第2話 3

 サティがおかしな生き物を連れ帰ってきた……


 わたしもノルドも、サティが村の子供達と家の外を歩き回るようになってから、いつか生き物を拾ってくるんじゃないかという覚悟はしてたわ。


 犬猫とか小鳥とか……他の子達と山の中に入るようになってからは、間違えて狼の仔なんか拾ってきたらどうしよう、なんて話もしてたわね。


 でも、まさか図鑑にも載ってないような、おかしな生き物を連れ帰ってくるとは思わなかったわ。


「森で仲良くなったから、連れてきたの」


 満面の笑顔で、木の実を詰め込んだ袋片手に、謎生物を披露するサティに、わたしもノルドも戸惑った。


「……これ、なんなの?」


 こういう時、長く冒険者として暮らしていたノルドの知識が頼りになる。

 

 わたしは図鑑なんかの知識しかないけれど、彼の知識は実地で培われた確かなものだ。


「う〜ん、南の未開拓地帯で見た、赤竜に似た感じがするが……」


「あなた、竜属を見たことあるの⁉︎

 よく生きてたわね⁉︎」


 わたしは図鑑でしか知らないけど、この中原に三種存在する上位生物――貴属の中でも、竜属は圧倒的な戦闘力を持つ、危険な生物なんだとか……


「ああ、偶然出くわしたんだが、気の良い奴だったぞ。

 酒を分けてやったら、すげえ喜んでた」


 ノルドは苦笑しながら、テーブルの上に座らされた、謎生物を見つめる。


「なんかね、アシスは竜属型アシストロイドなんだって」


「……どういうこと? サティ、その言葉、何処で聞いたの?」


「えっと、魔法を喚起する時みたいに、文字が出てきたの」


 わたしに訊ねられて、サティは本人もよくわかってないのか、首を傾げながら答える。


 ――魔法を喚起する時のように……


「……古代の魔道器――鬼道器なんかを使おうとすると、そういう反応があるって、昔、どっかで聞いたな……」


 ノルドがパイプに煙草を詰めて、火をつけながら呟く。


「つまり、この仔竜は鬼道器って事?」


 途端、まるでわたし達の会話が理解できているかのように、仔竜は大きくうなずいて。


「ぎゃ〜う!」


 そう鳴いて見せた。


 それから背中の小さな羽根で羽ばたき、宙を舞ってサティの頭に着地。


 その小さな手で、サティの頭を撫でて、もう一度短く鳴くと、再び飛び上がって、わたし達に張った胸を叩いて見せる。


「……あ〜、サティを可愛がるから、任せろって?」


 ノルドが紫煙を吐き出しながら訪ねると、仔竜は再び鳴いて、うなずいた。


 どうやら本当にこの仔竜は、わたし達の言っている事を理解しているらしい。


「……どうする?」


 苦笑混じりに訊ねてくるノルドに、わたしは肩をすくめるしかない。


「どうするって……名前まで付けちゃってるんだもの。

 今さら返して来いなんて言えないでしょう?」


 こうなったら、犬猫拾ってきたようなモノと諦めるしかないじゃない。


 意思疎通できる分、犬猫より世話が楽だと開き直るしかないわ。


「とにかく、ふたりはお風呂入ってらっしゃい。

 そうしたら、ご飯にしましょう」


 わたしがそう言うと。


「は〜い!」


「ぎゃ〜う!」


ふたりそろって右手を挙げて、元気に返事して、風呂場へと駆けて行った。


「……あなた、竜属の食べるモノってわかる?」


「俺が知ってる奴は、普通に俺らと同じモノ食ってたぞ?

 ただ、竜属を模した鬼道器ってなると、そもそも飲み食いするのかも怪しいけどな」


 と、ノルドはパイプをくゆらせながら苦笑する。


「行き当たりばったりになるわね……」


 ため息をつくわたしに、ノルドは笑みを浮かべたまま。


「それこそ今さらだろう?」


「そうね、そうだったわ」


 思えば、子育ての経験なんてなかったわたし達は、サティを育てるのに、いつだって行き当たりばったりだった。


 試行錯誤の連続で、どれほど村のみんなに助けられたかわからない。


 サティを拾った直後は、それこそお乳代わりに、何を食べさせたら良いのかすらわからなかったんだもの。


 温めた山羊の乳を水で薄めて飲ませるっていうのは、宿の女将さんから教わったんだっけね。


 アシスに関しては、はっきり受け答えできるんだから、食べられないモノなら拒否するだろうから、サティの時に比べたら、ずっと楽でしょうね。


「――ところでユリシア。

 明日、学校で子供達に、しばらく森に立ち入らないように注意してくれ」


「良いけど……なにかあったの?」


 ノルドは紫煙を吐き出して、パイプを灰皿に打ち付けながらうなずく。


「畑が獣に荒らされてた。

 足跡から猪だと思うんだが、子供達が襲われたら危ないからな。

 正直、今日、サティ達が森に行ってたって聞いて、焦ったくらいだぞ」


「猪が森から出てきたっていうの?

 でも、サティ達はたくさんの木の実を採ってきたわよ?」


 森の中に食料があるのに、獣がわざわざ森から出てくる事なんて、あるのかしら?


「ああ、多分、猪はなにか別の獣に追われて出てきたんじゃねえかな。

 明日、ニックスと一緒に俺も森を回ってみるつもりだ」


 ニックスというのは、サティの友達のグリオくんの父親だ。


 彼は村唯一の狩人で、普段から森に分け入って、村の食肉を支えてくれている。


「ニックスの見立てだと、畑荒らしは相当のデカブツって話でな。

 そんな獣が逃げてくるんだから、相手は魔獣の可能性もあるだろ?

 そうなると、あいつひとりじゃ厳しいだろうからな」


 魔獣というのは、野生の獣が何かの拍子に魔道器官を備えてしまった生き物だ。


 生態は元になった生き物に準じるのだけれど、厄介な事に、彼らは魔道を使うようになる。


 鹿くらいなら、狩人でも対応できるんでしょうけど、猪を追い立てるような魔獣が相手となると、戦闘の専門家が必要になってくるのよね。


 ――つまり、冒険者や騎士といった。


 わたしと出会う前のノルドは、どちらかといえば未開地域の探索を主とした冒険者だったそうだけど、ほとんどの冒険者は、依頼を受けて魔獣を討伐するのを生業にしているらしいわ。


 ノルド自身も、そういう依頼を何度もこなしてるって言ってたし、この村に落ち着いてからも、何度も村の為に魔獣討伐をしてる。


「明日はご馳走かしら?」


 魔獣の肉は、だいたい美味しいものばかり。


 王都でも、貴族が好んで買い求める、高級食材なのよね。


 わたしが笑みを浮かべると、ノルドは胸を叩いて笑った。


「任せておけ。

 そのかわり、弁当は奮発してくれよな?」


 片目をつむって、ニヤリと笑うノルドに、わたしは思わず噴き出す。


 どうやらそれが狙いだったらしい。


「好物の卵焼きを入れてあげるわ」


 一緒に暮らすようになって知ったのだけれど、彼は卵料理に目がない。


 特にわたしが前世の記憶を頼りに作った卵焼きは、大好物のようだ。


 前世で、彼氏を喜ばせたくて覚えたのに、彼はあまり好きじゃなかったのよね……


「おまえの卵焼きは格別だからなぁ」


 だから、素直に喜んでくれるノルドの言葉に、わたしはほんのちょっぴりの後ろめたさと、胸いっぱいの感謝を覚える。


 ……恥ずかしいから、口には出さないけれど。


 ノルドが褒めてくれるのは、素直に嬉しいのよね。


「メインはおにぎりで良いのよね?」


「ああ、パンは腹に溜まらん。

 人間は米食ってなんぼだ」


 さすが村の主産業を稲作に切り替えようとしてる人は、言う事が違う。


 パン食メインのこの国で、米食を主産業にしようとしてるのだから、ノルドのお米好きはよっぽどだと思う。


 まあ、前世が日本人のわたしとしても、一日一食はお米が欲しいと思ってたから、ノルドの方針には大賛成なんだけどね。


「おかさ〜ん、出るよ〜」


 風呂場からサティが声をかけてきて、わたしは棚からタオルを取り出す。


 サティは、ひとりでお風呂に入れるようにはなったものの、まだ身体はうまく拭けないのよね。


「今行くから待って〜」


 そう声をかけて、わたしは風呂場に向かった。


 このあとは、新たな家族を迎えてのはじめての夕食だわ。


 我が家の夕食は、ごはんが主食なのだけれど、アシスは気に入ってくれるかしら?

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