第3話

 翌々日の昼、僕とメシコは待ち合わせてジムへ向かった。待ち合わせ場所にやってきたメシコの口元には食べかすがついていて、指摘したら気まずそうに人差し指で拭った。


「先週オープンしたカフェのモーニングを食べてから来ました。ずっと気になっていて。大変美味でした」

「なるほどなあ……ってダイエットはどうした」

「……これから頑張ります」

「それってダイエット失敗するやつの台詞じゃん」


 今日は動きやすい格好で来てくださいとジムの人に電話で言われた。つまり、なにかしらの運動をさせられる可能性があるというのに、お腹いっぱい食べてきたというわけだ。


 メシコのそういうぶれないところが気にいってはいるけど、ダイエットが続くのか先行き不安にもなる。

 ジムはビルの一室にあり、大きな窓からは道路と歓楽街が見える。うちの店があるあたりもばっちり見えた。


「……今日の美晴さん、なんか雰囲気が違いますね。帽子をかぶっているからでしょうか」

「ん? そうだね。いつもに比べると、今日はボーイッシュな雰囲気かも」

「ふーん」


 ──話振っといて『ふーん』って。リアクションうっすいなあ。


 僕はメシコのこういうフラットなところが好きだ。他人にあまり興味がないように見えるけども、それがかえって楽だ。


 僕が男の身体を持ちながら、こういう服装やメイクをしていることをあれこれ言う人間がいる。他人はどうやら僕のことを気にせずにはいられないようだ。ひどい人になると、僕みたいな人間はどう蔑んでもいいと思っているらしい。


 確かに僕は少し特殊なのだろうという自覚はある。

 だけど僕は僕の好きなことをやって生きているだけだ。法にも触れていないし、恥ずかしいことをしているつもりもない。それに僕にだって当たり前に感情もあって、怒るし傷つく。


 だから、食以外のことにそれほど興味がなく、僕をただの『美晴さん』として見ているだけのメシコは一緒にいて楽だ。


「あ、ご予約の方ですね。こちらにどうぞ」


 スポーツ刈りの爽やかな男性スタッフが僕たちを迎えてくれる。僕を見て顔に困惑がにじんだ。


 明らかに見た目が男なのに女性物の服を着ているし、耳やら口元にシルバーのピアスがいくつか光っている。そんな僕が異様に映るのだろう。それはわかっているけど。


 スタッフはどうにか笑顔を張りつけて、なにごともなかったようなふりをする。彼は僕たちの数歩前を歩き、器具の説明しつつ、他のお客さんににこやかに挨拶をしていた。


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