第2話 8
翌日、ノルドが兵騎で回収してきた魔熊を、村の男衆総出で解体する事になった。
冬を前にして、これだけの魔獣肉を入手できたのは、幸運と言っていい。
わたし達、女衆は村の中央にある集会広場で、男達が次々に運んでくる魔獣肉の加工作業に大忙しだ。
以前、ノルドが兵騎で組み上げた東屋の中、六つある竈を総動員して、煮たり焼いたり燻したり。
この三年で、この手の作業にも、だいぶ慣れてきたと思う。
……村に来たばかりの頃は、それこそ竈の火加減調整の仕方すら知らなかったものね。
料理そのものは、前世で普段から自炊していたから、色々と作れるのだけれど。
前世に比べて、文明水準の低い現世では、水道やコンロなんて存在してないから、村での生活をはじめたばかりの頃は、覚えることだらけだったわ。
「――それにしても、あんな大きな魔獣の熊を退治できるなんて、ノルドさんって本当にすごいわよねぇ……」
と、すぐ隣で作業をしていた、ケイラさんがわたしに話しかけてくる。
わたしの三つ上の彼女とは、歳が近い事もあって普段から仲良くしてもらってる。
子育てについても、いつも相談に乗ってもらっていて、頼れる先輩のような存在ね。
「――冒険者って、みんなあんなに強いの?」
そう訊ねながらも、ケイラさんは流れるように、竈に薪を追加して大きな木ベラで大鍋をかき混ぜる。
さすがは熟練の主婦。
わたしもまた、大鍋をかき混ぜながら。
「あの人を基準にしたら、他の冒険者が可哀想だわ。
普通の冒険者って、ニックスさんくらいの強さよ」
狩人として、ケイラさんの旦那さんであるニックスさんは、かなり上等な部類に入ると思う。
それこそ魔獣討伐専門の冒険者としても、やっていけるでしょうね。
「ノルドがおかしいのよ。
あの人――正確にはあの人のパーティーは、単独で侵災調伏した事があるそうだから……」
一緒に暮らすようになってから知らされたのよね。
「侵災って、よく知らないんだけど、魔物が大発生する災害だっけ?」
首を傾げるケイラさんに、わたしはうなずきで応える。
「そうね。わたしも直接は遭遇したことないけど、地獄だったってノルドは言ってたわ」
魔物を大量に生み出す侵災は、国が騎士団を派遣するレベルの災害よ。
偶然、侵源発生地に居合わせたという話だけど、逃げ出さずに調伏しちゃうなんて、頭がどうにかしてるとしか思えない。
その時の功績で、あの人のパーティーは国家認定冒険者――いわゆる勇者パーティーに登録されたらしいわ。
解散した時に、登録自体は抹消されたそうだけど、それだけの実力がノルドにはあるという事。
「魔物を退治できるなら、魔獣なんてワケないって事ね」
ケイラさんは納得したようにうなずいて。
「そうね。今回は兵騎もあったし」
わたしは誤魔化すように笑みを浮かべて、そう答えたわ。
幸いな事に、あの時ノルドに同行していたニックスさんは、応援を呼ぶ為に村に向かっていたから、サティと魔熊の戦闘は見ていなかった。
だから、ノルドと話し合って、村のみんなにはサティが兵騎を動かしたことは内緒にしてある。
わたしが運んだ事にしてあるのよね。
村のみんなの事は信用しているけれど、たった三歳の子供が兵騎を動かしたとなれば、奇異の目で見られるかもしれない。
それだけは避けたかった。
……実際のところ。
あの時、サティが来なければ、わたし達はかなり危なかったのよね……
魔熊の結界に阻まれて、わたしの魔法もノルドの剣も通らなくて。
結果、わたし達は防戦一方になっていったわ。
魔熊が繰り出す火球を結界で阻む事に専念するあまり、わたしは魔熊が突進してくるのに気づかなくて。
わたしを庇ってノルドが吹き飛ばされた時は、本気で死を覚悟したくらいよ。
サティが兵騎で飛び込んできたのは、まさにそんな時だったのよね……
……そして、子供特有の無邪気さで、あの子は魔熊を
あの子が何者であっても、わたし達の子である事は絶対に揺らがない。
でも、育て方には今まで以上に慎重になろうと、そう思ったわ。
才能は潰さないように――けれど、決して道を外れないように。
「兵騎といえば、腕を壊されてたでしょ?
あれって直せるの?」
ケイラさんの質問に、わたしは首を振る。
「素体の傷は、わたしの魔道でなんとかなったんだけど、外装は鍛冶士の仕事になるわね……」
「それじゃあ、ダストアに行ってくるのね?」
ダストアというのは、お隣のダストール辺境伯の領都の事。
村には鍛冶士が居ないから、兵騎の外装修理の為には、ダストアまで出向かなければならないのよね。
「ええ。ついでに魔熊の毛皮なんかを売って、冬越しに備えようって、ノルドが」
魔獣の毛皮や骨、魔道器官なんかは、様々な製品に加工できる為に高値で取引されるのよね。
そのお金で、村が冬の間に必要になる品を調達しようと考えているの。
「あとでみんなに必要なものを聞くから、ケイラさんも考えておいてね」
基本的に、この村は物々交換で成り立っている。
ダストール辺境伯のご厚意で、月に一度はダストアの行商人がやってくるけれど、その取り引きもわたしやノルドが行って、村に配っているのが現状だ。
いずれは村人みんなが、行商人と取り引きしたり、ダストアまで商売しに行ったりできるようになって欲しいのだけれど、村人達の知識水準は、まだまだそこまでは追いついてない。
そもそも村のみんなは、必要な物があればたいていの物は自作してしまうから、物欲が希薄なのよね。
大金が手に入るのだから、娯楽関係の品を買ってくるのも良いかもしれない。
娯楽に触発されて物欲が芽吹けば、行商との取り引きに興味を持つ者も出てくるだろう。
村の発展の為にも、なんとかみんなにお金を使うという事を覚えて欲しいのよね。
今日はこのまま宴会になる予定だから、そこでみんなにダストアで買ってきて欲しいものを聞き取りする予定。
「――おかさ~ん!」
サティが器に大振りの肉塊を載せて、東屋に駆け込んできた。
朝からあの子もお手伝いと言って、解体場とここを何度も往復している。
ノルドに叱られて落ち込んでいるかと心配したけれど、ちゃんと反省して呑み込んだようね。
わたしはサティから肉塊を受け取って、竈の前に儲けられた作業台に載せる。
「はい。ありがとう。
何度も行ったり来たりで、疲れてない?」
「――大丈夫だよ!
みんなもお手伝いしてるから、あたしも頑張る!」
サティだけじゃなく、村の子供達は解体した肉の運搬を担当している。
「無理はしないようにね。
今晩は宴会よ。楽しみにしててね」
わたしはそう言って、鍋の中から茹でたお肉の欠片を取り出して、軽く塩を振ってサティの口に放り込んだ。
「おいしい~!」
両手で頬を抑えて目を輝かせるサティに、東屋で作業中のみんなが笑い出す。
「――宴会じゃ、もっと旨いモノが出るからね。頑張んな!」
「はーいっ!」
おかみさんの一人に声をかけられて、サティは手を上げて返事をすると、再び解体場へと駆けて行った。
ダストアには、サティも連れて行く予定よ。
はじめての街に、あの子はどんな反応を見せるんでしょうね?
その時の事を思うと、今から楽しみでしょうがないわね。
★――――――――――――――――――――――――――――――――――――★
ここまでが2話となります。
サティの前世を考えると、このエピソードは欠かせないかな、と。
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