第2話 2

 グリオお兄ちゃんに連れられて、やってきた森の奥は、ちょっとした広場のようになっていた。


 それまではあたしの頭より高い、蔦とか雑草が生い茂っていたんだけど、その場所は背の低い――それでもあたしの膝近くあるんだけど――草しか生えてないとこだった。


 おうちのお手伝いの狩りとか山菜採りで、いつも森に入ってるグリオお兄ちゃんが言うには、ここの森にはこんなところが、いくつかあるんだって。


 ずいぶん歩いたと思ったんだけど、ここはまだ森の浅いところなんだって。


 グリオお兄ちゃんのお父さんは、村のみんなの為に森で獣を狩る狩人で、だからお手伝いしてるグリオお兄ちゃんも森に詳しい。


 みんながもっと大きくなったら、もっと奥にある渓流に行って、釣りをする約束もしてるんだ。


 今はまだ、みんなちっちゃいから、そこまで行っちゃダメなんだって。


 広場に出たあたし達は、その周りの木の下に落ちてる、木の実を拾い始めた。


 あたしはどれを拾ったら良いのかわからなかったから、グリオお兄ちゃんが拾ってるのと似たのを拾った。


 ミィアお姉ちゃんは、何度かここに来てるみたいで、迷わずに麻袋に詰め込んでく。


 ミィアお姉ちゃん、すごい。


 ドルツお兄ちゃんも、グリオお兄ちゃんに聞きながら、持ってきてた袋に木の実を集めてる。


 ロットは――ロットは、ホント、バカ。


 グリオお兄ちゃんが、今日は木の実採りだって言ってるのに、木の実を集めずに、そばの木を棒で叩いて、剣術の真似っこしてる。


 あとで分けてって言っても、知らないんだから。


 森の中は、土とか葉っぱの濃い香りがして。


 それはアパートの周りしか知らなかった前世では、嗅いだことのない匂いで。


 なんだか、それだけでワクワクしてくる。


 時々聞こえてくる鳥の鳴き声は、ロットが木を叩く音に合わせてるように思えて、なんだか可笑しかった。


 風が森を撫でて、葉っぱが擦れる音。


 そういう森の優しい雰囲気の中、あたしは木の実採りに没頭して行って。


「――なあ、サティ。

 もっとたくさん拾わせてやるよ」


 近いところはあらかた取り尽くして、キョロキョロしてたあたしに、ロットがニヤニヤしながら、そう言ってきた。


「ウソ! ロットはすぐイジワルするもん!」


「ホントだって! 見てろ?」


 ドン、と。


 ロットがすぐそばの木を蹴った。


 途端、バラバラと雨みたいにたくさんの木の実が降ってくる。


「いたっ⁉︎ いたたっ! ロットォ‼︎」


 頭に降り注ぐ木の実に、あたしは涙目になって、あのバカに叫んだ。


「どうだ⁉︎ オレも身体強化を使えるようになったんだぜ」


 あたしが魔法を覚えて、すぐの頃。


 じゃあちょうど良いって、おとさんはあたしとロットに身体強化の魔法の使い方を教えてくれた。


 その時にあたしはすぐ使えたんだけど、ロットは使えなかったんだよね。


 その時の事が、ロットは悔しかったんだと思う。


 だから、あのバカは、ようやく使えるようになった身体強化を見せびらかしたくて、こんなイタズラを思いついたんだよ、きっと。


 ロットはバカだから、絶対にそう。


「どうだ、すごいだろ!」


 胸を反らして言いながら、ロットは木を蹴り続ける。


 そのたびに、木の実はバラバラと雨のように降ってきて、あたしの頭にバチバチ当たるの。


「わかったから、もうやめろよぉ!」


 イラッとしたから、あたしは飛び上がって、ロットのお尻を蹴り抜いた。


 身体強化をバッチリ決めて、おとさんが姿勢が綺麗って褒めてくれた、必殺の回し蹴りを放つ!


 よその子には使っちゃダメって言ってたけど、ロットは一緒に鍛えてるからセーフのはずだよね。


「――むがっ⁉︎」


 蹴り飛ばされたロットは、前のめりに木に突っ込んでぶつかり、おかしな声をあげて地面に倒れ込んだ。


 その衝撃で、また木の実が降ってきたんだけど。


「――ギャ、ギャウ〜⁉︎」


 そんな声が上の方から聞こえて、黒い何かが倒れたロットの背中に落ちてきた。


 それはあたしが抱えられそうなくらいの大きさをした、まん丸い生き物で。


「……竜?」


 前世のアニメで、似たようなのを見たことがある。


 といってもアニメと違って、目の前のこの子は、まん丸の身体からちっちゃい手足が生えていて。


 身体の半分くらいの大きさの頭には、フサフサの紫銀のたてがみが生えていて、左右の耳の少し上から後ろに向けて、短い角が生えていた。


 あたしの肘から先くらいの短い尻尾に、手のひらくらいのちっちゃい羽根が背中から伸びている。


「ちっちゃいけど、竜、だよね? コレ……」


 前世だとアニメの中だけの生き物らしいけど、魔法のあるこの世界には、こういう生き物もいるのかな?


「ギャウ! ギャウウ!」


 木から落とされて痛かったのか、そのちっちゃい竜は、下敷きにしたロットに当たり散らすように、その背中でぴょんぴょん跳ねた。


「どうした⁉︎」


 騒ぎに気づいたグリオお兄ちゃん達も、こっちにやってきて。


 ロットが慌てて、竜みたいな生き物の下から逃げ出して、グリオお兄ちゃんの後ろに隠れた。


「――サティちゃん、逃げて!」


 ミィアお姉ちゃんも、グリオお兄ちゃんの後ろに隠れて、あたしを呼ぶ。


 その声に、黒い生き物があたしを見て。


 ……あ、頭の真ん中で青くて丸い石が光ってる。


 なんだろ、アレ。すごく綺麗……


 なんて思った瞬間。


 まるで魔法を喚起する時みたいに、視界の右下に文字が現れた。


「――育成補助ユニット……竜属型アシストロイド?」


 あ、やっぱり竜なんだ。


 なんて思いながら、その文字を読み上げると、目の前の黒い生き物は嬉しそうに、あたしに目を細めて見せた。


「きゅ〜う!」


 笑ってる、のかな?


 ――個体名……


 って、文字が表示されて、求めるようにてんてんが点滅する。


「名前をつけろってこと?」


「きゅう!」


 仔竜がうなずく。


「ん〜……」


 そんな急に言われても、子供のあたしにすぐに思いつくわけないよ。


 前世でも現世でも、ペットなんて飼ったことないし……


「……じゃあねぇ」


 単純かもしれないけど、この子、あたしの言ってることわかってるみたいだし、イヤならイヤって言うよね?


「アシストロイドだから、アシスでどうかな?」


 ――個体名……アシス。


 ――ローカル・スフィア間の接続を確認。


 ――ソーサル・リアクターの共有開始。


 文字が追加されて、仔竜の額の石が光る。


 文字の意味はよくわからなかったけど、この子とあたしが魔道器官を通して繋がったのがわかった。


「――きゅ〜う!」


 気に入ってくれたみたい。


 アシスは上を向いてひと吠えすると、ちっちゃな羽根を羽ばたかせて宙に浮き上がり、そのままあたしの胸に飛び込んできた。


 見た目はツルツルしてる感じなのに、短い毛が生えてて、すっごくサラサラで手触りが良い。


 このフサフサ、クセになりそう……


「――サティ!」


 みんなが慌てた声をあげたけど。


「大丈夫だよ。この子は危なくない。

 ――ね、アシス?」


「ギャウン!」


 あたしの腕の中で、アシスはみんなに目を細めてうなずいて見せた。


「ホント? アシスちゃんっていうの?

 触っても噛まない?」


 ミィアお姉ちゃんが、グリオお兄ちゃんの後から出てきて、恐るおそる手を伸ばした。


「きゅう!」


「良いって。お姉ちゃん、アシス、すっごくフサフサだよ!

 あたし、クセになりそ〜」


「うわぁ、ホントだ。サラサラしてるっ!」


 あたしとミィアお姉ちゃんは、アシスのお腹を撫でながら、顔を見合わせて笑い合う。


「ホ、ホントに危なくねえのか?

 オレ、めちゃくちゃ踏まれたぞ⁉︎」


 バカロットが、相変わらずグリオお兄ちゃんに隠れながら言ってきた。


「ロットが踏まれたのは、この子を落としたからだよ!

 木の上にいたのに、あんなに揺らすから怒っただけだよね〜?」


「と、どとめはお前の蹴りだったじゃねえかっ!」


 ロットはそう言い訳したけど。


「ぎゃう、ぎゃ〜お!」


 あたしに同意するように、アシスはロットに向けて、短い手を向けて、殴るような仕草をしてみせた。


「ホラ、アシスもそう言ってる!」


 あたしが言うと、ロットを除いたみんなが噴き出した。


「そ、それでサティちゃん、その子どうするの?」


 ドルツお兄ちゃんも、あたしの前までやってきて、アシスの顔を覗き込みながら訊ねてきた。


「ん〜、アシス、ウチ来る?」


 さっきの文字はよくわからなかったけど、今もアシスとは繋がってる感じがするんだよね。


 なんとなく言いたいことも、わかる気がするし。


 連れて帰って、おかさんに見てもらわないと。


「キュウ!」


 あたしの問いに、アシスは可愛く鳴いて、大きくうなずく。


「じゃあ、ロットが落とした木の実だけ拾って、そろそろ帰ろっか」


 グリオお兄ちゃんがそう告げて、みんなでうなずく。


 いつの間にか、木の上の方まで空が赤くなってた。


 木の実拾いは、アシスも手伝ってくれて。


 ロットは不満げだったけど、グリオお兄ちゃんに言われて、結局は素直にお兄ちゃんの袋に、木の実を集める。


 やがてみんなの袋はパンパンになって。


「よし、それじゃ帰ろう!」


 グリオお兄ちゃんが、みんなに宣言。


「は〜い」


 手を挙げて返事する、あたし達の真似をして。


「ぎゃ〜う!」


 アシスもあたしの頭によじ登って、短い手を一生懸命に挙げて、グリオお兄ちゃんに返事するのが、可愛くて可笑しかった。

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