第6話

「なっ、なんだ今のっ」

「化け物が、化け物を!」


 中級騎士たちは腐っても騎士だった。

 オルフェがブルードラゴンと対峙し、ダートを回復している間に、追いついてしまっていたのだ。


「お前たち、今まで何をしていた?」

 怪我の治療は終えているが、あちこちに血がこびりつき、装備はボロボロのままのダートが中級騎士たちを見つけて咎めたが、中級騎士たちは眼の前にいるのが騎士団長だと分かった上で反論した。

「団長の支援をするためにここまでやってまいりました!」

「ですがあの土壁を越えることが出来ずっ! 下級騎士オルフェが邪魔をしたのです!」

「それより、あの化け物は何なのですか!?」

「彼を化け物と呼ぶことは許さん」

 ダートははっきりと怒りを込めて、中級騎士たちに宣言した。

「先程申し伝えた通り、見聞きしたことは他言禁止だ。群れのボスは倒したのだから、お前たちも残党を討伐せよ」

「え……は、はいっ!」

 中級騎士たちは背筋を伸ばして良い返事はしたが、その後、明らかに魔物が居ない方向へゆっくりと歩き去った。

「ごめん、魔力ないからあれ撮れないや」

「それより、これでも被っておけ」

 ダートがオルフェの頭に破れたマントをぱさりと載せた。オルフェはそれを、髪と目の辺りを覆い隠すように結んだ。

「吃驚したよ。このマントの切れ端がドラゴンの爪に引っ掛かってたから」

「まさかあの巨体がああまで素早く動くと思わなくてな。油断した」

「生きててよかった」

「お互いにな。気配はどうだ?」

「もういない」

「ならば戻るか」

「あいつらは?」

「伝令の笛で呼び戻せばいいだろう。お前は先に帰っていろ」

「ありがとう、ダート」

 ダートはオルフェが明らかに人外であることを昔から知っていた。

 その上でずっと、「それがどうした、オルフェはオルフェだ」という態度を崩さない。

 中級騎士たちから直接「化け物」扱いされてもオルフェは気にしていないつもりだったが、ダートの言葉に救われていた。

「急にどうした。いいから早く行って、甘味を摂れ」

「うん」

 オルフェはへらりと笑って、その場を後にした。




*****




 ガラル国の重鎮達は、ライドリニカ国に放っていた密偵からもたらされた情報に、またしても頭を抱えていた。

「危険度SSS級のブルードラゴンが現れて、第一騎士団が討伐しただと……」

 ライドリニカ国の騎士団は第一から第五までいるが、ガラル国の騎士団は第一のみ。しかも七百人ほどしかいない。

 危険度SSSを相手にしようものなら、国の存亡を賭けた戦いになるだろう。

「それが、報告によりますと、騎士団側にも魔物のような姿の者がいたと」

 密偵が続けた言葉に、ガラル国の重鎮達は一斉に顔をあげた。その顔には困惑、喜色、混乱等様々な表情が浮かんでいる。

「騎士団が魔物と手を組んでいるのか?」

「そこまでは断定はできません。ただ、一部の騎士が『化け物がいる』と噂しておりまして」

「ええい、未確定であるなら白黒はっきりさせぬか!」

「申し訳ありません。引き続き調査を行いたいのですが、その、資金が……」

 ライドリニカの騎士団は貴族を尊重しているため、出自に関してどこの国よりも厳しい。

 たとえ孤児でもオルフェのように、どこかの貴族が絶対の責任と身元保証をしなければ、入団すらできない。

 その結果、密偵達は騎士団には潜入できず、ライドリニカの城下町で一般平民として暮らしていた。

 密偵の仕事をこなしながら、生活費を稼ぐ仕事をするのは難しい。

「……くっ、ならば四分の三を一時帰還させよ。それでどれだけ持つ?」

「三十日ほどかと」

「それでいい。行け」

「はい」

 密偵は音も立てずにその場から姿を消した。

「これ以上の増税は民に反乱を起こされますぞ」

 財務大臣が木板に数字や記号を書き込みながら、密偵と会話をしていた宰相に釘を刺す。

 そもそも密偵を出さなければその分国庫は減らないのだが、彼らは『打倒ライドリニカ』しか頭にない。

「わかっておるわ!」

 宰相がだん! と机を打つと、大臣以下は静まり返った。

「しかし、弱みが握れそうじゃな」

 国王がテーブルに肘を付き、重ねた手の上に顎を乗せて呟いた。口元に笑みが乗るのを隠しきれないでいる。

「ええ、残る密偵たちもわかっておるでしょう」

 密偵の活動資金にも事欠く国だが、野望だけは大国並みであった。




*****




 オルフェは自室で鏡をじっと見ていた。

 両手の指で両目の上下の瞼をぐわっと開いて、瞳を色んな角度から確認する。

 テーブルの上には、食べ物や飲み物を大量に食べ散らかした後が乗っていた。

「んー……まだちょっと赤い、か?」

 部屋の照明が眼球を照らすと、ほんのりと赤みを帯びている気がする。

 そこへ、扉をノックする音がした。

「オルフェ、俺だ」

「どうぞ」

 声でダートと判断するや、即座に入室を許可した。

 ダートは両手いっぱいに紙袋を抱えていた。

「どうだ……ああ、まだ少し赤いな」

「やっぱり?」

「まあ、よく見ないとわからんとは思うが。ほら、差し入れだ」

「ありがとう!」

 オルフェは紙袋を受け取り、そのうちのひとつを開けた。中身はワッフルだ。別の袋にはタルトやパウンドケーキ、チョコレート等が入っている。ひときわ大きな紙箱の中にはバケツプリンが入っていた。

「わ、これいっつも売り切れなんだよ。どうやったの?」

 オルフェが手に取って歓声を上げたのは、黄色いマカロンだ。人気の甘味だが作り方が複雑で量産が難しく、どの菓子屋も数量限定でしか取り扱っていない。

「通りかかった店にたまたまあった」

「運いいなぁ。……うん、美味しい。でも、そろそろしょっぱいものも食べたいな」

「お前でもそういう気分になることがあるのか」

「なるよ。あの日から甘味しか食べてない」


 ブルードラゴンを倒したのは四日前の昼過ぎである。先に帰されたとはいえ、西の森から騎士寮までは徒歩で三日の距離がある。

 オルフェはその間、持参していたクッキーや森に自生している果物でちまちまと甘味を取り続け、騎士寮に戻る頃には髪の色だけは元の黒に近くなっていた。


「無理をさせてしまったのに、悪いんだが……」

「今回の討伐貢献者のことでしょう? いつも言ってるけど、僕のことは気にしないで」

 討伐貢献者とは文字通り、魔物討伐に大きく貢献した者に贈られる報奨や勲章のことだ。

 ほぼ毎回騎士団長であるダートが「オルフェのお陰」と言い続けているにも関わらず、オルフェは一度も受け取ったことがない。

 今回に関して言えば、ブルードラゴンを倒したのは間違いなくオルフェであるのに、どういうわけかダートが貢献者となってしまった。

「本当にすまん。だが、あいつらが自爆したお陰で、お前の待遇が少しだけ良くなる」

「へぇ?」


 ダートの言う「あいつら」とは、件の中級騎士たちのことである。

 オルフェが創った土壁の内部の映像――中級騎士たちの醜態――から、本人たちの「オルフェは化け物だった」という訴えは「討伐時という緊急事態にも関わらず魔物相手に錯乱した結果見た幻覚」であると決めつけられてしまった。

 ちなみに、今回の中級騎士たちの失態は、流石の伯爵たちも庇いきれなかった。彼らは揃って騎士資格剥奪の上、永久追放となり、それぞれの実家へ強制送還された。実家で彼らを待っていたのは、勘当や絶縁である。

 原因を作った映像には、オルフェ自身は意図していなかったが、オルフェの魔法がばっちり映っていた。

 五メートルを超える土壁に、中級騎士たち三人に掛けた補助魔法。普通の宮廷魔法師ならば、どちらか片方だけでも日に一度しか発動できないほど、大量の魔力を消耗する魔法だ。

 また、魔物を討伐しているときも、映像記録魔法を使ったままだった。

 騎士団上層部は映像記録という無視も無効にもできない状況証拠をつきつけられ、とうとうオルフェへの態度を改めた。


「だけど、お前はやっぱり下級騎士なんだとさ」

「ん、そっか。ねえ、これちょっと多いよ。グライドも呼んで」

 先程しょっぱいものを欲していた口はどこへ行ったのか、オルフェはバケツプリンに挑んでいた。

「後で呼ぶからまず話を聞け。階級は下級というのはどうしても譲れないらしくてな。その代わり、お前には特殊肩書が付くことになった」

「あ待ってこれ、カラメルがいい感じにほろ苦くていくらでも入る」

「一旦スプーンを置け」

「ちゃんと聞いてるよ」

 ダートは諦めの溜息をつき、それから背筋を伸ばして、言うべきことを言った。


「下級騎士オルフェ。貴殿はこれより『特別』下級騎士の任に就くことを命ずる」

「謹んでお受けいたします」

 オルフェはバケツプリンをもぐもぐと頬張りながら、拝命した。


「……グライド呼ぶか?」

「うん」


 オルフェたちの甘味の宴は、その日の遅くまで続いた。

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下級騎士は虐められてもノーダメージで甘味を貪り、幼馴染の騎士団長はフォローに奔走する 桐山じゃろ @kiriyama_jyaro

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