第4話 6

 その日から、あたしは毎日訓練場に行くようになった。


 シリウス殿下が来るのはだいたい午後からだから、午前中はメイドさんとお勉強。


 あたし、文字を読む事はできるんだけど、書くのはまだちょっぴり苦手だったから、書き取りの練習を始めたんだ。


 算術も掛け算を教わってる。


 足し算引き算は、二桁までならもうできるからね。


 メイドさん、驚いてたなぁ。


 そうしてお昼を食べたら、あたしはメイドさんと一緒に訓練場に向かう。


 シリウス殿下は最初の日にしてくれたみたいに、あたしが素振りを終えると、打ち込みの相手をしてくれるんだ。


 おとさんの訓練だと、ロット相手に組み打ちの練習もするんだけど、殿下との訓練だと相手がいないから、それができなくてちょっぴり不満なんだよねぇ。


 そんなサイクルにも慣れてきたある日。


「――サティ! 今日は俺の息子を紹介しよう!」


 あたしが訓練所に行くと、シリウス殿下はそう言って、ひとりの男の子を紹介してくれた。


 殿下と同じ金髪青目のちっちゃな男の子。


 背はあたしの方が少しだけ大きいかな?


「シリウス殿下の息子って事は――アル?」


「そう。アルベルトだ。

 今日から一緒に訓練するから、仲良くしてやってくれ」


 シリウス殿下はそう言って、あたしの方にアルを押し出す。


「あたし、サティ・ルキウス。アル、よろしくね!」


「あ、アルベルト、です。

 ……よろしく」


 アルは恐る恐るといった感じで、あたしが差し出した手を握る。


 握手したから、もうお友達!


「アルはいままでビビって、剣術の訓練したがらなかったんだ。

 でも、サティが――同い歳の女の子だってやってるっつったら、ようやく興味を示してくれてな」


「――ち、父上!」


 アルは恥ずかしそうにシリウス殿下を見上げて、顔を真っ赤にした。


「あ~、最初は怖いよね。

 あたしも初めて騎士ごっこした時、ロットが棒振り回して怖かった」


「サティも? そうだよね? 痛そうで怖いよね?」


「でもね、おとさんがちゃんと訓練すれば、やられっぱなしにならないって教えてくれたの。

 だからあたし、おとさんに剣術教わる事にしたんだ!

 アルもちゃんと鍛錬すれば、痛いことなんてないよ!」


 あたしが両手を広げて力説すると、アルは驚いたみたいに目を丸くして。


 それから優しい笑みを浮かべて、大きくうなずいてくれた。


「――な? 面白えヤツだろ?

 それにサティの鍛錬は、<獣牙>仕込みで理に叶ってる。

 試しに一緒にやってみろ」


 シリウス殿下に肩を叩かれて、アルは再度うなずく。


「はい!」


 そうしてあたしはいつものように、準備運動から始める。


 アルも見様見真似で同じように準備運動をして。


 メイドさんが言ってたけど、これ、最近だと騎士さん達も訓練前にやるようになったんだって。


 適度に身体がほぐれて、鍛錬の時に怪我しにくくなったとかなんとか。


 あたしはおとさんに教わっただけなんだけどね。


 やっぱり、おとさんはすごいんだ。


 それから素振りを始める。


 中段三十回まではアルも一緒にできてたんだけど、そのまま上段に移ろうとしたら。


「ま、まだ続けるの!?」


 アルがぜぃぜぃ言いながら、驚きの声をあげた。


「あ、そっか。アルは初めてだから、連続だとキツいよね。

 ちょっと休憩にしよっか」


 ロットもそうだったよ。


 あの時、おとさんは休憩にしてた。


「アハハ。アルはまず筋力を鍛えるトコからだな」


 シリウス殿下が笑う。


「シリウス殿下、笑っちゃダメ!

 最初から、なんでもできる人なんていないんだよ?

 こういうのは積み重ねだって、おとさんが言ってた」


「おっと、そうだな。

 アル、悪かった。

 明日から体力づくりの為に、朝、一緒に走るか?」


「――父上と一緒に!? はい! ぜひ!」


 シリウス殿下の提案に、アルは嬉しそうにうなずく。


 休憩と聞いて、メイドさんが水と手拭いを持ってきてくれた。


 あたしとアルは、訓練場の隅の方に座って、喉を潤す。


 その間も、あたしは魔法の訓練の為に、全身に魔道を巡らせていて。


「んん? サティ、おまえ、なんか魔法使ってるか?」


 気づいたシリウス殿下が不思議そうに訊ねてくる。


「喚起はしてないよ。

 身体強化の訓練になるから、魔道器官から魔道を循環させてるの」


「おまえ、身体強化できるのかっ!?」


「おとさんに教わったの。ロットもできるよ」


 ロットの事はこの何日かで、シリウス殿下にも教えたんだ。


 一緒に訓練してる村の子だって。


「……おまえやロットがすごいのか、<獣牙>の教え方が上手いのか……」


「ん? 魔法の教え方は、おとさんへたっぴだよ?

 いっつもどーんとかぐぐっととか、ばーってやれとかばっかりで、よくわかんないの」


 おとさんの教え方を思い出して、あたしはクスクス笑う。


「じゃあ、おまえは誰に魔法を教わったんだ?」


「おかさんだよ。おかさんはねぇ、村のみんなの先生なの。

 みんな、おかさんに魔法を教わって、便利になったって言ってた」


「――開拓民に魔法を教えてるのか!?

 ……やべえな、ルキウス夫妻……」


 シリウス殿下の言葉に、あたしはちょっと不安になって。


「……おとさんとおかさん、悪い事してる?」


 あたしが恐る恐るそう尋ねると、シリウス殿下は慌てて首を横に振った。


「いや違う! そうじゃない!

 学園にすら行っていない開拓民――村の人に、魔法を理解させて使えるように教えてるのがすごいって話だ。

 ――悪いことじゃない!」


「……そっか、よかったぁ」


 思わず安心のため息をついて。


「そうなの! おかさん、すごいんだよ!

 魔法だけじゃなくてね、お勉強とかマナーとか、ダンスも!

 今度からクラウちゃんの先生もするんだって!」


 おかさんが褒められて、あたし、わくわくっ!


「クラウちゃん?」


 アルが不思議そうに首を傾げた。


「あたしのお友達!

 クラウちゃんはねぇ、お姫様ですごくキラキラなんだよ!」


「――ダストール辺境伯の娘だ。

 アルのひとつ上だったはずだが……

 そうか、家庭教師の後任はルキウス夫人に任せる事にしたのか」


 シリウス殿下はアルにそう説明して、手に拳を落とした。


「アル、おまえも魔道を教わってみるか?」


「え? でも先生達は、僕には魔法はまだ早いって……」


「サティだって魔法を教わってるだろう?」


「うん! 身体強化と、お水出すのと、風をびゅ~ってするのと、土をもりもり~ってするのを喚起できるよ。

 本当は光出したり、火を出したりするのも使えるけど、そっちは危ないから、まだ喚起したらダメって言われてるんだよね……」


 あたしの説明に、シリウス殿下はなんか引きつった笑い方してる。


「ま、まあ……実績はあるってことだな。

 アル、おまえにやる気があるなら、ルキウス夫人に頼んでみるが、どうだ?」


 シリウス殿下に訊ねられて、アルはチラチラとあたしを見て。


「魔法の勉強するって言ったら、サティにまた会える?」


 アルの顔は、なぜか真っ赤で。


「……はは~ん」


 シリウス殿下は顎を撫でてニヤニヤ。


「良いだろう。それも含めて頼んでやるよ」


「じゃあ、やる!」


 アルは嬉しそうにシリウス殿下にうなずいた。


「剣も魔法も頑張る!」


「お~、アルがやる気になった!

 じゃあ、どっちが強くなれるか競争だね!」


 あたしが手を差し出すと、アルは恥ずかしそうにしながらも、握り返してくれたんだ。

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