第4話 5
なんかよくわかんないけど、おかさんがお城でお仕事する事になった。
おうちの兵騎をパワーアップさせる為なんだって。
あたしは朝、おとさんとおかさんと一緒にお城に来て、ふたりとは別のお部屋で待つことになった。
アシスもおかさんのお手伝いをする事になったから、あたしはお部屋でお留守番。
クラウちゃんが一緒に来てくれる事もあるんだけど、今日はお茶会に招待されてるとかで、一緒じゃないんだ。
待ってる間、メイドさんがご本を持って来てくれるんだけど、絵本ばっかりですぐに読み終わっちゃうんだよねぇ……
おうちにあるような、小説とか持ってきてくれたら良いのに。
たぶん、あたしがちっちゃいから、読めないと思ってるんだよね。
今日も絵本を読み終わって、あたしはため息をつく。
「退屈かしら?」
お世話をしてくれるメイドさんが尋ねてきて、あたしは素直にうなずく。
「ご本、読み終わっちゃったし。
村だとね、晴れた日はお外で遊ぶんだよ?」
「へえ、サティちゃんはどんな事して遊んでるの?」
「いろいろかなぁ。
かけっことか、かくれんぼとか――騎士ごっこや冒険者ごっこもするよ」
ミィアお姉ちゃんとふたりだけの時は、お茶会ごっことかおままごともするけど、みんな一緒の時は、だいたいそれが定番。
「ん~、ここでかけっこやかくれんぼは無理そうねぇ。
あ、でも騎士ごっこが好きなら、騎士様の訓練を見せてあげる事はできるわよ?」
「ホントっ!?
見たい、見たい!
ウチのおとさんも騎士なんだよ?
それもね、すんごく強いの!」
あたしの言葉に、メイドさんは優しい笑顔で笑ったよ。
「ええ、知ってるわ。
<獣牙>のノルド・ルキウス様――元勇者パーティの剣士様ですもの」
「……じゅーが?」
「ノルド様の二つ名よ。
繊細な太刀筋でありながら、力強くしなやかな戦い方から付けられたと聞いてるわね。
二つ名って、よっぽど強くないと付けられないのよ?」
「へぇ~……」
そこであたしはふと思い出す。
「ねえ、ロートスの鉄拳っていうのも有名?」
ダストアのお城で、おかさんが先生に言ってたヤツ。
あれも二つ名ってヤツだと思うんだよね。
途端、メイドさんは吹き出して、顔をそむけた。
「サ、サティちゃん、それ……お母さんに言っちゃダメよ?
たぶん、は、恥ずかしい呼ばれ方だと思うから」
「そうなの? あたしはカッコイイと思うんだけどなぁ」
首を傾げるあたしに、メイドさんは笑いをこらえながら外套をかけてくれて。
「それじゃあ、行きましょうか。
今の時間なら、ひょっとしたらシリウス殿下――第二王子もいらっしゃるかもしれないわ」
そう言って、メイドさんはあたしを抱き上げて部屋を出る。
お城は広いから、移動は基本的に抱っこなんだよね。
ここの廊下だけでも、端から端まで村を横切るよりずっと長いの。
バルおじさんのお城も広いって思ったけど、ここは王様のお城だけあって、もっともっと広いんだ。
途中、何人かの人とすれ違って。
お城に子供がいるのが珍しいのか、みんな笑顔で手を振ってくれたんだけど。
あたし、知らない大人の人はちょっと怖いんだよね。
メイドさんに抱きついて、顔を隠しちゃった。
「ほら、サティちゃん。着いたわよ~」
そう言ってメイドさんは、あたしを地面に下ろす。
「お~、騎士さんいっぱいっ!」
バルおじさんのお城にいた騎士さん達より、ずっとずっと多い。
みんな皮でできた鎧をつけて、剣とか槍で打ち合いしてる!
「兵騎もいるっ!」
向こうの方では、たくさんの兵騎も打ち合いしてて、あたしはすっかり大興奮!
「ね、ね! あたしも! あたしもやりたいっ!」
「や、やりたいって、訓練を?」
「そう! 王都に来てからね、朝の鍛錬できなくてつまんなかったの!
少しだけ! 素振りだけでも良いから!」
「えぇ……」
「邪魔にならないようにするから!」
メイドさんは困ったように、辺りを見回して。
「――こんなところに子供とは、珍しいな。どうした?」
そんなメイドさんを見かねて、騎士さんのひとりが声をかけてきた。
「こ、これは――シリウス殿下!?」
……騎士さんじゃなかったみたい。
メイドさんが慌てて膝を折った。
シリウス殿下って、さっきメイドさんが言ってた第二王子様だよね?
王子様って事は、バルおじさんより偉い人……
そう思いついたあたしは、メイドさんの横で、おかさん仕込みのカーテシー。
「お初にお目にかかります。
騎士ノルド・ルキウスの娘、サティ・ルキウスです」
「――サ、サティちゃん!?」
驚くメイドさんをよそに、シリウス殿下は目を丸くして、それから笑い出した。
「これはご丁寧に。
そうか。<獣牙>の娘を城で遊ばせてるって言ってたな……
俺はシリウス。第二王子だ」
そう言いながら、シリウス殿下はあたしの頭を撫でてくれた。
「それでどうした?」
「そ、それが……」
「シリウス殿下、あたしも訓練させてください!」
あたしは拳を握って、殿下に訴える。
「――と、いうワケなのです」
メイドさんが困ったように、シリウス殿下に告げて。
「邪魔にならないように、素振りだけでも良いの!」
あたしはそう言い募る。
「ふむ。別に構わんだろう。
よし、サティ!
俺がおまえの剣を見てやろう。ついてこい!」
「ホントっ!? やったぁ!」
あたしはシリウス殿下の後をついていく。
少し歩くと、剣や槍がたくさん入れられた箱が置かれていて。
「――丁度、アルベルト用の模擬剣がある。
ほら、これだ。使うと良い」
と、手渡されたのは、子供用で、あたしにぴったりな長さの模擬剣。
「おー、カッコイイ!」
村での訓練は、おとさんが木を削って作ったやつだったんだけど、これはちゃんとした鉄でできてる!
頭上に掲げて見せると、シリウス殿下は吹き出した。
「アルベルトもおまえくらい、剣術に熱心だと良いんだがなぁ」
「アルベルトって誰?」
「俺の息子さ」
「王子様の子供? なんて呼べば良いのかな?」
首をひねるあたしに、シリウス殿下はまた笑う。
「おまえ、変な事を気にするやつだな。
……ん~、まあ俺はいずれ臣籍に下るつもりだし、気軽に名前で良いんじゃないか?」
「アルベルトって、言いづらい……」
舌がついてこないんだよね。
「じゃあ、特別におまえはアルって呼んで良いぞ」
「ありがとう、シリウス殿下!」
「おうよ!」
そうしてわたしは、準備運動を始める。
本当は走り込みもしたいんだけど、今走り回ったら、騎士さん達の邪魔になっちゃいそうだから、我慢がまん。
その代わり、準備運動は念入りに。
そうして、いつものように構えて素振りを始める。
型をなぞって中段から初めて、上段、下段、それぞれ三十回ずつ。
それから相手をイメージしながらの、無型の素振りをしてたら。
「――ふむ。
サティ、おまえ、いまいくつだ?」
「ん? みっつだよ?」
「――三歳っ!? アルベルトと同い歳か!
剣は<獣牙>――お父さんに教わったのか?」
「うん。誕生日から教わり始めたの。
あたしね、おとさんみたいな、強くてカッコイイ騎士になるんだ~」
応えながら、あたしは素振りを続けていると。
「……さすがは<獣牙>の娘という事か……」
シリウス殿下はそう呟いて。
「なあ、サティ。
おまえ、明日も来るか?」
「来ても良いのっ!?」
「ああ、いいぞ。
俺はだいたい、いつもこの時間に居るからな。
しばらく相手してやるよ」
「やったーっ!」
両手を挙げて喜ぶあたしの頭を、シリウス殿下は撫でくりまわす。
おとさんみたいな撫で方で、不思議とイヤじゃなかった。
「よし、それじゃ次は打ち込みしてみるか?」
「――はいっ!」
模擬剣を構えたシリウス殿下に、あたしは元気よくお返事して、模擬剣で打ちかかった。
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