俺と王都と嫁のしがらみ
第4話 1
与えられた準備期間で、わたし達は街で冬越しの為の物資を買い集め、一度村に戻った。
急な王都行きと、冬の間はあちらで過ごす事をみんなに伝える。
稲の収穫と冬撒き麦の準備があるのだけれど、それはバルディオ様が派遣してくれた騎士と衛士達が、わたし達の代わりに手伝ってくれる事になっている。
兵騎も一騎貸し出してくれたのだから、バルディオ様には感謝だわ。
村の農作業や開拓に、兵騎は欠かせないものになっているもの。
ノルドは留守を預かってくれる騎士に、兵騎でやって欲しい事を説明し、わたしは念の為に手順書を渡しておいた。
そうしてわたし達は村への滞在は一日で、翌日にはダストアへとんぼ返り。
移動には、ダストール家の兵騎を借りたのだけれど――やっぱりウチの兵騎は特別なのかしらね――ウチの兵騎なら半日で済んだ距離も、一日かかってしまったわ。
残った日数で、王都社交界への出席を考えて、ダストアの街で冬の礼服を用意した。
ノルドは王都で買えば良いなんて言ってたけれど。
こういうのは地元で用意するから意味があるのよね。
王都社交界に辺境伯領のデザイナーや礼服を売り込む事になるのだもの。
本当はウチの領で用意したいのだけれど、開拓村にはまだ被服産業そのものがないから、今回は諦めたわ。
ダストール辺境伯領への、わずかばかりの恩返しといったところね。
新しいドレスに、サティも喜んでいたわ。
王都へは、領城に設けられた長距離転移陣を使ったわ。
本来は有事に備えて国境沿いの領に配備されている魔道なのだけれど、領主の登城の利用にも認められているのだそうよ。
王城に到着すると、バルディオ様は陛下への謁見の申請手続きをして。
その日はそのまま王城を後にする事になったわ。
王都にいる間の滞在先は、貴族街にあるダストール家の王都屋敷。
バルディオ様は他家に比べて小さいなんて言っていたけれど、侯爵家の実家と比べても遜色のない広さだったわ。
翌日から、ボルドゥイ夫人が巻き起こした事件の聴取があって。
三日後の陛下への謁見の際に、ボルドゥイ家の取り潰しが決まったわ。
バルディオ様の予想通り、周辺諸領の転封もまた決まって。
ダストール辺境伯領は西に大きく広がる事になった。
そして、東側がウチ――ルキウス領に割譲される事になって……
その土地に、街や村を含めずにおいてくれたバルディオ様には感謝ね。
これ以上管理地を増やされたら、わたし死んじゃうわ。
増えた土地は、主に森林地帯。
今、村は東――リュクス大河に向けて開拓を進めているから、西に森を残せるのは助かる。
今回の事件での働きと管理地拡大によって、ウチは騎士爵から準男爵に格上げされる事も決まったわ。
国に収める税がちょっと増えるのだけれど、その分、俸給も増える。
これを元手に専門の技術職を村に招くのも良いかもしれない。
今は村のみんなが試行錯誤して、ほぼ自給自足状態だものね。
鍛冶ができる人と、狩りができる人をもうちょっと増やしたいのよね。
そんな事を考えながら、一日かけて諸々の書類手続きを行って。
ようやく面倒事から解放されたわたしは、サティを連れて実家――ロートス家の王都屋敷を訪れた。
ノルドはバルディオ様と一緒に、王城に出かけていったわ。
わたしはといえば、せっかく王都に来たのだから、実家に顔くらい見せておこうと、王都に来たその日に手紙を出しておいたのよね。
出迎えてくれたのはお兄様で。
両親は今、領から王都に向かっているところなのだとか。
「やあ、サティ!
はじめまして。君の伯父さんのマイルズ・ロートスだよ!」
応接室に通されるなり、お兄様はサティを抱き上げる。
抱き上げられたサティは、人見知りして助けを求めるような泣きそうな顔でわたしを見たけれど。
「……マイルズおじさん?」
伯父という言葉に反応して、お兄様の顔をまじまじと見つめたわ。
「そう。ユリシア――君のお母さんの兄」
「――ほんとだ! おめめがおかさんと同じ、綺麗な青!」
「そういうサティも、綺麗な青をしているね」
お兄様はそう言って、サティにだらしない笑みを浮かべる。
「うん、おかさんとおそろいなの!」
サティがそれを喜んでくれているのが、すごく嬉しい。
「でも~、あたしの髪は白くておかさんの反対だから、がっかりなんだぁ」
毎朝、髪を梳かすたびに愚痴ってるものね。
「わたしはサティの白銀の髪がうらやましいわ。
すごく綺麗だもの」
だからいつもと同じ慰めの言葉をかける。
「そっかなぁ……あたしはクラウちゃんとアレイナおばさんみたく、おかさんと一緒がよかったなぁ」
ここ数日、サティはダストール屋敷でアレイナお姉様とクラウちゃんと一緒に過ごしていたものね。
その間、髪と瞳が一緒のふたりに、なにか思うところがあったのかもしれないわね。
急に気分を落としたサティに、お兄様はサティを抱いたまま、オロオロとわたしとサティに視線をさまよわせる。
「――そ、そうだ! サティ、ケーキは好きかな?
今日はサティが来るっていうから、用意させてたんだ」
「ケーキっ!? クラウちゃんのお城で初めて食べたけど、すごくおいしかった!」
頬に手を当てて表情を輝かせるサティに、お兄様もまた表情を輝かせる。
「よし、じゃあすぐに!」
と、お兄様が扉脇に控えたメイドに目線を向けると、すでに廊下にカートが用意されていて、室内に運び込まれる。
モノで釣るようなマネは控えてほしいのだけれど、今くらいは良いかもしれない。
テーブルに切り分けられたイチゴムースのケーキとお茶が用意されて。
「おかさん、このケーキ、ピンク色してる! 白くないね!」
サティが知っているケーキは、ダストール城の温室で採れたイチゴを使った、ショートケーキだけなのよね。
「これはイチゴジャムを練り込んであるのよ」
今の時期の王都では、新鮮なイチゴなんて採れないでしょうからね。
「イチゴ! あたし大好き!」
「おや、サティもかい? ユリシアも小さい時はイチゴが大好きでね」
「――おかさんも?」
サティが嬉しそうにわたしを見上げてくる。
「おやつに出されたのを増やそうとして、食べるのを我慢して庭に埋めたりしてたくらいさ」
「――お兄様!」
わたしは思わずお兄様の言葉を遮る。
あの頃のわたしは幼かったから……植えておけば、春には芽を出してたくさんのイチゴを食べられると信じていたのよ。
実際に食べられるようになるには、最低でも三世代――三年かけなければいけないなんて知らなかったのだもの。
お兄様は懐かしむような微笑みを浮かべて。
「春になってもイチゴにならないから、君は失敗したと思ってそのまま放置しちゃったんだよね。
そのまま植えたことさえ忘れちゃって」
小さな実は成ったのだけれど、想像していたような――当時のわたしが知っているサイズのイチゴじゃなくてがっかりしたのよ。
「実はあの後も庭師がしっかり手入れしててね。
おかげで我が家は春にはイチゴが大量に採れるんだよ」
このケーキに使われているジャムも、そのイチゴが使われてるという事かしらね。
「……知らなかったわ」
わたしが呟くと。
「まあ、君は学園に行ってて、それどころじゃなかったからね……」
言葉を濁すお兄様に、わたしは微笑を返す。
「おかさん?」
そんなわたし達をサティは不思議そうに見上げて。
だからわたしは安心させるように、その頭を撫でた。
お兄様もまた優しい微笑みを浮かべて。
「……幸せなようだね」
ポツリと呟くお兄様の言葉に、わたしはしっかりとうなずきを返す。
「ええ。ノルドとサティと村のみんなのおかげで」
村での生活は、まだまだ大変な事は多いけれど、少なくとも学園にいた時のような――なにかに追われ続けているような切迫感は感じない。
「――とっても充実してるわ」
そう笑みを返せば、お兄様は苦笑。
「君がノルド殿に連れられて、王城に現れた時はびっくりしたけどね」
家を出た時に籍を抜かれていると思っていたから。
わたしはノルドが叙爵を受ける為に登城した時、実家には報せなかったのよね。
迷惑をかけたくなかったし。
けれど、叙爵の場にはお父様とお兄様が列席していて。
そりゃもう、怒られたわよね。
なにせ家出した娘が、いつの間にか子持ちになっていて、知らない冒険者の嫁になってるんだもの。
――そう。
お兄様や両親は、サティがわたしの実の子ではない事を知っている。
出産までの計算が合わないものね。
学園でおかしな噂が立てられていたけれど、バイト漬けだったわたしにそんな暇がなかったことは、先生達が証言してくれたでしょうし。
わたし、サティを育てる為に、必死に両親とお兄様を説得したわ。
認められなくても、勝手に出てくって脅しもした。
すでに一度は家出した身だもの。
お父様達もそれを知っているからこそ、折れるしかなかったというわけ。
最低でも三ヶ月に一度は手紙を出す事を条件に、わたしとノルドの関係は認められたわ。
事実として、ノルドが一切わたしに手出ししていない事が決め手となったのよね。
――一緒に暮らす限り、この腕輪を外す気はない。
なんて、わたしが出会った時に渡した魔道器を見せながら、両親を説得するノルドに、わたしは驚きより呆れてしまったのよね。
女として魅力がないって言われたような気がして、ちょっと腹が立ったくらいよ。
その後も、ケーキとお茶を愉しみながら、思い出話に華を咲かせる。
サティは訊ねられるままに、村での生活をお兄様に一生懸命説明して。
そんな和やか雰囲気を破るように。
「――困ります! 日をお改めください」
廊下の向こうから、使用人達のそんな声が聞こえてきて。
応接室のドアが乱暴に開かれた。
「――捜したぞ、ユリシア!」
そして現れたのは、顔半分を仮面で覆った男だった。
顔を隠していても、声でわかるわ。
「……リオン様……」
元婚約者の名前を呼んで、わたしはソファから立ち上がって彼を見据えた。
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