世襲

 情報収集は何よりも大事だし、時間をかけるべきだ。岬玲奈が心掛けていることである。

 仮称レモンから手紙が届いて1週間、玲奈はずっと調べ物をしていた。ターゲットとなる家の家主である吉原修司の関係を探っていたのだ。

 単純に、綿密な計画は怪盗にとって最重要事項である。ただ、それ以上に、仮称レモンの正体を暴くためでもある。なぜ手紙を送りつけてきたのか、なぜ吉原修司なのか。ここを紐解けば、真相に迫る手掛かりになるかもしれない。


 𠮷原修司は国会議員の家系である。曾祖父の代から国政の要職を歴任しており、所謂世襲議員というやつだ。その生い立ちから、彼の人脈は広範に及んでいる。やはり、広く顔が通じるというのはそういった職業には必須なのであろう。なんだかんだで民主主義の国家で議員を続けているのがその証左だ。しかし、その人脈の中には、決して世間一般の評判が良くない団体も存在するのだが……。

 評判の芳しくない団体。具体例を挙げるならば、集金活動ばかり熱心な新興宗教団体だとか、法律の端でドリフトしているような活動家の集団だとか。そういった団体の中に黒幕……仮称レモンが存在する可能性は、真っ先に考えたところである。だが、動機がなかった。たいして大きくもない美術館に、分かりづらい暗号を隠す動機がない。新興宗教も活動家もその他の団体も、一番の目的は集金活動である。その活動から何らかの利益を得られるから、そういった団体はなくならないのだ。

 美術館を介した暗号がどこかで利益に繋がる可能性は十分にあるだろう。だが、そんな回りくどいことをする価値は、どこにあるのだろう。暗号を使ってできることは一つ。当然、何らかの情報を伝達することである。この情報伝達という点で、件の暗号は決して優秀とは言えないだろう。アニメやドラマの中のものであれば、そこに説得力はあるが、これは現実の話だ。こんな謎解きゲームみたいなことをしないでも、もっと簡単で便利な暗号はいくらでもある。利益を第一としているであろう団体は、この暗号を隠した黒幕とは思えなかった。それに、国会議員と繋がれるような資金力のある団体ならば、三宅樹のような素人の少年を作戦に起用するのも不自然だ。もっと適当な人材を募集するくらいできるだろう。


「この人のこと何か知らない?」

 𠮷原修司について、樹に聞いてみた。

「えっと……。庶民党とかでしたっけ?」

 残念。彼は民主党員である。

「𠮷原修司。名前とかだけでも聞いたことない?」

「う~ん。……あっ」

「?」

「施設の職員さんに名前が似てる人が居ました!」

「……へえ」

 この筋は違いそうだ。

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