第2話 4
パーティーを組むまでの2年間、俺も他の冒険者の例に漏れず、魔獣討伐を主に依頼を受けていた。
だから、連中の生態についても、よく知っている。
魔獣ってのは、魔道器官を有して魔道を使えるようになったとはいえ、基本的には野生の獣と大差ない。
つまり、本来はひどく臆病なはずなんだ。
だが、今回、畑を荒らしたと思われる猪は、その歩幅からかなり大きいヤツだってニックスは言っていた。
そんなのが夜に村に行動せざるを得ないような状況にあるって事は、それを追い立てているヤツは、より大きく、獰猛なんだろうと推測できた。
「――つまりは、あえて襲わせるって事かい?」
作戦を説明すると、ニックスは驚いた顔で聞き返してきた。
「ああ。普通の狩りと違うんだろうが、大型化した魔獣ってのは、天敵が居なくなって、警戒が甘くなるんだ」
今回の相手がそうだとは言い切れないが、でかい猪を追い立てるような奴なら、獣であれ魔獣であれ、そういう傾向にあるはずだ。
作戦としては単純で、気配を隠す事なく森の奥まで進み、そこで一休み。
それで俺達を警戒するヤツなら、そのまま縄張りを移すだろう。
襲ってくるなら、その時は返り討ちにすれば良い。
俺達の目的は、あくまで森の生態系の維持であって、魔獣討伐そのものじゃない。
要するに食い物求めて、獣が村まで出てこないようにしたいだけだからな。
「……襲ってくるなら返り討ちって、簡単に言えちゃう辺りが、やっぱりノルドさんは騎士なんだなぁって思うよ」
ニックスがはにかむような笑みを浮かべる。
「まあ、いまだに騎士らしい事なんてしてねえから、冒険者気分が抜けねえんだけどな」
俺がそう答えると、ニックスは噴き出す。
「あんたはよくそう言うけどね。
村の為に頭をひねって、みんなと一緒に汗を流してるじゃないか。
村を守る為に魔獣討伐だってしてくれてる」
「……領主なら当然じゃねえか?」
俺の問いに、ニックスは首を横に振ってため息。
「僕はあんたと、前の村の領主しかしらないけどね。
……少なくとも前の村の領主は、そんな事しなかったよ」
ニックスが以前いた村は、魔獣被害がひどくて放棄されたのだという。
「畜産が盛んな村だったんだけど、近くの森で魔狼が生まれてね。
家畜はみんな殺された。
領主に訴えても、兵を出してくれたのは一度きりで、それで見つけられないから、魔獣なんていないって、捜索は打ち切られてさ」
それでも魔獣被害は無くならず、何度も領主に訴えたそうだが。
「勝手に冒険者でも雇えってね。
……何処からそんなお金を出せって言うんだ」
危険がともなう魔獣討伐依頼の報酬は、どうしても高額になってしまう。
家畜を失った村が、それを捻出するのは難しかったのだという。
「ウチはグリオが、ようやく歩けるようになったばかりの頃でね。
あのままじゃ子供を飢え死にさせてしまうって、村を捨てる決意をしたんだ」
この国では、基本的に平民の他領への移住は認められていない。
だが、唯一、開拓地への移住だけは認められていて、ニックスはそこに賭けたのだという。
「あんな領主の元で暮らすくらいなら、一か八かってね。
結果、今の生活だ。
あんたにゃ、感謝してるよ」
そう言って、ニックスは笑う。
「よしてくれ。
感謝されるような事なんて、何もしてねえよ」
野良仕事じゃ、いまだにジジイ共に怒鳴られてる立場なんだ。
変に持ち上げられると、ケツがムズムズしてきちまう。
「そう言えるあんただから、みんながついてこうって思えるんだよ」
「なんだかなぁ……」
褒められ慣れてねえから、こう真っ直ぐに褒められるのは、すげえ苦手だ。
それからもふたりで、日々の出来事を話しながら、森を進んだ。
俺もニックスも子持ちだから、どうしても話題は子育てについてになっちまう。
ニックスはグリオが、文字の読み書きや計算ができるようになったっていうのが嬉しいようだ。
家では逆に、息子から教わってるくらいなんだとか。
……村の男衆への教育か。
女衆はユリシアが日中に集めて、色々教えているが、男衆は昼間は野良仕事が忙しいからな。
今はまだ、行商人との取引も、ウチでまとめて買い付けて、村人に配布するって形を取ってるが、いずれは個人で取り引きできるようになって欲しいし、ウチの村から他所への商いも始められるようにしたい。
だが、読み書き計算ができなければ、それもままならないんだ。
例えば村の特産にしようとしている米。
コレを他所に売り出そうと思った時、旅をするのは男衆の役割になるだろう。
だが、男衆は読み書き計算ができないから、商人との交渉なんて当然できないし、契約書だって書けないんだ。
ユリシアとの相談案件だな。
頭の良くない俺より、学院通ってたあいつのが、良い案を出してくれるはずだ。
やがて俺達は、森の奥の渓流を越え、山地に差し掛かる。
村からでは、木々が茂っていてわかりづらいんだが、この森の奥は山地になっている。
ニックスによれば、そこからは生態系が若干変わるのだという。
「猪を追い立てたヤツがいるとしたら、ここらから降りてきてると思うんだ」
ニックスの言葉に、俺は登り斜面に目を凝らす。
「……あー、っぽいなぁ」
斜面の藪が不自然に途切れた獣道があった。
そのそばの木々には、爪で付けられたと思しき痕も残っている。
「こりゃ熊だな」
問題は魔獣化しているかどうかってトコだ。
ただの熊でも、飢えていれば猪くらいは獲物にする。
俺は坂を登って、傷つけられた木まで歩み寄る。
「……一番高いトコで一メートル半ってトコか」
デカい熊ならありえなくもないサイズだな。
魔獣化してるかどうか、判別の難しいところだ。
「とりあえず、当初の予定通り、ここらで休憩してみるか」
俺は斜面を降りてニックスの元へ戻ると、そう告げて荷物を下ろした。
背負い鞄から、ユリシア特製の弁当を取り出す。
フタを開けると、頼んでおいた卵焼きの他にも、鳥の唐揚げも入っていた。
「好物尽くしじゃねえか。
こりゃ、なんとか魔獣を見つけて帰らねえとなぁ」
弁当への力の入れ具合から、イヤでも魔獣肉に対する期待が伝わってくる。
アイツ、この村に来て初めて食った魔獣で、味をしめてやがるな。
ニックスはパンと干し肉が弁当のようだ。
「……ニックス、そんなんじゃ足りねえだろ。
俺のを分けてやるから、ふたりで食おうぜ」
ユリシアもふたりで食べられるように考えてくれたのか、弁当箱は大きめで量もたっぷりだ。
「本当かい? いやあ、助かるよ。
ウチの嫁は、弁当作ってくれなくてね。
ノルドさんが羨ましいよ」
とはいえ、ニックスの嫁のケイラだって、パンを用意しているんだから、決して何もしていないわけじゃない。
ただ、開拓村の女達の朝は大変なだけなんだ。
女達は朝起きると、まず火起こしから始める。
そして朝食の用意をしながら、水汲みをし、旦那や子供を起こして飯を食わせて。
ユリシアのように魔法を使えれば、また違うんだろうが、今、村でまともに魔法を使えるのは、ユリシアを除けば、俺とサティ、あとは身体強化を覚えたばかりのロットくらいだ。
女達もユリシアから魔法を教わっているようだから、いずれは改善されるんだろうが、今はまだまだ女の朝は忙しい。
男衆も基本的には野良仕事を昼で一度切り上げ、昼食を取りに帰宅するから、村では弁当の用意ってのは一般的じゃないんだよな。
「――唐揚げっていうんだっけ?
コレ、冷めてるのに硬くなくて美味いね」
「ああ、ケイラに教えてやるように、ユリシアに言っとくよ」
弁当料理は、今の開拓村じゃ一般的じゃないようだしな。
普通の男衆と違って、狩りで昼でも村に帰れないニックスにとっては、美味い弁当があればその後のやる気にも繋がるだろう。
「ありがたい。
昼はいつもコレだったからね」
そう言って、干し肉を振って見せるニックス。
「俺も冒険者時代はそうだった」
俺がそう言って苦笑すると、ニックスは弁当箱を拝み始める。
「ユリシア様さまだね」
「違いねえ」
望めばすぐに弁当を用意してくれるユリシアは、俺には過ぎた嫁だ。
――仮初めとはいえ、な。
そうして弁当を平らげ、お茶でも用意しようかと、俺達は薪を集め始めたんだが――
斜面の上の方で、木々が折られる音がして。
「おいでなすったようだ……」
俺はニックスに下がるように手で示す。
ニックスは素直に従って、背後の藪に身を隠して、弓矢の用意を始めた。
俺は腰から、愛用の長剣を抜き放ち、斜面を見上げる。
「……でけえな」
そこには、四メートルはあろうかというデカい熊が、後ろ足で立ち上がって、こちらを見下ろしていた。
「鉄の匂いを嗅いでも逃げる気はなし……」
完全にこちらを獲物と定めている。
赤い目をしたそいつは、サイズからいっても明らかに魔獣だ。
これだけのサイズの……それも熊の魔獣は、俺も初めてだ。
どう考えても、アイツが猪を森から追い立てた張本人だろう。
冬眠に備えて、なるたけ獲物を欲してるってトコか。
「……兵騎で来るべきだったかもな……」
呟きながら、俺は魔熊を睨み上げる。
――咆哮。
魔熊が、転がるように斜面を駆け降りてくる。
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