僕の気持ち
閑話
「――アル、アレっ! アレ食べてみよ!」
王都の目抜き通りを、サティははしゃいで僕の手を引く。
メイドのリタが言うには、サティは辺境の開拓村で育ったらしい。
だから、居並ぶ屋台が珍しく見えるんだろう。
僕も初めて父上に城下に連れてきてもらった時は、同じようにはしゃいだっけ。
リタに買ってもらった蜜かけ果物にかじりついて、目を輝かせるサティを見て、僕まで嬉しくなってしまう。
――連れてきて良かった。
出会ってからまだ、一月にも満たないけれど、僕はすっかりサティを気に入っていた。
他の子みたいにかしこまったり、すり寄ってきたりしないんだもん。
従兄弟のカイングラード兄上みたいに、変に偉ぶったところもなくて。
サティはいつだって、サティのまま、僕や父上に接してくれる。
あんなに怖いと思ってた剣術の稽古も、サティと一緒なら全然怖くないし、むしろ楽しみになったくらいだ。
……実を言うとね。
絵本にもなってる勇者パーティ。
そこに描かれる剣士<獣牙>の娘って言うから、僕はサティのコト、もっと乱暴な子かと思ってたんだ。
でも、実際に出会ってみて……正直、びっくりしたよ。
絵本に出てくるお姫様みたいで――ううん。もっと可愛かった。
雪みたいにキラキラ光る、真っ白な髪。
僕はルクソール王国ではありきたりな金髪だから、すごくうらやましい。
瞳の色は、僕と同じ青。
でも、ちょっと碧がかった僕と違って、サティの目は空みたいな綺麗な青で、初めて見た時は、僕はその瞳に吸い込まれるかと思ったよ。
父上の妹のオレーリア姉様も綺麗な人だけど、サティが姉様くらいの歳になったら、きっともっと綺麗になると思う!
なによりもサティがすごいのは、そんな可愛い見た目なのに、めちゃくちゃ強いって事!
ここ最近、稽古で打ち合いしてるけど、僕は一度も一本を取ったことがない。
まあ、数ヶ月、ちゃんと鍛えてきたサティに、稽古を始めたばかりの僕がかなうはずもないっていうのはわかるんだけどね。
男としては、やっぱり女の子にいいトコ見せたいワケで。
そんなワケで、僕はサティのお世話をしてるリタに相談したんだ。
そしたら、今日の街歩きに同行させるのを提案してくれて。
「――アルーっ! アレ! あのお水出てるのナニ!?」
「ああ、サティ様! 走ったら危のうございますよ!」
サティは中央広場にある大噴水に興味を示したようだ。
――連れてきて本当に良かった。
そう思いながら、僕も彼女達を追いかける。
「これはね、噴水って言うんだ」
太陽を模した円鏡を捧げ持った女神像を中心に、水柱が高々と噴き上がる中、僕はサティに説明する。
「あの像は太陽と法の女神テラリス様でね。
テラリス様は太陽の女神様だから、お天気も司っていて、この噴水は雨をマネてるんだって」
「へ~、アルってモノシリだねぇ」
サティの称賛に、僕は思わず顔が赤くなるのを感じた。
これまで話した貴族の子達も、よく僕を褒めてくれたけど。
なんていうのかな?
サティは自分が知らない事を知ってる僕を、素直に褒めてくれてるのがわかるんだ。
裏がない?
えっと……下心がない、だ。
サティは他の子と違って、真っ直ぐにキラキラした目で、興奮して顔を真っ赤にしながら褒めてくれるから、僕もその言葉を素直に受け入れることができる。
「神話って面白いんだ。
絵本じゃないけど、もし良ければ貸そうか?
ティアリス様の英雄選定のお話とか、すごく面白いよ」
「ホント!?
あたし、ご本好きっ!
リタが持ってきてくれるのは、いっつも絵本ばっかりでね。
おうちだと、小説読んでるから、そういうのもっと読みたいなぁって思ってたの!」
サティは、もう小説が読めるのか。
僕ももっと勉強して、置いていかれないようにしないと。
「じゃあ、明日、稽古の時に持っていくよ」
「あ、明日はねぇ、ダメなんだ」
残念そうに首を振るサティに、僕は首を傾げる。
「明日はおとさんが決闘する日だから、応援しにいかないとなの!」
「決闘? ノルド殿が?」
「うん、あのね――」
そうしてサティは、ノルド殿が決闘するに至った説明を始める。
「あ、お話が長くなるようですから、わたくしは飲み物を買ってきますね。
おふたり共、こちらに居らしてくださいね」
と、リタは周囲を見回し、こっそりついて来ている護衛達に目配せを送る。
いつもなら護衛はぴったりくっついているんだけど、リタが一緒だし、サティを緊張させたくなくて、今日は離れてもらっているんだ。
一緒に過ごしている間に気付いたんだけど、サティって知らない大人が苦手みたいだからね。
父上とは仲良しみたいだけど、それは父上がノルド殿に似てるからって言ってた。
小走りに屋台に向かうリタに手を振り、僕らは話を再開する。
「――それでね、そいつ、すっごくイヤなヤツなの!
おかさんを叩くし、あたしの事も、足を掴んで床にぶつけようとした!」
サティは拳を握り締めて、悔しそうに訴える。
「そんな! 大丈夫だったのかい!?」
「うん! おとさんが来て、ばーんってぶっ飛ばした!
それで、バルおじさんがアイツは悪いヤツだから懲らしめようって、おとさんと決闘させる事にしたの」
バルおじさんというのは、父上の友人のバルディオ殿の事だろうか?
どうやらサティの母上を巡って、ノルド殿と元婚約者が対立しているという事らしい。
「だからね、あたし、明日はお稽古お休みして、おとさんの応援しなくちゃなんだ」
僕と稽古できない事を残念がってくれているのか、サティはしょんぼり肩を落とす。
「――その……僕も、応援しに行って良いかな?」
途端、サティはまるで花咲くように表情をほころばせた。
「ホントっ!? なら、明日も会えるねっ!」
「うん!」
まるで僕の気持ちを映したみたいに、背後で噴水が高く高く噴き上がる。
――そんな時だった。
通りの向こうから悲鳴が上がり、物凄い勢いで中央広場に馬車が駆け込んで来た。
砂埃をすごく巻き上げたその馬車は、僕らの前で滑り込むようにして停まり――
「――護衛が来る! 急げ!」
革鎧を着込んだ男がふたり、馬車から飛び出してきた。
「ど、どっちだっ!?」
「時間がねえ! この際、両方だ!」
「わかった!」
と、片方の男が黒い棒のようなものを取り出して。
――バチン!
と、まるで木の板を打ち合わせたような音がしたかと思うと、急に身体から力が抜けて、僕は膝から倒れ込む。
もう一度同じ音がして、今度はサティが倒れた。
男達は、そんな僕らを小脇に抱えて馬車へと押し込むと、来た時と同じ勢いで馬車を出発させた。
「……サティ――」
僕はそう呟くのが精一杯で。
目の前が徐々に黒に染まっていく……
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