第5話 2
一睡もできないまま、俺とユリシアは夜明けの鐘と共に、工廠へと戻った。
決闘は二の鐘――だいたい十時くらいから開始となっている。
いまだサティの行方はわからないままだったが、決闘は待っちゃくれないんだ。
ユリシアは――疲れているだろうに――最終調整は自分でやると言って、譲ってくれなかった。
騎体を中心に大型魔芒陣が描き出され、宮廷魔道士達が八方に用意された小円陣に音叉杖を持って配置される。
「――ノルド、良いわ!」
兵騎と合一した俺に、足元――魔芒陣の中心から、魔道士達と同様に音叉杖を持ったユリシアが声をかけてくる。
俺の役割はごく簡単だ。
騎体と合一するのと同じ感覚で、外装そのものにも魔道を通す――魔道器を使う時と似たようなもんだな。
胸の魔道器官を意識して、身体強化の要領で魔道を四肢から先へと通していく。
外装に刻まれた刻印が銀青色に輝き、全身を巡っていくのがわかった。
ユリシアが魔芒陣に音叉杖の石突を下ろす。
――キン、と。
澄んだ音色が響いて。
「アァ――――……」
ユリシアが単音から成る原初の唄を紡ぎ上げる。
周囲の魔道士達もそれに倣って、異なる音階で唄い始め、魔芒陣を包むように景色が揺らいで魔道干渉領域――ステージが形成される。
その中を、多重に奏でられる原初の唄に反応して、精霊が色とりどりな燐光を放って、唄に合わせて舞い踊った。
ひどく幻想的な光景。
きっとこんな時じゃなきゃ、素晴らしい景色なんだろう。
サティにも……見せてやりたかったなぁ……
――ちくしょうっ!
まるで俺の怒りを反映したかのように、周囲の精霊が真紅に染まる。
「――ノルド! 心を落ち着かせなさい!」
ユリシアの叱責に、俺は深呼吸を意識する。
精霊は薄紅を経て、白色に染まっていく。
ユリシアの周囲に球状積層魔芒陣が開いて、騎体の刻印と接続された。
「……精霊共鳴クリア……拒絶反応なし……基部刻印及び拡張刻印に論理矛盾なし……」
精霊達が騎体の刻印に触れて溶け込んでいく。
「……精霊循環を確認……素体浸透率……既定値内。
――ノルド! 外装刻印を励起させて!」
ユリシアの言葉に、俺は事前に教わっていたように、胸の前で左拳を握って喚起詞を唄う。
「――目覚めてもたらせ……」
ユリシアや魔道士達の持つ音叉杖が一斉に震えて、高い旋律を発した。
そして。
外装に銀のラインが焼き付けられる。
「――成、功よ……」
ユリシアが息も絶え絶えに呟いて、不意にその身体をふらつかせる。
「――あっ、おいっ!?」
俺は左手で彼女の身体を受け止めて、慌てて合一を解く。
鞍から飛び降りて、ユリシアに駆け寄った。
「……平気よ。ちょっとふらついちゃっただけ……」
「――だが!」
昨日からずっと集中を要する作業をし続けて、そのまま一睡もせずに最終調整だ。
身体が参らないはずがない。
「こんなコトで倒れてるワケにはいかないもの……
アシスが感知したら、あの子を助けに行かなきゃいけないのよ?」
そう言って、ユリシアは騎体の手から立ち上がり、俺を見上げて微笑を浮かべる。
汗だくフラフラで、髪もボサボサだってのに、すげえ女だ。
そして俺は――そんなこいつが、ひどく美しく見えたんだ。
「……おまえがサティを連れ帰るまで……きっと耐え切って見せる……」
俺はユリシアに拳を突き出す。
「わたしの全力を込めた騎体よ?
きっとあなたを守るわ……」
ユリシアもそう告げて、拳を合わせてきて。
「――サティを頼むぞ、相棒」
「任されたわ。
だから家を――わたし達を守ってね」
うなずくユリシアに、俺もうなずきを返す。
「当然だ。俺達は絶対に幸せになるんだからな!」
一の鐘が鳴り響く。
「――ノルド殿! お時間です、闘技場まで移動をお願いします!」
騎士がやってきて、そう告げた。
「――ああ……」
俺はユリシアの頭を撫でて、俺は工廠の外へと向かう。
騎体運搬用の大荷車が二騎の兵騎によって運ばれてきて、ウチの兵騎がそれに載せられた。
これから移動の間に、不正がないか、双方の立会人が騎体チェックするんだ。
立会人が不正を働くコトもあるらしく、チェックは近衛騎士立ち会いの元行われるらしい。
ウチからはバルディオが向こうに行ってくれている。
俺は用意された馬車に乗り込み、闘技場を目指す。
工廠の前までユリシアが見送りに出て来て、俺は手を振った。
……良いから、少しでも休んでろよ。
「決闘が決まってから、おまえは頑張りすぎだ」
自分の事情に、俺を巻き込んでしまったという負い目があるのかもしれんが……
「俺はさ……そういうのもひっくるめて支え合うのが――」
そこまで呟き、俺は首を振る。
「……仮初めの、だったな……」
だからあいつは必要以上に、俺に気兼ねしているのかもしれない。
前世で家族に捨てられ、今世でも家を追い出された俺にとって――
……この三年は、ひどく満ち足りたものだった。
色々と大変な事ばかりだったが、それでもサティとユリシアの笑顔の為なら、なんだってやってこれたんだ。
馬車が走り出し、胸の前で手を組むユリシアが小さくなっていく。
あいつだってこれから大変なのに、きっと俺の無事を祈ってくれているのだろう。
ユリシアはそういう女だ。
気遣い屋でやたら人の気持ちに敏感で……それでいながら、負けん気が強い。
そして、やると言ったことは、絶対にやり遂げて見せるんだ。
だからこそ俺は、サティの救助を任せて、決闘に臨むことができる。
ただ暴れるしか能のない俺と違って、あいつはすげえ女だ。
「ユリシア、これが終わったらさ……」
それを口にしたら、あいつはどういう顔をするだろうか。
嫌とは言わないと思うのは、うぬぼれだろうか。
それくらいの絆は築けていると思いたい。
いまさら、と笑ってくれたら……嬉しい。
アレコレ考えている間に、馬車はいつの間にか闘技場へと辿り着き。
俺は駐騎場に跪く<女皇>を見上げる。
塗装する時間はなかったから、外装は黒鉄の地をむき出しにした騎体だ。
ユリシアが心血注いで組み上げてくれた騎体に、俺はこの生命を預けよう。
「頼むぜ、相棒」
右の甲を叩けば、澄んだ音色が響いた。
「――ノルド!」
俺を呼ぶ声に振り返れば、駐騎場にバルディオが駆け込んでくる。
「バルディオ、どうした?」
「城から――シリウス殿下から連絡があった。
アシスがサティちゃんの居場所を感知したそうだよ!」
場所は王都郊外だそうで。
衛士の順回路から外れた場所の為、転移を使っても移動に時間がかかるそうだ。
「……落ち着いてるね?
昔の君なら、こんな時は真っ先に飛び出して行ってただろうに」
不思議そうな表情を浮かべるバルディオに、俺は鼻で笑ってみせる。
「頼れる嫁が居るからな」
俺の言葉に、バルディオは一瞬目を丸くして、そして吹き出す。
「なら、イイトコ見せないとね」
「ああ」
そうバルディオに返して。
「――ノルド殿、ご入場願います!」
騎士の呼び出しに応じて、俺は<女皇>の鞍へと上がる。
四肢を固定器に差し込めば、面が着けられる。
面の内側に古代文字が表示されては流れていって。
――目を開く。
無貌の面に金の紋様が走って、
地金剥き出しの外装に銀の刻印がきらめく。
紫銀のたてがみが燐光を放ち、いまや騎体はもうひとつの俺の身体だ。
通路を通って入場すると、すでにリオン・カッソールは中央に入場していた。
どこから聞きつけたのか、観客席には客が大入りで、ほぼ満席状態。
俺の登場に歓声があがった。
そんな中、俺は中央まで進み、やつの騎体を観察する。
普通の兵騎と異なり、まるで騎士の甲冑のような丸みを帯びた銀の外装。
胸には獅子を模した意匠が施され、顔を覆う面に刻まれた八つのスリットの奥で、紅い光が蠢く。
さすがは公爵家――元王族の随伴騎というだけはある。
その挙動は、普通の兵騎と違ってひどく滑らかで、まるで巨人が甲冑をまとっているようにさえ見える。
『――よく逃げずに来たな!』
……逃げられないようにしておいて、よく言う。
『それが遺跡で見つけたとかいう、ご自慢の騎体か?
あの女がなにやら改修したそうだが、所詮は付け焼き刃。
我が家に受け継がれてきた<銀獅子>がガラクタにしてやろう!』
長剣を抜き放ち、切っ先を俺に向けながらリオンは言い放つ。
会場は静まり返っていた。
どうやらあいつ、庶民人気もないらしい。
『――ノルド・ルキウス!』
そんな空気を気にもせず、ヤツは俺の名を呼んだ。
「……わかっているな?」
その言葉に含まれた意味に、俺は拳を握り締める。
……いまは勝ち誇っているが良い。
俺はヤツに応じるように腰の長剣を抜き放ち、正眼に構える。
「――おまえこそ、わかっているな?
俺が勝ったら、ユリシアから手を引け……」
会場が歓声に包まれた。
それを自分に向けられたものと勘違いでもしたのか、途端、ヤツは高笑いを始める。
『勝てるつもりでいるのか!?
庶民出のおまえが、王族のこの俺にっ!?』
「良いから来いよ。
ご立派なのは、血筋と兵騎と口だけか?」
『――言わせておけばっ!』
<銀獅子>が地を蹴って踏み込んでくる。
さあ開始だ。
……ユリシアがサティを連れて来るまで。
「――耐え切って見せるぞっ!」
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