってばかりか? そんな事では


 そこに込められた意味を、俺は嫌でも理解してしまう。


 ――回避するのもダメってか。


 どこまで腐ってやがる……


 俺は足を止めて、ヤツの攻撃を受ける。


 攻撃が当たる瞬間、左足を引いて衝撃を逸らすものの、<銀獅子>の攻撃は思いの外重く、攻撃を受けた肩甲で激しい火花が散った。


 観客から悲鳴が上がる。


 左の肩甲が吹き飛んで、轟音と共に地面に突き刺さる。


 肩甲を貫いた切っ先が素体を傷つけて、白い鮮血が飛び散った。


 浅い痛みが左腕に走る。


『――二つ名持ちの冒険者とは、この程度なのか?

 こんな者が騎士とは、我が国の騎士団も落ちたものだ!』


 哄笑しながら、無茶苦茶に剣を振るってくるリオン。


 ……俺にかこつけて、国の批判までしてやがる。


 攻撃を剣や残った右肩甲で受けるが、どうやら力では<銀獅子>の方が上らしい。


 衝撃のたびに姿勢は泳ぎ、後退させられる。


 攻撃を受け流していた剣はすでにボロボロで、これ以上受けたら折れちまいそうだ。


『騎士とは力ある者、貴き血筋の者がなるべきだ!

 貴様のような下賤がなって良いものではない!』


 叫びと共に上段から剣が振り下ろされる。


 ――クソっ!


 俺は残った右肩甲を前に出す。


「――ぐっ……つぁ!」


 肩甲が断ち割られ、切っ先が素体にまで届いて、右腕を縦に斬り裂く。


 合一している俺に痛みが伝わり、俺は奥歯を噛んでそれを押し殺した。


 蹴りが来て、俺は観客席を守る防壁に背中から激突する。


『――見たかっ!?

 <獣牙>などと持ち上げられていようと、所詮は庶民の中での事。

 真に力ある者の前では、手も足も出ないのだ!』


 リオンは観客席に向けて、大仰に訴える。


 そして再び俺に視線を向けて。


『……身の程を知れよ、下民。

 騎士の立場も、ユリシアも……おまえには相応しくないんだ』


 こちらにゆっくりと歩み寄りながら、そう告げてくる。


「……おまえなら相応しい、と?」


 俺は騎体を起こしながら問いかける。


 騎士の立場はともかくだ。


 あいつがかつてユリシアにした事を……俺は知っている。


 だからこそ、その言葉は赦せない。


 貴族令嬢として、ロートス家の温かい家族に囲まれて幸せだった、あいつの青春時代を奪っておいて……どの口が言いやがる。


 だが、ヤツは肩を竦めて俺の言葉を嘲笑う。


『当然だ! 優れた血統を持つ俺に嫁げるんだ。女として、これ以上の幸福はないだろう?』


 ――クズが……


 怒りに吐き気がこみ上げてくる。


 リオンは続ける。


『そうそう、調べさせてもらったぞ。

 ユリシアが娘と呼んでいた子供……アレは拾い子らしいな?

 しかも貴様は夫婦と言いながら、あの女には一切手出ししてないようじゃないか。

 他の男に抱かれた中古品など気持ち悪いと思っていたが、まだ新品なら抱いてやる価値もあろうというものだ。

 あんな女でも、見目だけは良いからな!』


 下卑た笑いに――俺は怒りを抑えるのに必死だった。


『一度抱かれれば、あの女も考えを改めるだろうさ。

 尊い血筋の俺の子を産めるんだ。

 どこのモノのと知れぬ、拾い子の事もすぐに忘れるだろう!』


 あいつは……ユリシアを自分の欲を満たす道具としか考えていない。


 ユリシアの価値は――そんなもんじゃねえ。


『ウソの娘、ウソの夫婦!

 ウソの立場に、ウソの肩書!

 貴様は――いや、貴様らはウソだらけだ!』


 ……ユリシア、まだか。


 このままじゃ、ブチ切れちまいそうだ。


 俺の事はなにを言われても良い。


 だが……だがよ。


 ユリシアやサティの事を言われるのは、俺――耐えられそうにねえ……


 高笑いするリオンの狂態に、会場内が静まり返る。


 ――そんな中。


「――ウソじゃないもんっ!」


 高い、子供の声が響き渡った。


『ああ? なんだとぉ?』


 <銀獅子>が声のした方に首を向ける。


 右手側の観客席の最前列。


 その胸壁に、ひどくくたびれたドレスを身にまとって、あいつは立っていた。


 ――サティ!


「おとさんは……はウソなんかじゃないもん!」


 そのすぐ横にはユリシアの姿もあって、胸壁からおろそうと手を伸ばしていた。


 ……だが、それより速く。


「――そのしょーこを見せてあげる!」


 サティは胸壁を蹴って。


 兵騎の頭より高い防壁の上から、サティの小さな身体が宙に舞う。


「サティ――ッ!!」


 俺は痛みなんて忘れて走ったよ。


 地面スレスレでサティの身体をすくい上げられたのは、自分でも奇跡だと思う。


「――馬鹿野郎っ! なんてコトすんだっ!」


 思わず怒鳴る俺に。


「ごめんなさい、お父さん

 ――でもね、信じてたんだもん」


 サティは嬉しそうに微笑む。


 そして<銀獅子>を見据えて。


「お父さんは、悪いことしたら怒ってくれるし、危なくなってもちゃんと助けてくれるよ!

 これのどこがウソなのさ!」


 ……ああ、ちくしょう、サティ……


 いますぐ抱きしめてやりたい。


 あいつが俺を頑なにと呼ぶのには気付いていた。


 はじめは舌が回らないんだろうって考えてたんだが、ニックスのコトなんかは「グリオお兄ちゃんのお父さん」って、ちゃんと呼んでたからな。


 なにか、サティなりに思うところがあって、そう呼んでいたんだと思う。


 そんなサティが……いま、俺をお父さんと呼んでいる。


 あいつの中で、俺をそう呼んでも良いと……そう思えたなにかがあったんだろう。


 騎体と合一してるってのに、涙が出てきそうだ。


「――リオン・カッソール! 貴様の企みは打ち砕いたぞ。

 よくも神聖な決闘を穢してくれたものだ……」


 シリウス殿下がバルディオをともない姿を現して、怒りをはらんだ声色で告げる。


 会場に、次々と騎士の兵騎が乱入してきた。


『で、殿下!? なぜここに――』


 うろたえるリオンに、シリウス殿下はいよいよ怒声を張り上げた。


「子供を拐かされて、平気でいられる父親が居ると思うかっ!」


 ビリビリと周囲を揺るがす大音声。


 わずかな静寂のあと、観客達がざわめき始める。


 そりゃ、第二王子の令息を拐かされてたってんだからな。


『――な、なにかの誤解です!

 俺は――私はなにも……』


 なおも言い訳しようとするリオンに、シリウス殿下は首を振る。


「言い訳は捕縛した後で聞こう。

 ――捕らえよ!」


 そう宣言し、殿下が手を掲げる。


 周囲を取り囲んだ兵騎達が一斉に抜剣した。


 ――だが。


『貴様さえ、居なければああああぁぁぁぁぁ――ッ!』


 サティを抱えてうずくまる俺に向けて、銀獅子が剣を掲げて駆けてくる。


「――チッ!」


 俺は咄嗟に合一を解いて、サティを鞍の中へと収めた。


 ――衝撃に備える。


「――ノルドっ!!」


 ユリシアが俺の名前を呼ぶのが、やたらはっきりと聞こえた。

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