俺と開拓村の生活

第2話 1

 ――ふたりに拾われてから三年。


 あたしは三歳になった。


 転生した世界は、日本とは全然違っていた。


 拾われてすぐの頃、王都――この国で一番の都会に連れて行かれたけど、まるでアニメやマンガのファンタジーの世界みたいだった。


 それから今のおうちに引っ越して。


 おうちはおとさんがロボット――兵騎って呼ぶみたい――で、一日で作っちゃった。


 木とレンガで組まれた、大きくはないけどステキなおうちだ。


 綺麗好きなふたりの要望で、大きなお風呂まであるの。


 赤ちゃんになったあたしを育てるのに、おかさんはかなり苦労してた。


 近所のお母さん達に、毎日いろいろ教えてもらいながら、一生懸命に育ててくれたんだ。


 おとさんも、お仕事が終わってから、あたしをすごく可愛がってくれたし、おかさんから子育ての方法を教わって、一緒になってがんばってた。


 ふたりとも、本当に一生懸命だったからね。


 あたし、ふたりをおとさん、おかさんって呼んでも良いのかなって思って……


 ある日、ためしに呼んでみたら、すっごく喜んでくれた。


 前世だと、『お母さん』の中には、そう呼ぶと怒る女の人もいて、おかさんをそう呼ぶのは、おとさんよりちょっと遅くなっちゃったんだけど、おかさんって呼んだら、泣いて喜んでくれたんだ。


 ちゃんとごはんも食べさせてもらえて。


 この前は、誕生日も祝ってもらえた。


 前世も含めて、はじめての事だったから、あたし、思わず泣いちゃった。


 おとさんとおかさん、驚いてたなぁ……


 朝、おとさんは兵騎に乗って、村のすぐ横の畑に向かう。


 時々、兵騎の手に乗せてもらって、一緒に畑に連れてってもらったりするんだけど、兵騎はすごい。


 畑を拡げるのに、森を切り開く時なんか、大活躍だ。


 おっきな木を根っこごと引き抜いちゃうの!


 地面を掘り返す時も、村のおじさん達よりずっとはやく広く、畑を作るんだよ。


 おとさんが来てから、開墾が楽になったって、おじさん達はすごくおとさんを褒めるんだ。


 おとさんが褒められると、あたしもなんだか嬉しくなっちゃう。


 おかさんは、朝ごはんが終わると、後片付けをして、お掃除とお洗濯。


 お手伝いしたいんだけど、おかさん、魔法でバーって終わらせちゃうから、ぜんぜんできないんだよね。


 食器洗いもお洗濯も、水の球を宙に浮かべて、あっという間に綺麗にしちゃうの。


 お掃除も、おうちのドアと窓を全部開けて、風でびゅーん!


 あたしが唯一できるお手伝いは、テーブルを拭くくらいだよ……

 

 おかさんは、もうちょっと大きくなって魔法を使えるようになったら、お手伝いしてもらうって言ってる。


 早く魔法を使えるようになりたい。


 坂を下ったトコの、ミィアお姉ちゃんは最近、ちっちゃい水の球を出せるようになったって見せてくれたっけ。


 お姉ちゃんは五歳だから、あたしもそれくらいになったら使えるようになるのかなぁって、その時は思ってたんだ。


 午後になると、おかさんは村の子供達やお姉さん達を呼んで、学校を開く。


 おうちの隣には、おとさんが去年建てた建物があって、そこを教室にしてるの。


 文字や算術、あと魔法を教えたりしてて、おかさんはみんなから先生って呼ばれてるんだ。


 あたしはまだ早いって言われて、おかさんの机の横でお絵描きしてるように言われてたんだけどね。


 黒板の字を見てる間に、覚えちゃったよ。


 だから、ある日、お絵描き用の紙で書き取りの練習をしてたら、おかさんもみんなもびっくりしちゃってた。


 おかさんが喜んでくれるから、調子に乗って足し算と引き算もできるって書いて見せたら、大騒ぎになっちゃった。


 その日から、あたしも一緒に授業に参加しても良くなったんだ。


 今は掛け算を覚えてるトコ。


 そんなある日、ちょっと早いかもしれないけどって言いながら、おかさんは魔法も教えてくれるようになった。


 あたし、魔法って前世で見たアニメとかマンガみたいに、呪文を唱えて――っていうのを想像してたんだけど、この世界ではそうじゃないんだって。


 胸の奥にある魔道器官を意識して、そこから聞こえてくる『音』に耳を傾けて……


 そうすると目の前に、その時に使える魔法が文字となって表示されるから、それを選ぶと良いんだって。


 魔法を喚起するって言うんだよ。


 おかさんほど強くはないけど、あたしもちょっとなら魔法が使えるようになった。


 ちっちゃい水を出したり、指先に明かりを灯したり。


 あと、身体を強くする身体強化っていうのも使えるようになったんだけど、元々の身体がまだ小っちゃいから、使っててもあまり気づいてもらえないんだよね……


 使い続けると魔道器官は強くなるって、おかさんが言ってたから、今は練習を繰り返してるところ。


 学校は毎日、二時間くらいで終わる。


 そのくらいじゃないと、女の人達の、夕ごはんの準備が間に合わないんだって。


 夕ごはんの準備は、朝ごはんの準備も一緒にやっちゃうから、お昼より時間がかかるんだよね。


 ウチのおかさんは他のおうちと違って、魔法で火を起こしたり水を作ったりするから、それほど大変じゃないって言ってた。


 だから、おかさんは授業を終えると、夕方までなにか物を書くお仕事をしてる。


 前になにをしてるか聞いてみたら、隣の領主さまに頼まれてるお仕事なんだって教えてもらった。


 覗いてみたら、なんかたくさん数字が書かれてて、良くわからなかった。


 あたしは邪魔にならないように、授業が終わったら、ミィアお姉ちゃん達と一緒に遊ぶようにしてる。


 邪魔をしておかさんに嫌われたくないもん。


 遊び場は、いろいろかな。


 村全部を使って、鬼ごっこすることもあるし、お姉ちゃん達と一緒に、森の前にあるお花畑に行ったりもする。


 前にお姉ちゃんに教わって、おかさんに花飾りを作ってあげたら、すごく喜んでくれたんだよね。


 おとさんも欲しいって言ってたから、今度行ったら、ふたり分作ってあげるんだ。


 おとさんって男の人だから、お花は嬉しくないと思ってたんだけど、欲しいんだって。


 おもしろいよね。


 今日は森に入って、木の実を取ることになった。


 村の子供達のリーダー、グリオお兄ちゃんが先頭になって進んで行く。


 グリオお兄ちゃんは八歳で、あたしより頭二つ分も大きい。

 

「疲れたら、ちゃんと言えよー」

 

 後ろから手を繋いでついてく、あたしとミィアお姉ちゃんに優しくそう声をかけてくれるんだ。


「女なんか置いて、オレ達だけで行けば良かったんだよ」


 拾った木の棒を振り回しながら、そんな事を言うのは、ロットだ。


 ミィアお姉ちゃんと同じ五歳で、ボサボサの赤毛をしている男の子。


 すぐ大きい声を出すから、あたしはちょっと苦手だ。


「――な、そう思うよな?」


 ロットに訊ねられたのは、グリオお兄ちゃんのすぐ後を歩いている、ドルツお兄ちゃん。


 ロットと同じ五歳で、ちょっと気弱な男の子だ。


 今も辺りをキョロキョロ見回しながら、グリオお兄ちゃんにくっついてた。


「ぼ、ボクはそもそも、鬼ごっこの方が良かったなぁって……」


 ビクビクしながら答えるドルツお兄ちゃんに、ロットは棒を振って鼻を鳴らす。


「なんだよ、冒険ごっこのが面白いだろ!」


 ロットはすぐに大きい声を出すバカだ。


「冒険ごっこじゃなく、木の実採りだって、グリオお兄ちゃんが言ってたでしょ?」


 ミィアお姉ちゃんがロットに言うと。


「だから、木の実ってお宝を探す冒険だろ!?」


 ロットはそう応えて笑う。


 前に、大きくなったら冒険者になりたいんだって言ってたロットは、とにかく冒険ごっことか、チャンバラごっこをしたがるんだよね……


 あたしが三歳になってから、朝ごはんの前におとさんから剣術を教わってるって言ったら、自分も教えて欲しいって、毎朝、訪ねてくるようになった。


 って言っても、あたし達が教わってるのは、おとさんと一緒に村を一周走って、それから木剣で素振りをするくらいなんだけどね。


 でも、ロットには剣を振るっていうのが嬉しいみたい。


「――ロット、冒険ごっこは今度な。

 今日は女の子もいるんだから、木の実採り。

 良いね?」


 グリオお兄ちゃんに注意されて、ロットは唇を尖らせる。


「ちぇー、グリオ兄、約束だからな?」


「うん、約束するよ」


 グリオお兄ちゃんは笑顔で頷いて、ロットの頭を撫でた。


「さ、もうちょっとだよ。

 前に父さんと一緒に見つけたんだ」


 グリオお兄ちゃんの言葉に、あたし達も頷く。


「木の実を焼いたお菓子って、美味しいんだよ。

 たくさん採れたら、お母さんに焼いてもらうから、サティちゃんにもあげるね」


 手を繋いだミィアお姉ちゃんがそう言って。


「ホント?

 じゃあ、あたし、がんばってたくさん集めるから、おとさんとおかさんのも良い?」


 あたしの言葉に、ミィアお姉ちゃんは優しく笑ってくれた。


「サティちゃんは、本当にお父さんとお母さんが大好きなんだねぇ」


「うん、大好き!」


 そうして、あたし達は森を進んで行く。

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