第4話 4

 ――決闘。


 それは最小単位の戦の形。


 特に騎士同士の場合は、お家同士の威信を賭けて行われる一種の儀式といっても過言ではないわね。


 だから、生身で行われる事はほとんどなく、お家伝来の兵騎――継承騎を用いて行われるわ。


「――カッソール公爵家の騎体は、継承戦争にも投入された王騎の随伴騎なのですよ!?」


 わたしはバルディオ様の宣言に、思わず反論したわ。


 いくらウチの騎体が古代騎とはいえ、カッソール家の騎体もまた、継承戦争時代――百年ほど前に王家に献上された古代騎のひとつ。


 それも王が駆る王騎の直掩を任されるほどの騎体よ。


 一方、ウチの騎体は外装すら整っていない有様。


「まあまあ。

 さっきも言ったけどね。

 枢密院としては、君らに勝利してもらいたいんだ。

 だから、全力でサポートするつもりさ」


 と、バルディオ様は懐から数枚の書類を取り出して、振ってみせたわ。


 それは先日、ノルドが彼に渡したウチの騎体の改修図面で。


「コレさ、各所に刻印を刻んであるだろう?」


 そういえばアシスが図面を書き起こしている時に、現代魔道の刻印技術についていろいろ質問されたわね。


 現代の技術で可能か不可能か。


 同様の刻印を持つ騎体は存在するか、とか。


 ――あまり突出しすぎると、今度は騎体を誰かに狙われちゃうかもしれないからね。


 アシスはそう言っていたのだけれど……


「――装甲の鍛造までは、ウチの鍛冶士達でもどうにかなったんだけどね。

 刻印は正直お手上げでね」


 ――アシスっ!


 あの子がわたしの言葉をどう解釈したのかはわからないけれど、ダストール家お抱えの鍛冶士がお手上げということは、十分に突出している部類って事になるわ。


「ユリシア嬢、この刻印は君の設計かい?」


 ノルドや村の人間に、刻印なんて描けるわけがないものね。


 当然、わたしが考えたと思うでしょう。


 差し出された図面を受け取り、急いで目を通す。


 ――ああ、なんてこと。


 確かにこれは鍛冶士達がお手上げって言うはずよ。


 ひとつの陣図内に、複数の陣が連動配置されてて、それが干渉しあわない為の陣まで刻まれてる。そしてそれがまた、隣の陣と連動するように配置されていて……


 昔、魔道器の小型化の為に試行錯誤していたから、わたしはかろうじて描かれた刻印の内容が理解できたわ。


 これは


 装甲内部の曲面を利用して、なんて発想できる人は、恐らく宮廷魔道士にすら、いないんじゃないかしら。


 わたしは冷や汗が背筋を伝うのを感じながら、ソファでぬいぐるみのフリをしているアシスを見たわ。


 あの子はわたしの視線に気づいて、こっそりと肩を竦める。


 ――可能って言ったじゃないか。


 つぶらな瞳がそう訴えているようで、小憎らしい。


 ええ、ええ。確かに個々には可能って答えたわ。


 でも、問題は描き方なのよ!


 刻印というのは、法理を理解した上で刻まなければ喚起できない、ただの模様になってしまう。


 鍛冶士達が匙を投げたのは、理解できなかったからよ。


 まさかこんな刻印を設計するなんて、思わないじゃない!


「そんなわけで、困った私は枢密院経由で魔道院にこれを持ち込んでみたんだ」


 ああ……嫌な予感がするわ。


「みんなすごく乗り気になってくれてね。

 君にもぜひ話を聞かせて欲しいそうだよ」


 ……やっぱり。


 学生時代にアルバイトを斡旋してもらってたから、魔導院の事はよく知ってるわ。


 あそこで働いている宮廷魔道士達は、良く言えば仕事熱心――悪く言えば、魔道の研究にしか頭にない魔道バカよ。


 はっきり言って、頭おかしい連中なのよ!


 こんなの見せられて、食いつかないワケがないわ。


「――話を戻すけど、そういうワケで君らの騎体は魔導院全面支援で改修される事になった。

 彼らは王騎の近代改修にも携わってるからね。

 決して力不足ってことはないだろう。

 ま、大前提として、君が指揮を執ってくれる必要があるけどね」


 尋ねるように首を傾げるバルディオ様。


 わたしは隣に立つノルドを見上げたわ。


 実際に戦うのは彼だもの。


「……ノルドは――わたしみたいな素人が騎体をいじるのはイヤじゃない?」


 細かいところは、アシスに訊ねながらやっていく事になるだろうけど。


 たぶん教われば、わたしはあの刻印の法理を理解きると思うわ。


 けれど宮廷魔道士が必要になるような技術なんだもの。


 彼がわたしを信用してくれるものか……


 ……ノルド。あなた、わたしに命を預けられる?


 わたしは不安混じりの心持ちで、ノルドの言葉を待つ。


 ノルドは、いつものはにかむような笑みを浮かべたわ。


「いや、俺は元々、魔道部分はおまえに頼ろうと思ってたんだが……」


「――え?」


「いやな?

 俺はバカだが、冒険者生活が長いから、多少は魔道に関する知識はあるんだぞ?

 パーティーにも魔道士はいたし」


 そういえば、彼は勇者パーティーに所属していたんだったわね。


「その魔道士に色々と刻印は見せてもらったけどよ、そんな複雑なのはあいつでも描いてなかった。

 だから――」


 ノルドはチラリとアシスに目を向けて。


 アシスもまた、わたしに目だけでうなずいて見せたわ。


 それからノルドはわたしに視線を戻して、また笑みを浮かべる。


「やるなら、おまえがやるんだろうなって、そう思ってたんだ」


 ……この人の――


「……ノルド……」


 わたしが思わず名前を呼べば、彼は力強くうなずく。


 こういうところがズルいって、そう思うのよ!


 なんでもないふとした時に、全幅の信頼を示して、自分をまるごと預けてくる。


 応えて……あげたくなっちゃうじゃない……


 ああ、もうっ!


「――わかりました。

 それではバルディオ様、日程の調整をお願いします。

 魔導院の準備が整い次第、伺うようにしますわ」


 それまでにアシスを質問攻めにして、少しでもこの刻印に関する理解を深めておかないといけないわね……

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