第4話

 壁沿いに筋トレマシン、窓の前にはランニングマシンが数台並んでいる。筋肉質の若い女性がイヤホンをしたまま黙々と走っていた。

 部屋の一番奥はフリースペースになっていて、ここでストレッチもできるらしい。ときどき講師がやってきてヨガ教室をやることもあるそうだ。ヨガの説明にメシコは食いついていた。


 今入会すれば入会金は無料ですよと言われ、その言葉につられたわけではないけど、僕たちはすんなりと入会を決めた。書類に必要事項を記入していく。


「ちなみに運動の目的を聞いてもいいですか?」

「ダイエットです。ちょっと太ってしまって」

「僕は……まあ、健康維持ですかね」

「なるほど。じゃあそれぞれにプランを作って、頑張りましょう。あ、書類のほうは預かります」


 スタッフは僕とメシコから書類を受け取り、中身を確認する。僕が性別欄に印をつけていなかったので、スタッフは勝手に男に丸をつけた。間違ってはいないし、僕もあえて書いていなかったのが悪いけど、勝手に書き足さないでほしい。


 どちらに丸をすればいいかわからなかったから、そのままにしておいたのに。こればっかりは僕のわがままなのかもしれないけど。


「まずはストレッチから始めましょうか」


 フリースペースでは準備体操用のストレッチの映像が流れている。僕とメシコはそれを見ながら身体をほぐす。


「美晴さんって身体柔らかいんですね」

「ストレッチは毎晩やってるからね。やんないと身体のライン崩れるし」

「なるほど。では私も今夜から毎日やります。健康的な身体を目指して」

「その意気だね。つーか最終目的は好きな人に振り向いてもらうことだろ?」


 メシコは指先をつま先に引っかけ、身体を折り曲げながら笑う。口角をわずかに上げただけのそれを、笑うと表現するのは微妙かもしれない。


「……振り向いてくれるといいんですけどね」

「なーに言ってんの。振り向かせんだよ。入会したんだから頑張るよ」


 僕はメシコの背中に軽く力を加える。メシコはぐえっ、とかえるみたいな声をあげた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る