第4話 8
幾重にも折り重なり、延び繋がった魔道を辿り、切り替え、繋げ直していく。
魔芒陣や刻印の描画は得意なつもりだったけれど、これほどの規模の魔芒陣を書き換えるのは初めての経験。
「――ユリシア、ちょっと休憩にしようか」
アシスに肩を叩かれて、わたしは集中を解いた。
気づけば全身汗びっしょりで気持ち悪い。
顎から伝う汗を拭って、額に張り付いた髪を掻き上げる。
「はい、お水飲んで」
アシスは小さな両手を使って、器用に水筒からカップに水を注ぎ、わたしに手渡してくれた。
「ありがとう」
そう礼を言って一口含んで、わたしは一息つく。
「キミの集中力はすごいね。
ヒトの身でここまで制御術式を書き換えられるとは、ボクも思わなかった」
「あなたの指示のおかげよ。
わたしひとりじゃ、お手上げだったわ」
騎体と外装の魔道接続はできたと思うわ。
それは魔道器同士の連動刻印と同じ方式だから。
でも、今やっている作業は騎体の挙動に合わせて、外装が独自に動くようにするもので。
そうすることで兵騎は、外装の重量にバランスを崩されることなく行動できるようになるらしい。
素体の制御術式と外装の制御術式。
ふたつの術式を独立させて、それでいながら干渉することなく連動させる。
「現代の魔道技術では、こんなのムリだもの」
この術式が一般化されたら、兵騎の運用は一変すると思うわ。
今の兵騎の挙動は、素体の上から頑丈な外装を被せたもので、その動きはひどく鈍重。
例えるなら、前世の重機みたいなものね。
動作と動作の間に、どうしても間が生まれてしまうの。
外装の重さに振り回されない為に、挙動にブレーキをかける必要があるのよ。
でも、この制御術式が搭載されたなら、外装が独自にバランスを調整するようになるから、より滑らかに、人に近い動きができるようになるはず。
特にウチの騎体は、素体だけなら人以上の騎動をするんだもの。
それを損なわない為の外装と制御術式ってわけ。
「確かに現代技術じゃムリだろうけどね。
いずれヒトは気付いていたはずだよ。
連動用のポートも、ベーススフィアも、ユニバーサルアームの基礎機能として搭載されてるはずだからね」
「ベーススフィア? ユニバーサルアーム?」
アシスが時々漏らす単語は、どこかSFめいた響きを帯びているのよね。
サティを見つけた遺跡を探索した時も思ったけど……この世界の古代文明は、地球より遥かに進んでいた技術水準にあったように思えるのよ。
首を傾げるわたしが単語を理解できていないと考えたのか、アシスは両手を打ち合わせて言い直す。
「え~と――外装連動用の制御術式は、一般的な兵騎には標準搭載されてるんだ。
ただ、今の魔道技術のレベルが低すぎるんだよね。
それにアクセスできてないんだ」
と、アシスは空になったカップに、おかわりを注ぎながら続ける。
「宮廷魔道士の人達でさえ、発掘魔道器の刻印を理解しきれてないみたいだしさ」
水筒を床に置いて、不満そうに両手を組むアシスに、わたしは思わず苦笑。
アシスが描いた刻印の図面を見た魔道士達は、それを理解できずに。
「この飾り模様は削除した方が効率的では?――なんて、ドヤ顔された時は、思わずぶん殴ってやろうかと思ったよ」
アシスが言うには、その飾り模様に見えた部分は、修飾詞という刻印の効率を増強させる為の部分で。
「まあでも、アレでボク、今の魔道士の技術レベルを把握したんだよね」
多くの遺跡が現役であった時代に比べて、現代は多くの魔道技術が失伝してしまっているらしい。
「こうなったらさ、ユリシア。
ボク、キミに教えられるだけの魔道技術を教えるから、知識チートしちゃおうぜ?」
「そんな事をしたら、今の平穏な生活が壊れちゃうじゃない。
あなた、サティを守る為にいるんでしょう?」
「え~? キミら、もう十分波乱万丈じゃないか。
それにキミが魔道技術を発展させたら、サティの生活だって、より豊かになると思うよ?」
「サティが喜ぶってのは魅力的な提案なのだけどね。
人間、身の丈に合った生活で十分なのよ」
極端な技術革新が無用な争いを呼ぶことを、わたしは前世の歴史でよく知っている。
「いやいやいや! 身の丈って言うなら、それこそキミら家族はもっと良い生活すべきだからね?
なんで辺境の開拓村に埋もれてるのか、ボク、理解できないんだから!」
「性に合ってるのよ」
「……ホント、理解できない」
アシスはそう言うけれど。
実際のところ、わたしにもそうとしか言えないのよね。
村での生活は、王都で暮らしてた時に比べて、すごく充実してるもの。
確かに暮らしは、王都より大変だけど。
わたし達を受け入れてくれた村のみんなと、協力し合って村を豊かにしていく生活は――この三年間は、すごく暖かで、かけがえのない思い出だわ。
すべてを無くしたわたしが手に入れた――ピッカピカの宝物……
それを与えてくれたノルドとサティには、感謝してもし切れない。
そんな宝物が……また、リオンによって奪われようとしているのが赦せない。
「……ねえ、アシス……」
わたしの声色が変わったのに気付いて、アシスは瞬きして首を傾げる。
「……ノルドは勝てるわよね?」
敏感にわたしの不安を感じ取ったのか。
アシスはつぶらな瞳を笑みの形にして、自分の胸を叩いたわ。
「安心しなよ。<
そりゃ、ノルドは正規リアクターじゃないし、外装も間に合わせのでっちあげだけどさ。
それでもロジカルウェポンがユニバーサルアームに負ける事なんてありえないよ」
よくわからない単語が混じっているけれど、アシスが自信満々なのはわかる。
でも……
「……嫌な……予感がするのよね……」
あの小狡いリオンが、真っ正直に決闘を受けるものだろうか。
過去の事を思えば、そんな事はありえないように思えてしまうのよ。
そもそもそんなまっとう人なら、今回のような騒動は起きていないはずだもの。
決闘以外のところで――なにか卑怯な手を使ってくるような気がしてならない。
「でも、ここの警備も万全だし、キミ、今日はここに泊まり込むつもりなんでしょ?
騎体に小細工はできないよね?」
「そうよね……」
でも、わたしの予感は、当たって欲しくない時に限って当たるのよ。
なにか見落としているような……
そんなわたしの肩を叩いて、アシスは苦笑。
「いよいよ明日が決闘だからね。
キミ、ちょっと神経質になってるんだよ。
さ、作業を再開しようか。あと少しで完成だ」
「ええ、そうね……」
そうしてわたしは、座った鞍に魔道を通し、再び周囲に多重魔芒陣を展開する。
指先に通した魔道で、魔芒陣の刻印を書き換えて。
やがて作業に集中した思考は、抱いていた不安を薄れさせて。
要所でかけられるアシスの声だけを聞きながら、繊細で緻密な魔芒陣を書き換えていく。
そうして時間の感覚さえ忘れて。
「――よし、あとは……」
正面にある魔芒陣の基部に、アシスが額にある青い結晶を触れさせる。
細かく明滅した結晶に反応したように、魔芒陣もまた脈動を始めて。
「――これで完成だ。お疲れ様、ユリシア」
「ええ、ありがとう」
わたしは深い吐息で、後の壁にもたれかかる。
やりきった満足感に、思わず笑みが溢れる。
開け放ったままの内壁から、騎体の外に目を向けると、工廠の入り口から見える空は、わずかな赤みを残して、ほとんど黒に染め上げられていた。
「あとは見直し点検くらいだし、夕食にしましょうか」
そう告げて、わたしはアシスを抱えあげて、鞍から外に這い出る。
固定器の階段を伝って地面に降りて、警備の衛士に声をかけてから、食堂に向かおうとしたところで。
「――ユリシア様っ!」
メイドさんが息せき切らせて、工廠に駆け込んできたわ。
いつもサティの面倒を見てくれている、リタさんではなく、彼女と同じ年頃のメイドさん。
そうして、息も絶え絶えに告げた彼女の言葉に、わたしは言葉を失った。
「――サティちゃんが……行方不明ですっ!」
★――――――――――――――――――――――――――――――――――――★
ここまでが4話となります。
4話と5話は繋げてひとつのお話になるようにしてみました。
――ルキウス一家に襲いかかる災難。
無事、乗り越えられるのかっ!?
「面白い」「もっとやれ」と思って頂けましたら、作者の励みになりますので、どうぞフォローや★をお願い致します~
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます