第3話 3

 突然、あたし達がいたお部屋に現れた女の子は、あたしと同じくらいの背丈で。


 キラキラした薄緑のドレスに、きんぴかふわふわの髪の毛をしていた。


 ――お姫様だ。


 アニメとか絵本のじゃない、生で本物のお姫様!


「ふわあぁ……可愛いね、きれいだね、すごいね!」


 あたしは思わずその手を取って、ぶんぶんと降る。


「――あ、あのっ!?」


 青い目が戸惑いで揺れて、あたしは自分がすごい無礼な事をしちゃってたって気づいたんだ。


 でも、やめる気なんてない!


 あたし、絶対にこの子とお友達になる!


 きっとこの出会いは運命なんだよ!


 あたしはこの子とお友達になる為に、生まれてきたはずっ!


「――あたし、本物のお姫様を見るの初めて!

 あたし、サティ!

 お姫様のお名前は?」


「……ク、クラウティアです。

 お父様やお母様はクラウって呼ぶわ」


「じゃあ、クラウちゃん!」


 あたし知ってるんだ。


 名前を名乗りあえばお友達。


 握手したら親友って、ミィアお姉ちゃんが言ってたもん。


「これであたし達、親友だねっ!」


「え、え、ええっ!?」


 驚くクラウちゃんをぎゅーってすると、クラウちゃんは驚きの声をあげた。


「……おい、落ち着け。サティ」


 おとさんが笑いながら、あたしの頭に手を置いてそう言う。


 ああ、クラウちゃんが離れちゃった。


 両手が空っぽでわきわき。


「サティちゃんはずいぶん積極的だね」


 バルおじさんが楽しげに言って、クラウちゃんに振り向く。


「クラウ、私達はまだ大人の話があるからね、サティちゃんと遊んでおいで」


「でも、わたくしもノルドおじさまとお話したいのですが……」


 もじもじと指をいじりながら、クラウちゃんはバルおじさんに訴える。


「あー、俺達はしばらく城にいるつもりだから、今日はサティと遊んでやっちゃくれねえか?」


 おとさんに頭を撫でられて、クラウちゃんはしぶしぶって感じでうなずく。


「それじゃあ、サティ。行きますよ。

 特別にわたくしの温室を見せてあげるわ」


 そう言って、クラウちゃんはあたしの手を取って、部屋の外に向かおうとした。


「あ、ちょっと待って」


 あたしはソファに座らせていた、アシスを胸に抱き上げる。


 お城についてから、アシスはずっとぬいぐるみのフリをしてるんだ。


 おとさん達が言うには、アシスみたいな生き物は他にはいないから、動いてたらみんなびっくりするからだって。


 バルおじさんにちゃんと説明するまでは、ぬいぐるみのフリしててって言ってた。


 アシスはお利口さんだから、おとさん達の言葉に従ってる。


「あら、可愛らしいお人形。竜の仔かしら?」


 あたしの胸でじっとしてるアシスに、クラウちゃんは目を細めて頭を撫でる。


「まあ、フサフサで気持ち良いわね!」


「でしょ。ツルツルしてるように見えるから、びっくりするよね。

 アシスって言うんだ」


「そう。よろしくね。アシス」


 クラウちゃんはアシスの頭を撫でながら、そう挨拶すると、あたしの手を取った。


「それじゃ行きましょうか」


 ふたりでお部屋の外に出る。


 お城の廊下は石でできていて、歩くたびに木靴が鳴るのが面白い。


 おとさんが着てたような服を着た人達と、何人もすれ違いながら、あたし達は廊下を進んだ。


 お城の中はすごく広くて、あたしはすぐにどこから来たのかわからなくなっちゃった。


 何度も曲がり角があったのに、道を間違わないクラウちゃんはすごいと思う。


 階段を降りて、窓から見える景色が地面のすぐそばになったのが見えたから、一階にいるのは、あたしにもなんとかわかるんだけどね。


 もしクラウちゃんとはぐれたら、あたしは一気に迷子だ。


 そう思ったら、クラウちゃんと繋いだ手にも思わず力がこもる。


「ねえ、クラウちゃん。温室ってなにがあるの?

 そもそもそれってなに?」


 あたしは湧き上がってきた不安を隠すために、クラウちゃんにそう声をかける。


「ああ、そうね。

 ノルドおじさまの子供って事は、サティは開拓村暮らしだから知らないわよね。

 ――温室って言うのはね、ガラスでできていて、中を暖かくしたお部屋のことよ」


「暖炉を焚いてるみたいな?」


「もっと自然に近い……お部屋の中だけ、春みたいにしてあるのよ。

 だから、今の季節でもたくさんのお花が咲いてるの」


「ふあぁ……クラウちゃんはお姫様だから、そんなすごいお部屋持ってるんだねぇ」


 あたしがうっとり呟くと、クラウちゃんは恥ずかしそうに笑う。


「わ、わたくしは貴族の娘だから、お姫様なんかじゃないわ。

 お姫様っていうのは、お城に住んでるのよ?」


「クラウちゃん、お城に住んでるよ?」


「違うの~! 本当の――王都のお城は、もっと大きいの!

 お姫様だって、もっとも~っとキラキラしてるし綺麗なのよ?

 だから、わたくしをお姫様なんて言っちゃダメ。

 じゃないと、わたくしもサティの事をお姫様って呼んじゃうわよ?」


 立ち止まって、鼻先に指を突きつけてくるクラウちゃんに、あたしは自分を見下ろす。


 おかさんが作ってくれたお出かけ用のお洋服は、青くて綺麗なワンピースだけど、クラウちゃんみたいなドレスではない。


「あはは。クラウちゃん、お姫様っていうのはドレスを着てるんだよ?」


「……あー、あなたのお姫様って、そういう分け方なのね……」


 よくわからないけど、クラウちゃんはため息をついて、また歩き出した。


 ――うん、やっとクラウちゃんが、自分はお姫様だって認めてくれたみたいだね。


 しばらく廊下を歩いて、いくつか扉を抜けると、あたし達は中庭に出る。


 ウサギやネコ、犬の形に整えられた植え込みが並んで出迎えてくれて、あたしは目を丸くした。


「うわぁ、すごいね!」


「庭師がやってくれてるのよ。

 ……サティの好きな動物はあるかしら?

 もし無いなら、次に来た時までに用意させるわ」


「ん~とねぇ」


 あたしは並んだ動物型の植え込みを見回して、首をひねる。


 ウサギは美味しいから好きだけど、もうあるし……あっ!


 ふと思いついて、胸に抱いたアシスをクラウちゃんに突き出した。


「アシス型のがあったら、面白いって思う!」


 あたしの答えに、クラウちゃんもにっこり笑った。


「良いわね。あとで庭師に伝えておくわね」


 そんな事を話しながら、ふたりで植え込みの間を進み。


「ほら、着いたわよ。

 ――あれが温室!」


 クラウちゃんが指さしたソレは。


 動物型の植え込みの向こうに、キラキラと輝いてそびえる、ガラスでできたちっちゃいお城のように見えて。


「――ふわあぁぁぁ」


 思わず歓声がこぼれちゃう。


「中からだと、もっとすごいわよ。

 行きましょ!」


「――うん!」


 クラウちゃんに手を引かれて、あたしはガラスのお城みたいな温室に向かう。

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