第4話 7

 リオン・カッソールは決闘の申し入れを受けた。


 いかに公爵家といえど、枢密院を経由しての申し入れだ。


 断るワケにはいかなかったんだろう――ってのが、バルディオの推測だ。


 そうして俺とユリシアは、枢密院や魔道局の助力を得ながら、王城内の工廠を借りて兵騎の改修を始めたんだ。


 改修そのものは、ユリシアを中心とした城の鍛冶士や魔道士達が担っているんだけどな。


 兵騎ってのは着用者の感覚に合わせる必要があるから、調整の為に俺も手伝ってるってワケよ。


 これが結構な手間でな?


 ただでさえ凝り性な鍛冶士や魔道士達だから、ユリシアの――正確にはアシスの発案なんだが――新刻印理論に夢中になっちまってさ。


 それならコレもアレもって、色々と試そうとするんだ。


 そのたびに俺は兵騎と合一して、感覚を報告して――


 ここしばらくは、ずっとそんな毎日だったよ。


 そうして、いよいよ明日が決闘の当日という段になって、ようやく俺は解放された。


 あとはアシスがユリシアに指示して、騎体の制御術式と外装刻印の連結をさせるだけなんだとさ。


 制御術式に関しては、おいえの極秘という事で、基本的には外部の者には触れさせないから、宮廷魔道士達も素直に引き下がったよ。


 兵騎から降りた俺は、鞍上で肩にアシスを乗せて術式刻印を操作しているユリシアを見上げる。


 球形の魔芒陣が幾重にも展開されて、あいつの姿を包み込んでいる。


 描き出された魔芒陣は、まるで前世で見た家電の回路のようだ。


「……あいつ、あんなのよくいじれるよなぁ……」


 俺にはさっぱりだ。


 アシスの助言があるとはいえ、魔芒陣や刻印に対する高度な知識がなければ、助言そのものを理解できないだろう。


 見上げた騎体は、いまやすっかりアシスの設計図通りで。


 肩から二の腕を覆う、丸みを帯びた肩甲は逆雫型で、先端を刺突にも使えるようになっている。


 腰甲も同様に流線型で、一見するとバランスが悪いようにも見えるんだが、アシスが言うには内側に刻んだ刻印で、自動で姿勢制御してくれるんだとか。


 頭部を飾る額甲は鬼属を彷彿させる短い二本角が生えてて。


 それでいて、その周りを縁取る飾りはティアラのような繊細な造り。


 ガサツなおっさんである俺が乗るには、ひどく女性的で不釣り合いとも言えるデザインだが、元々この騎体はサティの為のものだしな。


 いずれあいつが着用するって考えれば、良いデザインだと思う。


「さて、それじゃあ、ちょっと早いがサティを迎えに行くかね」


 ここのところ、ずっと城に預けっぱなしだったからな。


 まだ昼過ぎだが、久々に一緒に過ごすのも良いかもしれない。


 そう思って、騎体から離れようとしたところで。


「――おとさ~んっ!」


 当のサティが、工廠に飛び込んできた。


「サティ!? おまえ、どうして?」


 胸に飛び込んでくるサティを抱え上げると、わずかに遅れて普段、サティの面倒を見てくれているメイドのリタ嬢がやってくる。


「ノルド様、お仕事中、申し訳ありません」


 リタ嬢は走ってきたのか、荒い息でそう告げて。


「私では判断できなかった為、ノルド様かユリシア様の、許可を頂きたかったのです」


 と、それだけを告げて、ぜいぜいと呼吸を整える。


「どういう事だ?」


 サティに尋ねると。


「んとね、アルと一緒に街に行っても良い?」


「アル? そういや、城で仲良くなったヤツがいるって言ってたな。

 騎士見習いだっけか?」


 このところ忙しくて、迎えに行く頃には、サティはすっかり眠ってしまってたんだ。


 顔を合わせるのは朝食から城に着くまでくらいで、寂しい思いをさせてると思ってたんだが、城で仲良くなったヤツがいるって聞いて安堵していた。


 確か一緒に騎士の訓練所で鍛錬し始めたって言ってたっけ。


「ん~ん。アルは騎士じゃないよ?」


「あ? でも、一緒に鍛錬してるんだろ?

 騎士じゃなきゃ――」


 と、そこで俺は言葉を途切れさせる。


 工廠の入り口にやってきた人物を見つけたからだ。


「――サティは足が早いんだな」


 その人物は、サティと同じくらいの男の子を抱えて、闊達に笑いながら工廠内に踏み込んできた。


 よく鍛えられた体躯に、短く刈り上げられた金髪。


「――シリウス殿下っ!?」


 俺は慌ててサティを下ろして、その場に跪いたよ。


 ――シリウス・エド・ルクソール。


 このルクソール王国の第二王子だ。


 貴族の中でも下っ端から二番目の俺が、おいそれと会える人物じゃない。


 だが、殿下はかしこまる俺の前までやってくると。


「よい、楽にしろ<獣牙>殿。

 俺は兄上と違って、そういうのは苦手なんだ」


 と、冒険者時代の二つ名で、殿下は俺を呼んでくる。


「それに兄弟子を跪かせたままというのも、弟弟子としてはバツが悪い」


 と、殿下は俺の手を掴んで立たせると、そう言って苦笑して見せる。


「――兄弟子、ですか?」


「アールベイン師匠に剣術を習ったのだろう?

 今でも師匠は、ことある毎におまえの名前を出すぞ。

 一度、話してみたいと常々思っていたんだ」


「それは――恐縮です……」


 ホント、なにやってんだ、あのおっさん!


 俺の事、弟子扱いしてたのかよ!


 しかも殿下に自慢って……


「それで……その、殿下はなんでこちらに?」


 まさか、俺なんかと話をする為だけに来たとは思えない。


 いや、思いたくない。


 俺がそんなご大層な人間じゃないのは、自分自身がよくわかってんだ。


「おお、そうだ。おまえと話したいというのもあったが――」


 あるのかよっ!


 つっこまなかった俺を褒めてくれ。


 俺のなにが、そこまで殿下の琴線に触れたんだ?


「まあ、それはひとまず置いておいて、まずは子供達の件からだ」


 と、殿下は抱えていた子供を床に下ろす。


「ほれ、アル。挨拶だ。

 憧れの<獣牙>殿だぞ」


 と、その子供は殿下に背を押されて、ピンと背筋を伸ばす。


 ああ、この子がサティが言ってたアルか。


「ははは、はじめまして! ア、アア、アルベルトです!

 <獣牙>殿、ごこーめいはかねがね!

 お、お会いできて光栄です!」


 きっと一生懸命練習したんだろう。


 幼いながらも、しっかりとした言葉で紡がれた挨拶に。


「こちらこそ光栄だ。

 でも、<獣牙>はよしてくれ。

 今は騎士のノルド・ルキウス、な」


 俺は膝を折って目線を合わせ、彼の頭を撫でながら片目をつむって見せる。


「――ちなみに俺の子だ」


 と、シリウス殿下の言葉に、アルベルトの頭を撫で回していた俺の手が固まる。


「しっ、失礼致しました!」


 途端、シリウス殿下は大爆笑し、アルベルト――殿下は顔を真っ赤にしながら左右に首を振る。


「いえっ! その……すごく嬉し、かったです!」


 両拳を握りしめて、興奮気味にそう告げるアルベルト殿下。


 とはいえ相手は王族だ。


 それもリオン・カッソールのような傍系の端っこじゃなく、現陛下の孫。


 どうしたって、俺の表情は引きつってしまう。


「アルもね、おとさんみたいな騎士になりたいんだって」


 おい、サティ。


 おまえはなんで殿下を愛称呼びなんだ……


 というか、なんでシリウス殿下と知り合ってるんだよ!


 目線で訴えるが、サティには伝わらなかったようで。


「それでね、おとさん。

 今日はアルが街を案内してくれるっていうの。

 あたし、王都を見たことないから」


「普段、鍛錬の相手をしてくれる礼だそうだ。

 さすがに幼子を親の許可なく連れ出すわけにもいかないからな。

 それでこうして、足を運んだというわけだ」


 リタ嬢に顔を向けると、彼女はコクコクとうなずく。


「ご、ご迷惑なのでは……」


「いや、元々、アルの社会教育の為に城下を回らせる予定だったんだ。

 サティを誘ったのは、そのついでだな。

 アルとしても、護衛に囲まれているより、友人と一緒の方が良いだろうからな」


 シリウス殿下はアルベルト殿下の頭を撫でながら、優しい親の目でそう告げる。


「ね~、おとさん。行ってい~い?」


 俺の手を取って左右に振りながら、サティは俺を見上げる。


 思えばサティは、これまでこんなおねだりなんてした事なかったっけな。


 初めてのおねだりと思えば叶えてやりたいが……


「この際、身分など気にすんな。

 俺とサティは友人だし、アルとサティはマブタチだぞ?」


 俺に合わせてなんだろう。


 あえて庶民言葉を使ってみせるシリウス殿下に、俺は深々とお辞儀する。


「――娘をよろしくお願いします」


「騎士から護衛を出すから任せておけ」


 そうしてシリウス殿下は、俺の肩を叩いて笑う。


「行っていいの?」


 首を傾げるサティに。


「ああ、楽しんでこい」


 俺が笑みを浮かべながらそう応えると。


「やった~! アル、行ってもいいって~!」


 サティは飛び跳ねながら、アルベルト殿下に抱きついた。


「ちょっ!? サティ、そういうのはお父さん、ちょっと早いと思うぞ!?」


 慌てて手を伸ばしたんだが、その手はシリウス殿下に阻まれる。


「まあまあ。子供同士の事にそんな目くじらを立てるな。

 それよりノルド。

 これからちょっと話せるか?

 おまえの武勇伝、ぜひ聞かせてもらいたいんだ」


「いや、殿下!? ですが……」


 サティは歓声をあげながら、リタ嬢とアルベルト殿下の手を引っ張って、工廠を出て行こうとしている。


「まあまあまあ、子供の事だ。子供の事。

 ……将来はどうなるかわからんがな……」


 含みのあるシリウス殿下の呟きに、俺はサティに追いすがる。


 だが、俺の腕を掴むシリウス殿下の力は思いの外強く。


「さあ、ちょうど今ならサロンが空いているはずだ。

 一杯やりながら、話すとしよう。

 俺、侵災調伏の時の話をぜひ聞きたかったんだよ。

 バルディオからの又聞きしかできてなかったからな!」


「――サティーっ!」


 俺の叫びが工廠に響き渡る。


 殿下はゲラゲラ笑いながら、俺を引きずって。


 こうして、俺はこの日――信じられない事に――シリウス殿下と交友を持つことになったんだ……

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