俺の大切な――

第5話 1

「――ノルド!」


 メイドさんに案内されて通された客室には、ノルドの他にバルディオ様とお兄様もいらっしゃったわ。


 それから、いつもサティの面倒を見てくれているリタさんが、ソファに座らされて泣き崩れていて。


 その隣には――


「――シリウス殿下っ!?」


 深刻な表情でソファに座る彼を見て、わたしは慌てて臣下の礼をとる。


「……こんな時まで、かしこまる必要はない。楽にしろ」


「ありがとうございます」


 許しを得て、わたしはノルドに駆け寄る。


「ねえ、ノルド!

 サティが行方不明って――いったい、なにがあったの!?」


 わたしに問われて、ノルドは沈痛な表情で、わたしに一葉の手紙を差し出す。


「さっき義兄上のところに届けられたそうだ」


 ――娘は預かった。


 そう始まる手紙の内容に、わたしは目の前が暗くなっていくのを感じる。


『――無事に返して欲しくば、明日の決闘で一切手出しをしないこと。

 決闘が終われば、娘は返してやる。

 だが、もし騎士や衛士に報せたら、娘の命はないものと思え』


「――これって……」


「……かどわかしだ。

 サティだけじゃなく、俺の息子――アルベルトも一緒に拐われた……」


 シリウス殿下が唸るような声音で応えてくれて、わたしはノルドを見る。


「――なぜサティとアルベルト殿下が?」


「友達になってたんだ。

 それで今日は一緒に、午後から城下を回るって……」


「――私が悪いんです!

 護衛がいるからと安心し切って、おそばを離れたりしたからっ!」


 リタさんが両手で顔を覆って、再び泣き出す。


「いや……その場合、おまえごと拐われていただろう。

 そしてロートス家に届けられた手紙の真偽を巡って、時間を無駄にしていたかもしれない」


 リタさんを慰めるように、シリウス殿下は彼女の言葉を否定する。


 それから殿下はわたしに説明を続ける。


「護衛の騎士達が誘拐犯達の馬車を捜索し、さっき捕らえたと報告があったんだが……」


 殿下はそこで言葉を区切り、ため息と共に首を振る。


「連中は雇われの冒険者崩れで、サティとアルはすでに雇い主に引き渡された後だった。

 そして雇い主は顔を隠していて、素性は不明ときた……」


「――状況だけを見れば、犯人はカッソール家しか考えられないのですが……」


 バルディオ様が顎に手を当てながら呟く。


「だが、証拠もない上に、騎士を使って捜査する事もできない……」


 悔しそうにノルドが呻く。


 そんなノルドを落ち着かせるように、彼の肩にバルディオ様が手を置く。


「仮に捜査できたとしても、バカ正直に屋敷に隠したりしないだろう。

 現状としては、打つ手がない……」


「そもそもなんで、この条件なんだ!?

 決闘を中止させるのが目的じゃないのか?」


「――それじゃあ奴は、ユリシア嬢を手に入れられないだろう。

 決闘自体は、リオン・カッソールにしても必要な事なんだ」


 バルディオ様の言葉を引き継ぐように、ノルド様がため息をつく。


「ついでに言えば、奴は欲を出したんだろうな……」


「――欲?」


「ノルド・ルキウスといえば、かつての勇者パーティの剣士<獣牙>として有名だ。

 加えて王室剣術指南役――剣聖トム・アールベインの直弟子として、騎士達の評価も高い。

 そんな人物を圧倒できるとなれば、どうだ?」


 ……自らの評価の為に決闘を利用しようというのっ!?


 そんな事の為に、こんな大掛かりな事までして――


「ああ、サティ……」


 わたしの事情に、ノルドばかりかサティまで巻き込んでしまった。


 情けなさに涙が出てくる。


 あの子はいま、どうしているのだろう。


 サティになにかあったら、わたしは……


 うつむくわたしの肩に、ノルドの大きくて分厚い手が置かれる。


「大丈夫だ。ユリシア。

 あいつになにかあったら、すぐわかるはずだろう。

 ――な、アシス?」


 と彼はわたしが抱えるアシスに声をかけて。


「……もう隠さなくて良いのかい?」


 アシスはそう応えて、わたしの手から宙に飛び上がった。


 事情を知っているバルディオ様以外の全員が息を呑んだ。


「……ぬ、ぬいぐるみが喋った!?」


 お兄様が驚きの声を上げる。


「――はじめまして。アシスだよ。

 ボクはサティと繋がってるからね。

 ――安心して。

 サティはいま、眠らされてるだけで、少なくとも命に別条はない」


 ノルドの頭の上に陣取って、アシスはみんなにそう説明したわ。


 わたしとノルドは、みんなにアシスの説明をする。


「……アシストロイド……聞いたことのない魔道器だ……」


 シリウス殿下は首を捻り。


「生きた遺跡の一部には、<管理者>と呼ばれる対話可能な魔道器があるそうです。

 私はアシスはそのような存在と認識しています」


 バルディオ様が殿下にそう説明する。


「およそ、それで合ってるよ。

 あの遺跡の管理権限は、サティを除けばボクが最上位だ」


「――それより、サティだ!

 居場所はわからないのか?」


 アシスは初めて言葉を発した時、サティの魔道を辿って村までやってきたと言っていたものね。


 ノルドもそれを覚えていたみたい。


 焦れたようにアシスを掴んで膝に下ろし、ノルドは尋ねる。


「ん~、意識がないからね。

 いまは辿れないんだ。

 起きたらすぐに教えられるんだけど……ゴメン」


 アシスが目を伏せて頭を下げて。


「――ちくしょうっ!」


 ノルドが毒づく。


「……逆に言えばだ」


 シリウス殿下が、低い声音で呟く。


「サティの意識さえ戻れば、居場所がわかるのだな?」


「うん。それは請け負うよ。

 あまり離れすぎると、辿るのが大変だけど、少なくとも王都内ならすぐわかると思う」


 殿下の問いに、アシスはそう応えて大きくうなずいた。


「ならば、だ……」


 シリウス殿下はバルディオ様に顔を向ける。


「城下を巡回中の衛士に、転移陣のスクロールを携帯させろ。

 アシスが場所を感知し次第、跳べるように」


 アシスが感知した場所の近くに、すぐに転移できるよう、いまのうちから準備しておくというわけね。


 衛士が城下を巡回するのは日常の事だから、これなら犯人にも気づかれない。


「――はっ!」


 バルディオ様が礼を取って退室。


「……持久戦ってわけか……」


 ノルドが呟き、わたしはその腕をさする。


「おまえらは少し休め。

 特にノルド。おまえは最悪の場合、現状のまま決闘に望まねばならんのだ」


 気遣ってくれるシリウス殿下には悪いけれど。


「だが殿下!」


「サティが大変な時に、休んでなんて……」


 言い募るわたし達に、殿下はため息。


「ならば、少しでもなにか食っておけ。

 リタ。食事を頼む。その後はおまえも休むんだ」


 殿下に命じられて、リタさんも退室して行った。


「――ウチに新たな脅迫が届いてるかもしれない。

 僕も一度、帰ってみる。

 なにかあったら、すぐに知らせるから……ユリシア、気をしっかりね」


 と、お兄様はわたしの肩を叩いて部屋を後にし。


 客室には、殿下とわたし達が取り残されて。


「……カッソール……王族に巣食う害虫が。

 このままにはしておかんぞ……」


 シリウス殿下の低い呟きが、室内に響き。


 そのままわたし達は重い沈黙を保ったまま、時が過ぎるのを待った。


 ……眠れない夜が更けていく――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る