第5話 3

 眩しさに目を開けると、あたしは床に縛られて転がされていた。


 窓の隙間から差し込む光が、ちょうど顔に当たってたから眩しく感じたみたい。


 周囲を見回すと、レンガ造りの壁と、木の机と本がたくさん詰まった棚があって。


「……起きたかね」


 そう声をかけてきたのは、机の前にある椅子に座った白髪のおじいちゃん。


 顎とかほっぺが白いおヒゲで覆われてる。


「――おじいちゃん、誰? ここ、どこ?」


 あたしは身体をよじって、なんとかその場に座る事に成功。


 すぐ横に、あたしと同じように縛られたアルが転がされているのに気付いて。


「アル! 大丈夫!?」


 声をかけるけど、アルは目覚めない。


「安心すると良い。命に別状はないよ」


 再びかけられたおじいちゃんの言葉に、あたしは振り返って。


「……ホント?」


 そう尋ねると、おじいちゃんは優しい顔でうなずいた。


「儂はレオニードという。おまえ達をかどわかしたリオンの父親だ」


「――リオン! おかさんを叩いた、どくず!」


 いま思い出しても、目の前が真っ赤になる。


「あいつのお父さんって事は、おじいちゃんも――」


 リオンの仲間かと思って、あたしは立ち上がって、おじいちゃんを睨んだ。


 でも、すぐに気づく。


「あれ? おじいちゃんも縛られてる? なんで?」


 仲間割れってやつかな?


 首をひねるあたしに、おじいちゃんは深々とため息をつく。


「儂も奴に監禁されておるのよ……」


 ここは王都のはずれにあるおじいちゃんのお家で、リオンがお嫁さんをもらってからは、お城のそばのお屋敷を離れて、ずっとここで暮らしてたんだって。


 それが昨日、リオンがあたしとアルを連れてきて、隠すように言い出して。


「まさかアルベルト殿下を拐かすなど……」


 おじいちゃんはアルの事を知っていて、すぐに解放するように叱ったんだって。


 そしたらリオンは子分に命令して、おじいちゃんもこのお部屋に閉じ込めたみたい。


 おじいちゃんはため息をつきながら、ゆっくりと首を振る。


「元々どうしようもない奴だと思っていたが……今回の件で、ほとほと愛想が尽きた……」


 そう呟いて。


「それで、お嬢ちゃんは?」


 名前を訊ねられて、あたしは教えられた通りにスカートを摘もうとして。


 うしろで両手を縛られてるから、ご挨拶ができない。


「――もうっ! 邪魔っ!」


 まだ使っちゃダメっておかさんに言われてたけど、きんきゅーじたいだから良いよね?


「灯れ!」


 喚起詞を唄って、指先にロウソクくらいの火を喚起。


「あちち――」


 あたしを縛る縄を焼き切る。


「なんとっ!? おまえ、その歳で魔法が使えるのかっ!?」


「火は危ないから、ダメって言われてたんだけどね。

 ――だから、内緒ね?」


 自由になった左手で、あたしは唇の前に人差し指を立てて、しー。


 それからスカートを摘んで腰を落とす。


「改めまして、騎士ノルド・ルキウスの娘、サティ・ルキウスです。

 どーぞ、お見知りおきを」


 あたしはきちんと挨拶して、にっこり微笑む。


「……ノルド・ルキウス。

 そうか、リオンのヤツめ。娘を人質にして決闘を――」


 おじいちゃんの呟きで、あたしは状況を理解する。


 前世でアニメとかマンガで見たもん。


 あのどくずは、おとさんに決闘で勝てないから、あたしを人質にして勝とうとしてるんだ。


「どくずめ……」


 そうとわかれば、こんなトコにいられない。


「おじいちゃん、あたし、おとさんのトコに帰らなきゃ!

 おとさん、きっと困ってる!」


「ああ。帰らせてやりたいのは山々なんだが……」


 おじいちゃんは首を振る。


「この屋敷にはいま、レティーナとその取り巻きが監視に残っておる。

 逃げようにも逃げられん……」


「レティーナ? 誰?」


 また知らない名前が出てきた。


「リオンの嫁だ。

 あの女と関わるようになって、リオンはおかしくなった……」


 呻くように呟くおじいちゃんに、あたしは首を傾げる。


「レティーナとか、その取り巻きとかって、強いの?

 騎士より?」


「騎士になれない、貴族の小倅どもだ。強くはないな」


「ん~、じゃあ、行けるかな?」


 うん。たぶん行けると思うんだ。


「なにか武器になるもの……」


 部屋の中を見回したけど、そんなものは見当たらない。


「武器って、お嬢ちゃん――」


「あ、おじいちゃん、その椅子使えそう!

 いま縄を外すから、それ貸して!」


 あたしはさっきみたいに、火の魔法でおじいちゃんを縛る縄を焼き切る。


 それからおじいちゃんにどいてもらって、椅子を地面に転がす。


 身体に魔道を通して。


「――えいっ!」


 身体強化を使って椅子の脚を蹴りつければ、ボキリと折れて、丁度いい長さの武器になる。


「武器、ゲット~!」


 普段鍛錬に使ってる木剣や訓練用の模擬剣より軽いけど、長さは同じくらい。


「お嬢ちゃん、なにをするつもりだ!?」


「悪者をやっつけるの!」


「やっつけるって、相手は大人だぞ!? しかも三人もいる!」


「でも、騎士より弱いんでしょ?

 シリウス殿下が言ってたよ。あたしは強いから、すぐに騎士見習いになれるって!」


「――シリウス殿下がっ!?」


 驚くおじいちゃん。


 あたしはお部屋の扉の前に移動して、耳をくっつける。


 特に足音はしない。


 爪先立ちになって、慎重にノブをひねれば、扉は簡単に動いた。


 アニメとかマンガだと鍵がかけられてたりしてたけど、あたし、ずっと不思議だったんだ。


 鍵って外から中に入られないようにする為のもので、中からは簡単に開けられるよね?


 アニメとかは、そういう特殊な鍵なのかもしれないけど、ここのはそうじゃなかったみたい。


 扉を少しだけ開いて、顔を突き出す。


 左右を見回すと、廊下が延びていて。


 あたしは音を立てないようにゆっくりとドアを閉じて、おじいちゃんに振り返る。


「――おじいちゃん、廊下、どっちに行ったら良い?」


「ああ、もうっ! わかった!

 子供ひとりで行かせられるか!

 儂も行く、ついてくるが良い!」


 そうしておじいちゃんはアルの縄を解いて背負い、部屋の外に向かって歩き出す。


 あたしは慌ててその隣に並んで。


 長い廊下を進んでいく。


 ――待っててね。おとさん。


 あたし、すぐ帰るからっ!

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