わたしの契約

閑話

 サティを見つけたあの遺跡は、恐らく先史文明――魔道帝国と呼ばれる、大陸統一国家があった頃のものだと思う。


 前世の日本以上に、発展した文明があったと思われる時代の名残。


 遺跡を構築している素材ひとつ取っても、理解が追いつかなかったわ。


 数千年の時を経ても劣化していない壁は、触れると金属のようにひんやりとしているのに、ゴム素材のようにやや弾力があって、ひどく驚いた。


 ノルドが言うには、すでに探索され尽くした「れた遺跡」という事だったけれど、別にわたしは遺物を目的としていたわけじゃなかったのよね。


 ただ、本の中でしか知らない古代遺跡というものを、実際に見てみたかったの。


 幸いな事に、道中に魔獣が出てくることはなかったし、遺跡内部に巣食ってる事もなかった。


 ややはしゃぎ気味に、遺跡の中を見て回ったわ。


 ノルドもあの遺跡を訪れるのは初めてだという事で、興味深げにしてたっけ。


 あの人、クマみたいないかつい見た目なのに、興味のあるものの前だと、子供みたいな笑い方するのよね。


 遺跡の中は、前世のSF映画で見た、研究所みたいな造りをしていた。


 ノルドが言うには、ああいうタイプの遺跡を『工房』って呼ぶのだそうよ。


 一通り見て回って、最奥と思われるところまで辿り着いたところで、わたしは違和感を覚えた。


 長い通路があって、ただの行き止まりなんてありえる?


 ノルドも同じ感覚だったみたいで、突き当りの壁まで近づいてみたの。


「――あ、これ、タッチ式じゃねえか?」


 壁の右脇にある黒いパネルを指差して、彼はそう呟いて。


 間髪入れずに、彼はそこに触れた。


 途端、圧搾音と共に空気が流れ出して、行き止まりと思ってた壁が左右に割れたのよね。


 遺跡探索経験があるっていうのは、伊達じゃなかったってことね。


「『工房』には、こういう仕掛けが結構あるんだよな。

 ――喜べ、ユリシア。

 未探索領域だ。お宝を拝めるかもしれん」


 笑顔でそう告げた彼は、腰の長剣を引き抜いて、慎重に歩き出した。


 現れた通路に踏み込むと、天井に照明が灯った。


「この辺りは、まだ生きてるんだな……」


 生きた遺跡というのは、ノルドも初めてだそうで、すごく興味深そうにしてたっけ。


 わたしは警戒の余り、彼の背中にしがみつくようにして歩を進めたわ。


 そうしてわたし達は、数十メートルほど歩いたところで、あのホールに出た。


 格納庫のような造りで、大型の工作機械が並んだその中央には。


「……兵騎?」


 こういうのを前世だと、SDロボットって言ったっけ?


 短足低重心をしたそれは、貴族が所有する魔物退治用の大型甲冑によく似ていた。


「……いや、ここの防衛機構――機属だな……」


 ノルドが呟き、長剣を構えるのとほぼ同時に。


 目の前の人型の顔に赤い光が灯って、ゆっくりと立ち上がる。


 五メートルほどはあるだろうか。


「……機属? 兵騎とはちがうの?」


「アレは自律稼働――人が乗ってねえんだ」


 わたしに答えながらも、彼は一歩を踏み込んで。


 彼の補助の為に、わたしは数歩、後ろに下がった。


 いつでも魔法で支援できるように、魔道器官に魔道を通す。


 機属が拳を振り上げて。


「オオォォォ――――ッ!」


 真っ向から長剣でそれを受けたノルドが、雄叫びをあげる。


 激しい金属の激突音が辺りにこだまして。


 ノルドは笑みを浮かべたまま、機属の腕を弾き返していた。


「……ウソでしょ……」


「ハッハ――」


「笑ってるし……」


 頭おかしいとしか思えない。


 呆然とするわたしの目の前で、ノルドは機属の腕を切り落とし、両膝を割ったかと思うと、倒れた機属のその胸に跳び上がって、頭部を両断した。


 信じられる?


 あの人の剣って、魔道器でも刻印処理されたものでもない、ただの鉄剣なのよ?


 それなのに、古代の遺物を瞬殺……


 ギルドの受付のお姉さんから、彼が強いとは聞かされてたけど、ここまで化け物とは思わなかったわ。


 侵災を生き延びたっていうのも、発生現場から逃げ出したのを誇張してるのだと思ってたけど……本当なのかもしれない。


 動かなくなった機属の胸の上で、辺りを見回している彼に、わたしは思わず駆け寄ったわ。


「信じられない! 古代の遺物を壊しちゃうなんて!」


「襲ってきたんだ、仕方ないだろう!?」


 頭を掻いて苦笑する彼の胸を、わたしは叩く。


「生きてる遺物よ? どれだけ学術的な価値があると思うの!?

 一度撤退して、人を集めてきて捕獲するとか、手はあったでしょう!」


「あー……そこまで頭が回らなかった。わりい」


 なんて、素直に謝罪する彼に腹が立って、わたしは何度も彼の胸を叩いたわ。


「でも、価値っていうなら、アレでも良いんじゃねえか?」


 と、彼が指さした方に視線を巡らせて、わたしは初めてそれに気づいた。


 機属同様のSD体型をしたそれは、けれど機属と違い、装甲のない素体剥き出しの姿をして、ホールの最奥にたたずんでいた。


 唯一の装甲は黒色の胸甲だけで、それ以外は紫の肌が剥き出し。


 腰まで伸びるたてがみは紫銀をしていて、ツルリとした黒色の無貌の面が照明を照り返している。


「――兵騎……それも古代騎だ。

 国に登録申請すれば、騎士爵くらいはもらえるんじゃねえかな?」


 ノルドは楽しげに言って、機属の胸から飛び降りると、あの騎体に向かって歩き出す。


 兵騎は騎士の――貴族の証みたいなものだものね。


 ウチの実家にも、先祖伝来の兵騎があって、お兄様が継承する予定だったわね。


 わたしも機属から飛び降りて、彼の後を追う。


 兵騎の周りには――整備用なのかしら――足場が組まれていて、鞍のある胸部まで伸びていた。


 階段を登り。


 兵騎の胸部装甲の前まで来ると、ノルドはそれに触れてみる。


「お? 動かねえな?」


 たいていの兵騎は、人が胸部に触れながら、魔道を通せば鞍を開くものなのだという。


「どれ――」


 と、彼は胸部装甲の前で両足を広げて腰を落とすと。


「ぃよいしょっ!」


 強引に装甲を押し上げた。


 ホント、なんて馬鹿力……


 ノルドは開いた鞍に顔を突っ込んで。


「こいつぁ……」


 困惑気味にうめく彼に、わたしも鞍を覗き込んで。





 ――そこで、白銀の髪をした赤ん坊――サティに出会ったのよね。





 抱き上げたサティの暖かさに、思わず涙が出そうになった、あの時の感動を今でも昨日の事のように覚えてるわ。


 前世から、あの瞬間までずっとずっと……


 わたしはもう、子供を抱くことなんてないって思ってた。


 ――でも……子供が欲しい。


 愛する人との子供を授かったなら……わたしの暗い人生も変わってくるんじゃないか――


 前世でも、現世で学園にいる時も。


 ずっとそう思ってた。


 今はもう、誰かを愛するなんてできないし、したいとも思わなかったけれど。


 それでも……そんな壊れたわたしでも……自分の子供を愛する事くらいはできるんじゃないかって。


 そんな歪んだ考えを持っていたのよね。


 ――だから。


 サティを育てようと思ったのは、当時のわたしからしたら、自然な考えだったのよ。


 ノルドを巻き込もうと思ったのは、まあ成り行きよね。


 断られたら、別の人に頼もうと思ってたわ。


 でも、彼の人柄からしたら、引き受けてくれるような確信もあった。


 そんなわけで、彼が同じような提案を口にして、わたし、思わず噴き出しちゃったのよね。


 ――彼は信頼できる。


 男女としての恋愛感情なんて、もちろんない。


 でも、サティを育てたい――幸せにしたいって気持ちは一緒だと思えた。


 いわば同志ね。


 一緒に暮らすようになってから、今でも。


 あの人はわたしを安心させる為なのか、出会った時に渡した魔道器を着けたままなの。


 わたしに性的に触れようとしたら、電撃が流れるってアレ。


 出会ってから、もうじき三年。


 そんなモノなくても、わたし、彼の事はとっくに信頼してるっていうのに、彼はけじめだって言って、外そうとしないのよね。


「――おかさん、髪やって~」


 ああ、サティがお風呂から上がってきたようね。


 わたしは日記を閉じて、リビングに向かう。


 サティも、もう三歳になろうとしている。


 最近はいろんな事に、興味を示すようになってきているわ。


 ノルドは剣術を仕込もうとしてるようね。


 わたしは女の子なんだから必要ないと思うのだけれど、サティは結構乗り気みたい。


 まあ、護身術としては、良いのかもしれないわね。


 もうちょっと大きくなったら、わたしも魔道を教えてあげようと思う。


 ああ、その前に文字の読み書きが先かしら。


 サティは賢いから、すぐに覚えてしまうかもしれないわね。


 算術も教えてあげなくちゃ。


「おかさ~ん?」


「はいはい、ちょっと待って~」


 わたしはタオルを持って、お風呂場に向かう。


 この地に越してきてから、日々、忙しいけれど。


 学生時代の忙しさと違って、今のわたしは充実してるわ。

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