俺の決意

閑話

 サティを風呂から上げて、俺はひとり、湯船に身を沈める。


 日中の農作業で疲れた身体に、お湯の熱が染み渡る。


 ……あの子を拾って、もうじき三年。


 古代騎の鞍で、あの子を見つけた時の感情は、今でも覚えてる。


 初めに感じたのは、恐れだ。


 遺跡の奥深く――古代騎の鞍の中にいる、生まれたてのような赤ん坊。


 厄介事の匂いしかしないように思えた。


 だが、ユリシアがあの子を抱き上げたのを見た時……前世で息子が生まれた時の事を思い出しちまったんだよなぁ……


 ――この子の為なら、なんでもやろう……なんでもできる!


 そう思って、がむしゃらに――それこそ、身体を壊すくらいに働いた。


 働けたんだ。


 働いて、家庭を守ることこそ、妻と子供の幸せに繋がるのだと、そう信じて疑わなかったんだよな……


 結果、妻や息子との時間は少なくなり、妻は男を作って、息子と共に出ていった。


 俺自身が正しいと思っていた事が……家族にとっては大間違いだったってわけさ。


 ……それでも、息子が生まれたあの時――確かに俺達は家族だったんだ。


 そんな事を考えながら、すっぽんぽんだったサティを布で包む為に、ユリシアから預かって……


 あの重さと温もりを感じたら、もうダメだった。


 俺がこの子を育てる。


 ……今度こそ間違わない。


 絶対に幸せにしてやる。


 そう考えていたよ。


 ユリシアも同じような事を言い出して、俺は噴き出しちまった。


 あの時のユリシアは、二十歳にもなっていないような小娘だったってのに。


 その目は確かに決意に満ちた、母親の目をしていたんだ。


 ――ああ、息子を連れてく時の、前世の妻もあんな目をしてたっけ。


 あいつは、女であることを優先したように見えて……母親であることは止めなかったんだな。


 俺は……愛し方を間違えていた、心のぶっ壊れた俺は……


 ――子供は母親といるべきだ。


 ……なんてうそぶいて、息子を連れて行こうとするあいつを、留められなかったよ。


 だから。


 あの時の妻と同じ目をしていたユリシアは、信用できると思った。


 恋愛感情なんて、もちろんない。


 だが、仮初の夫婦でも、サティを幸せにしたいという気持ちは一緒だ。


 いわば、同志ってやつだな。


 遺跡から街に戻った俺達は、ギルドに未探索領域の報告をした。


 サティが居た古代騎を持ち帰ったから、それが証拠になったんだよな。


 報奨金を元手に、古代騎の所持を国に申請して。


 当初、予想してたように、俺は騎士爵を賜った。


 兵騎――特に古代騎とその使い手は、単純に国力に繋がるからな。


 国はなんとかして、手元に置きたがるんだ。


 俺が庶子とはいえ貴族の子だったってのも、手続きがすんなり行った理由だろうな。


 さすがに子連れで冒険者なんてできないから、騎士になれたのは渡りに船だった。


 未開拓地とはいえ、領地も賜ることができた。


 王国の東部――ダストール辺境伯領のお隣、リュクス大河に面した肥沃な土地だ。


 元々は辺境伯領から入植した人々が、辺境伯の支援を受けて開拓していた村があったんだが、俺が辺境伯の部下になる形で、統治を任されたってわけだな。


 とはいえ、家を追い出されてから、ずっと冒険者をしてきた学のない俺だ。


 報告書の作成なんかは、ユリシアに任せっきりになっちまってる。


 俺は村の連中と一緒に、開拓やら農作業にいそしむ毎日だ。


 慣れない作業に、初めの頃は男衆――特にジジイ共には、めちゃくちゃ怒鳴られまくったな。


 いや、怒鳴られてるのは今でもか。


 ……回数は減ってるはずだ。


 友人と呼べるような奴もできた。


 騎士爵なんて言っても、村ひとつ――しかも開拓中の土地の領主だ。


 俺は村民に混じって、一緒に汗をかいてるのが身の丈に合ってる。


 最近は、サティも村の子供達と遊ぶようになったしな。


 ……もう三歳か。


 サティがはじめて俺を「おとさん」って呼んだ日。


 俺はユリシアと一緒に、一杯やりながら泣いたよ。


 ユリシアは呼んでもらえなくて、ふてくされてたっけな。


 でも、翌日には「おかさん」って呼んでもらって、その晩は俺があいつの晩酌に付き合った。


 ああ……満たされて行くっていうのかな?


 今度こそ守るんだって、改めて誓った。


 前世では家族に見放され、現世では実の母親にすら捨てられた――きっとどっかぶっ壊れてる俺を。


 サティは親父って呼んでくれるんだ。


 そして、ユリシアもそれを認めてくれる。


 なら……ならさ。


 あいつらが誇れる父親でありたいって思うよ。


 幸いな事に、村の連中のおかげで開拓は順調だ。


 去年、村の横にあった沼を干拓して、リュクス大河から灌漑を引いた。


 そこを稲田にした甲斐あって、今年は米が大量に採れそうなんだ。


 河っぺりって事もあって、俺の領地はちょっと掘ると粘土層にぶつかっちまって、麦作に向いてないんだよな。


 兵騎で粘土層を掘り抜いて、土の入れ替えなんかもやっちゃいるんだが、畑すべてとなると、手が回らねえんだ。


 だから、行商人が米を持ち込んでくれた時は、そりゃもう喜んだよ。


 前世の俺は、農家じゃなかったが、実家で爺ちゃんが米を作ってた。


 ガキの頃によく手伝わされてたから、作業の流れはざっくりとだが覚えてる。


 村のジジイに、稲作経験があるやつが居たのも幸運だった。


 今年うまく行くようなら、麦作から稲作に切り替えて行こうって、村の会合でも決まった。


 本格的に田を増やすとなれば、灌漑を増やす必要もあるが、そこは兵騎でなんとかなるだろう。


 遺跡でサティがいた、あの古代騎。


 ダストール辺境伯が外装を整えてくれたんだが、今のところ活躍の場は農作業ばっかりなんだよな。


 本来、兵騎の活躍の場は、戦場や侵災調伏なんだが、そんな機会は少ないに越したことがない。


 サティと出会うまで、ずっと殺伐とした世界で生きてきたからな。


 この三年は、俺にとってひどく充足したものだったよ。


「――おとさ~ん。そろそろご飯だって~」


 風呂場の外から、サティが呼んでいる。


 ちょっと長風呂し過ぎたか。


「おう、今行くぞ~」


 俺は湯船から出て、サティにそう応えた。


 ……とことん運に見放された俺だから。


 どうか明日も明後日も、今日までのような日々が続いて欲しい――そう願わずにはいられないんだ。

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