ボクの信頼

閑話

 夜になって、村の中央の集会所では、いくつもの篝火が灯された。


 魔熊の肉で、村人全員で宴会ってワケだね。


 冬に備えて、大半は保存食に加工したみたいだけど、その残りでも宴会を開けるくらいに魔熊は大きかった。


 集会所の中央では、ひときわ大きな焚き火が熾されて。


 一部の老人が、楽器を奏でだすと、酒の入った村人が笑いながら踊ったり歌ったりし始めた。


 ボクもさっきまで、サティと一緒に焚き火の周りで振り回されてたんだよね……


 今はあの子は、仲良しのミィアちゃんと踊ってる。


 両手を掴まれて、ぐるぐると振り回されたから、ボク、すっかり目が回っちゃったよ。


 休憩ついでに、ボクはいくつも並べられているテーブルに飛んで、串焼き肉を調達した。


 それから無造作に置かれた、果汁を混ぜた水の入ったカップも確保。


 それらを両手に装備したところで、ノルドが集会所から離れて、家へと続く坂を登っていくのが見えて、ボクはその後を追った。


「――こんな時に、ひとりだけ離れて、どこ行くのさ?」


 肩に飛び乗り、ボクがそう声をかけると。


「ああ、アシスか。

 ちょっと酔っちまったようで、涼んで来ようと思ってな」


 応えるノルドの顔は、たしかに真っ赤で、こころなしか目もトロンとしている。


「キミ、そんなナリしてるのに、ひょっとしてお酒、あんまり強くないのかい?」


 いかにも大酒呑みですって顔なのにねぇ。


「ああ、ユリシアなんかは慣れてるからか、ずいぶん強いけどな。

 俺は覚えたのが遅かった所為か、そんなに強くねえんだ」


「おやおや、意外な弱点もあったもんだね」


 ボクが笑うと、ノルドは照れ隠しなのか、ボクの額を指で弾いて、頭の後ろで両手を組む。


「そうだ。ちょうど良いから、ちょっと付き合えよ。

 聞きたい事があったんだ」


 そうして、ノルドはボクを肩に乗せたまま坂道を登り、家のすぐ横にある兵騎倉に入る。


 固定器に座らされた<女皇アーク・エンプレス>は、先日、魔熊に噛みつかれた所為で、左の外装が歪み、破られて、隙間から素体が覗いていた。


 その騎体の足元までやって来て。


「おまえがあの遺跡から来たっていうなら、こいつの事も知ってるんだろ?」


「うん。この騎体はね、サティの専用騎だね。

 ――ユニバーサル・アームの上位騎……ロジカル・ウェポンの中でも、さらに上位のアークシリーズ……って言ってもわからないよね?」


「……特別中の特別ってのは、なんとなくわかる」


 ふむ。


 ノルドは脳筋みたいな見た目をしてる割に、案外、理解力があるね。


「――<神器>って言えば、キミにも伝わるかな?」


「おとぎ話の存在じゃねえか」


 ノルドが目を丸くして呟く。


「アレだろ?

 女神様達が、この世界を創る時に使ったっていう……」


「ああ、今の世だとそういう伝わり方してるんだね。

 まあ確かに、一部の<神器>は、そういう使われ方もしたね。

 でも、コレはそんな極端なモノじゃないから、安心してよ」


 と、ボクは笑って、ノルドを安心させる為に頭をぽんぽん叩いた。


「コレはね、サティがこの過酷な大地で、無事に生き延びる為にと用意されたものなのさ。

 なにせ、いつどこで侵災が起こるかわからないだろう?

 昨晩も言ったけど、キミ達に拾われるなんて、想定してなかったからね。

 武力は用意すべきと判断されたんだ」


 ……まさかアークシリーズが用意されるとは、ボクも思わなかったけどね。


「判断って誰に?」


「お、そこに気づくとは、キミ、本当に見た目を裏切るよね」


 ボクは羽根を羽ばたかせて、ノルドの正面に回る。


「……女神達――って言ったら、キミは信じるかい?」


 ボクの言葉に、ノルドは肩をすくめる。


「サティリア様にあやかって、サティの名前をつけといて、なんだけどよ。

 生憎と見たことのないモノの実在を信じるほど、俺は信心深くねえんだ。

 ……要するに、言いたくねえって事だな?」


「ま、判断はキミに任せるよ」


 ボクが笑って告げると、ノルドは頭を掻いた。


 世界の真理に迫る事は、ボクも直接は口にできない。


 どう判断するかは、ヒト次第ってトコだね。


 誤魔化されたと思ったのか、ノルドは苦笑して騎体を見上げる。

 

「まあ、いいや。

 それより、サティが使った魔道器は、俺でも使えるモンなのか?」


「それを聞いて、どうしようっての?」


 目を細めて訊ねる。


「いや、今回の魔熊みたいなのが現れた時の為にな。

 少なくとも俺は、サティを戦わせるつもりなんて、これっぽっちもねえんだ。

 家族を守るのは、親父の役目だろ?」


 なるほどね。


 あくまでサティの、そして家族の為か。


 それなら良いかな。


「……ボクが一緒に乗れば、予備リアクターとして認証できるよ」


 その為のボクという存在だ。


「んん? バカにもわかるように説明してくれ」


 ホント、ノルドって鋭いんだか、鈍いんだかよくわからないね。


「ボクと一緒なら、全部とは言わないけど、搭載されてる機能の制限が解除されるってコト!

 でも、何度も言うけど、悪用するようなら、ボクらは――」


「――見切りを付けて、出てくってんだろ?

 わかってるって!

 俺はこの騎体を、家族を守る為に使う!」


「……信じるからね?」


「まかせとけっ!」


 ノルドはボクを抱えて、嬉しそうに笑った。


 まあ、この単純でお人好しな男が、<女皇アーク・エンプレス>を悪事に使うなんて想像できないけどね。


 それこそ言葉通りに、きっとノルドは家族や村を守る為だけに、この騎体の力を欲しているんだろう。


「――それにしてもさぁ……」


 ノルドに振り回されながら、ボクは<女皇アーク・エンプレス>を見上げる。


 無骨で角張った外装に覆われた騎体は、控えめに言ってもダサい。


 いや、この騎体の外装に限らず、村にたどり着くまでに各地で見た兵騎は、総じてダサい外装をしていたんだよね……


「ユリシアに聞いたけど、左腕の外装を直しに行くんだろう?

 せっかくだから、このダサい外装、全部取っ替えちゃおうよ」


 ボクの言葉に、ノルドが苦笑。


「やっぱ、だせえって思うか?」


 そう言うってことは、ノルド自身もそう思ってたのかな?


「ぶっちゃけ、この外装の所為で、運動性能が損なわれてる!

 本来の性能の八割も損なわれてる!」


 ボクは両手を振って力説する。


「……バカにもわかるように説明してくれ」


「ああ、もう! キミって自分で言うほど、バカじゃないからね?

 素体にあったデザインの外装を着けたなら、キミでもサティの騎動に近い動きができるってこと!」


「……マジか!?」


「マジだよ!

 魔熊の素材で、かなり収益が見込めるんだろう?

 キミが扱うのを前提に外装デザインを起こして置くから、それで発注してよね!」


 ノルドに両脇を抱えられながら、ボクが胸を張ると、ノルドは素直にコクコクとうなずいた。


「俺じゃ、細かいコトわからねえから、ダストアで鍛冶士に説明する時にもついてきてくれると助かる」


「……仕方ないなぁ」


 出会ってまだ三日だけどね。


 ボクは早くも、ノルドのコトを気に入り始めてたんだよね。

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