第5話 5

 鍵のかけられたドアを魔法で吹き飛ばして、わたしは屋敷に踏み込んだ。


「――サティ!!」


 真っ先に飛び込んできたのは半べそのサティと、その前髪を掴む体格の良い男の姿。


 そして、そのすぐそばのレティーナ。


「――ユリシアッ!? どうやってここが!?」


 レティーナが立ち上がり、こちらに叫ぶ。


 応えてやる義理はない。


 目の前の光景に、わたしの魔道器官はいまにも暴れ出しそう。


 身体を巡る魔道が出口を求め、勝手に周囲で紫電を放つ。


 サティの足元には、吐いた跡がある。


 きっとひどい暴力を振るわれたに違いないわ。


「――お母さんっ!!」


 サティがわたしを呼んで。


「――うおっ!?」


 手にした硝子片で男の手を突き刺した。


「お母さんっ!」


 涙をこぼして、こちらに走ってくるサティ。


「――逃がすかよ!」


 男はサティ刺された手など気にもせず、腰の剣を抜いて、サティ目掛けて振りかぶる。


「させないっ! 目覚めてもたらせ!」


 わたしは左腕に着けた腕輪を喚起する。


 結晶結界が男の眼前に出現して、振り下ろされた刃を防いだ。


「ぎゃぅ~ん!」


 わたしの肩からアシスが飛び立ち、サティに抱きついた。


「アシス! お母さんをここまで連れてきてくれたんだよね?

 ――ありがとっ!」


「ぎゃうっ!」


 抱きしめ返すサティに、アシスは頬擦りで応える。


「もう大丈夫よ。サティ、こっちに……」


 わたしはすぐにサティを抱きしめたい気持ちをぐっと堪えて、ふたりを背後に庇う。


「……俺の一撃をしのぐ結界かよ……」


 男は苦笑しながら、結界を剣で叩いてそうぼやく。


「この屋敷は包囲済みよ。もう諦めなさい」


 わたしは周囲に雷精魔法を多重喚起して、レティーナに告げる。


「――まだ! まだよ!

 こっちにはまだ――」


 と、彼女は二階を見上げて。


「――残念だが、そうは行かねえんだ」


 勝ち誇った笑みを浮かべて、衛士に囲まれたシリウス殿下がこちらを見下ろす。


 その背後には、殿下と同じく衛士に庇われたレオニード卿と、彼に背負われたアルベルト殿下。


 本来の救出計画だと、わたしが陽動で大暴れして、殿下達が二階から侵入、サティ達を救出するっていうものだったのよね。


 はじめは殿下が陽動を務めるって言ってたんだけど、そんな事させられるわけがない。


 立場を持ち出して説得したら、彼は不承不承、納得してくれたわ。


「……あー、こりゃさすがにムリだわ。

 諦めろ、レティーナ」


 男は頭を搔きながら苦笑。


「な、なにを言うの、グラース!?

 あなたなら、こんなの切り抜けられるでしょう?」


「――、な……」


 グラースと呼ばれた男は、ニヤリと笑みを浮かべ。


「……だから、おまえとはここまでだ」


 呟いたかと思うと、グラースはひどく無造作に――レティーナの腹に剣を突き刺す。


「ああああぁぁ――ッ!?」


 悲鳴が玄関ホールに響いて。


「――なっ!?」


 咄嗟に喚起していた雷精魔法を解き放ったけど、それはグラースにたやすく斬り落とされた。


 ――この男、たぶんノルドくらい強い。


 グラースはわたしの攻性魔法なんてまるで気にしてないように、へらへらと笑って。


「んだよ、抱いてる時より良い声で鳴けるじゃねえか。

 さっさとこうしとくべきだったな……」


 そう呟いて、こちらに視線を向けてくる。


「サ~ティ。サティサティ。

 俺に傷を負わせたヤツは初めてだ……」


 手の甲にサティが負わせた傷口を舐める。


「今日のところは諦めるが……いずれ迎えに行くからな?」


 まるで飢えた獣のような眼光。


 サティがわたしの脚に抱きつく。


「――いずれなどあるかっ!」


 殿下が吼えて、二階の手摺りを乗り越えようとした瞬間――


「お~、怖い怖い。

 さすがに剣聖の弟子まで相手したくねえからな。

 今日はここでおさらばだ。

 ――来たれ。<獣皇>……」


 グラースの背後に魔芒陣が開く。


 紋様の細部は違うけれど――わたしはアレをダストアの城で見たことがある。


「――兵騎転送陣っ!?」


 魔芒陣の中から鋼鉄の騎体が迫り出してくる。


 漆黒の外装に、獅子を模した兜。たてがみの色は血を塗り込めたような深紅で。


 胴が開いてグラースを呑み込み、面に深紅のかおが描き出される。


「――くそっ! 退避ぃッ!」


 殿下が衛士達に指示を出して、廊下の隅に退く。


 わたしもサティをアシスごと抱きかかえて、玄関から外に飛び出した。


 直後、玄関ホールが内側から吹き飛ぶ。


 壁を突き崩して、中から<獣皇>と呼ばれた騎体が這い出してきた。


 その動きは、普通の兵騎と違って、ひどく滑らかで。


「――あれも古代騎なのね……」


「……ううん。お母さん……」


 抱きかかえたサティが、腕の中で首を振る。


「……アレは――もっと怖いモノだよ……」


 震えている。


 アシスに視線を向けると、彼はうなずいて漆黒の騎体を睨みつけた。


「……ぎゃう」


 呻くような鳴き声。


 あくまでサティの前で、喋るつもりはないようね。


『――サティ、サ~ティ~。

 それじゃあ、いつかまたなぁ~』


 そう言い残して、漆黒の騎体は地を踏み割って跳躍。


 巻き起こる突風に、わたし達は地面に押し倒される。


 漆黒の騎体は――グラースと呼ばれていた男は、去って行った。


「――お母さんっ!」


 危機は去ったと感じたのか、サティが抱きついてくる。


「ああ、サティ……無事でよかった。本当に……」


 わたしもまた、溢れ出る涙もそのままに、サティをきつく抱きしめた。


「お母さんの子だからぁ! あたし、絶対に負けないって、が、頑張ったのぉ……」


「ええ。サティは自慢の娘だわ……」


 泣きながら胸に顔を埋めるサティの頭に、何度もキスを落とす。


 ――ああ、この子が失われなくて、本当に良かった……


 サティの温もり。


 森とお日様の香りに……涙が止まらない。


「お母さんも、あたしの自慢のお母さんだよ」


 抱きしめるわたしにくすぐったそうに頬を緩めて、サティはそう返してくれる。


「――サティ! 無事でよかった!」


 崩れた屋敷から、シリウス殿下がやってきて、そう声をかけてくる。


 その腕には、意識のないアルベルト殿下が大切そうに抱かれていて。


「シリウス殿下も、助けに来てくれて、ありがとう!」


 サティがそう応えれば、殿下は腕の中のアルベルト殿下を揺らしてみせる。


「サティこそ、アルベルトを守ってくれてありがとうな」


 と、サティの頭を撫でた。


「……殿下、レティーナは……」


「大丈夫だ。サティ達が怪我してる場合を想定して、癒術士を同行させてたからな。

 死にはしないだろう……」


 その言葉に、わたしは安堵の息をつく。


 サティを誘拐した事も含めて――いろいろと思うところのある女だけど、死んで欲しいわけじゃないもの……


「それよりおまえ達は、もっと気にしなきゃいけない事があるだろう?」


 と、殿下はスクロールをわたしに差し出す。


「転移陣だ。闘技場に出口を設置してある」


「――そうだ! おとさん!

 お母さん、おとさんはっ!?」


 殿下からスクロールを受け取りながら、わたしはサティに力強くうなずく。


 あの人はいま、手出しできずに、苦境に立たされているはず。


 それでも……わたしを信じて、必死に耐えているはずよ。


「行きましょう。

 サティの姿を見せたら……きっと大丈夫よ」


「――うん!」


 スクロールを喚起して、わたしは目を伏せる。


 ……ノルド。いま行くわ。

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