第3話 2

 俺がダストール辺境伯と初めて出会ったのは、冒険者時代の事だ。


 確かパーティーを組んで二、三年くらいの頃だったから、もう十年くらい前になるのか。


 あの頃の俺達は、魔獣討伐から遺跡探索をメインの仕事に切り替え始めたばかりで、ダストール領を訪れたのも、この地で遺跡が見つかったという噂を聞いたからだ。


 遺跡探索で収入を得るには、いくつか方法がある。


 学術的な新発見をして、それを学者に売る方法。


 遺物――特に古代の魔道器なんかを見つけて、ギルドに買い取って貰う方法。


 他には学者の護衛をするってのもあるが、収益がでかいのは、そのふたつだな。


 俺達はそれまでも、いくつかの遺跡探索をこなしていたんだが、どれも発見から時間が経っていて、新発見はおろか、遺物もまるで見つけられていなかった。


 だから、辺境にあるダストールで見つかったばかりの遺跡に賭けてみようってなったんだよな。


 ……そして、地獄を見た。


 それも遺跡探索ではなく、その前段階で、だ。


 目的の遺跡のすぐそばにある村で、侵災が発生しやがったんだ。


 まともに戦えるような者は、狩人くらいしかいない農村だ。


 俺達は村人を守りながら、侵源から次々と湧き出る魔物と必死に戦ったよ。


 逃げのびた村人の誰かが隣町の役場に駆け込んで。


 そこから領都ダストアに伝令の兵騎が出されて。


 ダストール辺境騎士団が駆けつけてくれたのは明け方頃だった。


 その騎士団を指揮してたのが、当時はまだ家を継ぐ前のバルディオ・ダストールだったんだよ。


 そうして騎士団と協力して、俺達は侵災調伏を果たして。


 村人を守って魔物と戦っていた俺達に、バルディオはえらく感激してな。


 領城に招かれて、すげえ歓待を受けたっけ。


 俺達と歳も近かったから、城に滞在中は友人のように接してくれたし、一緒に遺跡探索に出かけたりもした。


 とはいえ辺境伯といえば、侯爵と同等の立場を持つお貴族様だ。


 一時交流を持った冒険者の事なんて、忘れてると思ってたんだが。


 王都で騎士に叙されて、いざ領地を賜る段になって、バルディオが自分んとこの領地を割譲しても良いって言い出したんだよな。


 ついでに俺の後見人――寄り親になるとまで言い出して。


 実際のところ、俺もユリシアも、サティを安心して育てていく為だけに、安定している貴族の立場を欲したんだが、後ろ盾がないことが問題だったんだよな。


 俺は実家を継いだ、上の兄にいとわれている。


 ユリシアも、実家はともかく、学生時代に婚約者となにやら問題があったとか。


 そんなワケで、貴族となった時、邪魔や嫌がらせされる恐れがあったんだよな。


 実際、上の兄は俺の騎士叙勲が無効になるように、裏で根回ししてたって、あとで聞かされたし。


 そんな俺達の後ろ盾になってくれたバルディオには感謝しかない。


 あいつ、俺の事をちゃんと覚えててくれてたんだよ。


 受けた恩を返す為つって、今でも村の為にあれこれと便宜を図ってくれてるんだ。


 城内に通された俺達は、与えられた客間で持ってきた礼服に着替えて、バルディオとの面会に備える。


 それから侍従にしたがって、応接室に向かった。


 お茶を出されて、待つことしばし。


「――待たせて悪かったね」


 そう言って、俺達が通された応接室に現れたのは、女のように線の細い美男子だ。


 長い金髪を後ろで束ね、バシっとした礼服でキメた姿は、とても俺より三つも上――三十路を過ぎているように見えない。


 二十代前半でも通るんじゃねえかな?


 一見すると優男なんだが、仮にも辺境伯だ。


 剣の腕は猛者レベル。


 俺も気を抜くと、一本取られそうになるほど。


「いや、こっちこそ突然来て悪い」


 俺はソファから立ち上がり、バルディオと握手を交わす。


「バルディオ様、ご無沙汰しております」


「――ああ、ユリシア嬢。久しぶりだ。

 ノルドは時々、来てくれてたが、あなたまでダストアに来るのは珍しい」


 カーテシーするユリシアに応じて、バルディオは笑顔を向ける。


 バルディオは俺とユリシアの関係を知っている。


 サティを育てる為に、仮初の夫婦となっている事を、だ。


 さすがに寄り親になってくれている相手に、隠すような不義理はできなかったからな。


 正直に説明したんだよ。


 だから、バルディオは私的な場では、ユリシアを嬢付けで呼ぶんだ。


 公の場だと、ルキウス夫人って呼んでるけどな。


 俺もユリシアも、それがむず痒くてしかたないんだ。


「この子も三つになって、だいぶ歩けるようになってきましたので。

 そろそろ村以外の街を見せてあげようかと

 ――ほら、サティ。バルディオ様よ」


 ユリシアは背後に顔を向けながら、そう応えた。


 サティはユリシアのスカートに隠れて、少しだけ顔を覗かせる。


 その表情は明らかに怯えを含んだもので。


 よく考えたら、サティは村の大人以外知らねえもんな。


 特にバルディオは俺と同じくらい上背があるから、ビビってるのかもしれない。


「おや? そうか、もうこんなに大きくなったんだね!」


 と、バルディオはサティの前まで進み出て、膝を折って目線を合わせた。


「私はバルディオ・ダストール。

 君のお父さんの親友だ」


「……上司、じゃないの?」


 恐る恐るというように、サティが尋ねて。


「ずいぶん難しい言葉を知ってるんだね。

 お仕事ではそうだね。

 でも、私はノルドと親友だと思ってるよ」


 微笑みを浮かべてバルディオが答えると、サティはユリシアの後ろから進み出て、スカートの裾を摘んで腰を落とす。


「――お、おはちゅにお、お目にかかりまひゅ。ダストール辺境伯さみゃ。

 あああ、あたしはサティ・ルキウスです。お、おとさんが、いちゅもお世話になってましゅ」


 街で披露してた時と違って、緊張でもしてるのかひどく噛み噛みだったが。


 三歳の初めての挨拶としては上等な方だろう。


「どうだ、サティはすげえだろ?」


 俺が腕組みしてどや顔を浮かべると、バルディオは心底驚いたような顔をして、サティの顔をまじまじと覗き込んだ。


「ああ、三歳なのにすごいね!

 あんな小さかったのに、もう立派な淑女レディじゃないか!」


 そうしてバルディオはサティの頭を撫でる。


「バ、バルディオ様?」


 サティは戸惑った声で、助けを求めるように俺達を見るが、バルディオは撫でるのをやめない。


「そんな他人行儀な!

 私の事はバルおじさんとでも呼んでくれ。

 ――ああ、そうだ。ウチの子も紹介しよう。

 友達になってやってくれないか」


 と、バルディオがテーブルの上の呼び鈴を鳴らすと、すぐに侍従がやってくる。


「――クラウを呼んで来てくれないか」


 クラウというのは、バルディオの一人娘の愛称だ。


 クラウティア・ダストール。


 確かサティのひとつ上で、四歳だったはずだ。


 サティが赤ん坊の頃、この城に滞在してた時には、バルディオとふたりで、サティとクラウ、どっちが天使かで盛り上がった事がある。


「かしこまりました」


 侍従は深々とお辞儀して、退室していった。


 俺達はソファに腰掛け、侍従と入れ替わりで入ってきたメイドが、バルディオにお茶を用意する。


 俺達にもおかわりを用意してくれた。


「……で、今日の来訪は、ソレが理由なのかな?」


 テーブルの上に置いた、でかい牙。


 無造作に置いといたから、呼び鈴を取った時から、バルディオは気になって仕方ないようだった。


「ああ、村のそばに魔熊が出てな。

 外の荷車に毛皮とか、残りの素材もある」


「牙でこの大きさって事は……」


 顔を引きつらせて、バルディオがこちらを伺うのが面白い。


「兵騎サイズだったな。

 ウチの兵騎がちと破損したが、なんとか討伐できた。

 生憎と魔獣素材を捌くツテなんてねえから、あんたに融通してもらおうと思ってな」


「わかった。残りは駐騎場かな?

 城の者に査定させよう」


 と、バルディオはお茶の用意を終えたメイドに指示を出す。


「ああ、頼む。

 あと、鍛冶士を紹介してほしいんだ」


「兵騎の修理か。

 それも城の鍛冶場を使っていいよ。

 あとで手配しておく」


「――良いのか?」


「一応、私は君の上司だからね。

 騎士である君の兵騎を直すのは、必要経費だよ」


「修理だけじゃなく、外装の全改修を考えてるんだが……」


 俺の言葉に、バルディオが驚きの表情を見せた。


「魔獣との戦いで、力不足を感じてな。

 ほら、今の外装って、前にここで分けてもらった量産甲冑だったろ?

 魔熊の素材の売り上げで、特注したくてな」


 俺は懐から、アシスが描き起こした設計図を取り出す。


 全体的に流線的な造形をした、女性的な印象を受けるデザインだ。


「……これを君が?」


 ――ウチのペットが描きました、なんて言えねえからな。


「村に甲冑に詳しいやつがいてな。

 兵騎に合わせて、デザインしてもらったんだ」


 ウソではないよな?


 アシスも立派な村の仲間だ。


 苦笑しながら告げる俺に、バルディオも苦笑。


「ずいぶんと前衛的な造りだね。

 わかった。材料費はさすがに自己負担になるけど、良いよね?」


「ああ、魔熊の代金から引いてくれ」


 アシスは外装に使う素材まで指定していて、ユリシアがざっくりと試算してくれたんだが、素材の売り値で十分に賄えるだろうって話だ。


 魔道器官が無傷で入手できたのが、でかいらしい。


 ややこしい金の話が一段落ついて、俺は出されたお茶に口をつける。


 バルディオもまた一息ついて。


「じゃあ、兵騎の改修が済むまで、君は滞在してくれるって事で良いのかな?」


「面倒をかけるが、頼めるか?」


「代わりに、いつもみたいに騎士達に訓練をつけてくれるかい?」


「それは構わないが……」


 バルディオは俺が城に来るたびに、騎士達の訓練を頼むんだよ。


 俺の剣は、実家の衛士に教わった剣術を基礎としているものの、ほぼ我流なんだ。


 いつも思うんだが、そんなものを本当に騎士達に教えても良いのだろうか?


 変なクセをつけたら、申し訳ないと思うんだがなぁ。


 そんな疑問をバルディオに投げかけると。


「君の武は、侵災を生身で生き延びられるような活きた剣術だよ?

 城の騎士達は、君の訓練を心待ちにしてるくらいなんだ」


 ほがらかに笑って、バルディオは肩をすくめてみせた。


 まあ、バルディオが良いって言うんだから良いか。


 と、その時。


 部屋の扉がノックされた。


「お父様、参りました」


 現れたのは、父親譲りの輝く金髪をした幼女で。


「ああ、クラウ。

 ぜひ紹介したい子がいてね」


 バルディオは彼女の元まで歩み寄って、俺達の元まで連れてくる。


「よ、クラウ嬢ちゃん、久しぶりだな」


 俺が片手を挙げてそう挨拶すると、クラウは両手を胸の前で組んで、歓声をあげた。


「ノルドおじさまっ!」


 なんでか知らんが、この子はやけに俺に懐いてくれてるんだよな。


「お久しぶりです! あら?」


 それから俺の後ろにいるユリシアとサティに気づいて、首を傾げる。


 そういや、ユリシアとは赤ん坊の時以来だから、初対面みたいなもんか。


「あー、嫁のユリシアと、娘のサティだ」


 なんとも、いまだにユリシアを嫁と紹介するのには慣れないんだよなぁ。


「ユリシアです。お嬢様のご両親には、ノルド共々、大変お世話になっております」


 まずはユリシアがそう自己紹介して、それからサティの背中を押す。


 促されたサティはというと……


 ん? こいつ、なんで震えてるんだ?


「ふあぁぁ……お姫様だぁ~!」


 応接室に、顔を真っ赤に染めて、ひどく興奮したサティの声が響き渡った。

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