怪盗レイナと消えた金塊

アジト

 都内某所。誰もついてきていないことを確認して――樫本かしもとかえでをちゃんと撒くことができたか確認して、それからみさき玲奈れなは狭い路地裏に消えた。

 右に曲がり、左に曲がり、次は直進。そうして進むと、都心のど真ん中とは思えないほど人通りのない裏通りに出る。そんな通りのさらに端の方に、古めかしいコンクリート造りのビルが建っていた。このビルが丸々一棟怪盗レイナのアジトとなっている。

 ビルの一階は駐車場で、2階はちょっとした事務所のようになっている。少し錆びている金属製の扉を開けて、部屋の中に入る。

 何もなくて殺風景な部屋だ。窓は全てカーテンが閉め切られており、ドアから入って両サイドの壁には沢山の本棚が並んでいる。もちろん、本棚は大量の本で埋まっている。部屋の真ん中には安っぽい折り畳みの机と、それに見合わない豪奢な意匠の椅子がある。机の上にはゲーミング系のデザインのノートパソコンと、ティッシュボックスが一つだけ置かれていた。

 玲奈は部屋の中をキョロキョロ見回してみる。やはり、この部屋には本棚と机と椅子しかない。

「トイレとかかな?」

 部屋の外の廊下の突き当りに一室だけトイレがある。この階にはそこしかない。ドアノブを回してみると、鍵はかかっていなかった。特に迷うこともなく開けて……中を見て、玲奈はドアを閉めた。

 大きく深呼吸して、その場にしゃがみ込んで目を覆った。

「……ごめん」

 ドアの向こうからは少年の声が聞こえてきた。

「すみません……本当に、ごめんなさい……鍵かけるの忘れてて……」

 声の主の名は三宅みやけいつき。数日前のとある事件で出会って以降、玲奈……というか、怪盗レイナのアジトで生活している。樹は元は親が居ない子供であり、施設で暮らしていた。そこを保護した形である。


 少し気まずい空気の中で、樹は玲奈と昼ご飯を食べていた。机の上に広げられているのは、玲奈が近所のコンビニで買ってきた弁当である。

「あの……玲奈さんは食べないんですか?」

 食べているところをじっと見つめられているのに耐えきれなくなったのか、樹がそう洩らす。

「私はもう食べちゃったからいいよ。私のことはいいから、育ち盛りの少年はいっぱい食べなさい」

 玲奈が樹の頭をポンポンと軽く叩くと、顔を赤らめて俯いてしまった。暫くして頭を撫でられている状況に耐えられなくなったのか、玲奈の手を振りほどいて樹の方から話を振ってきた。

「あの……先日の話なんですけど、今朝見たらアカウントが消えちゃってて」

「ああ、CipherCryptのことね」

 CipherCryptというのは、樹が事件に巻き込まれた発端であるDMダイレクトメールを送ってきたアカウントの名前である。アイコンが黄色い紡錘形の画像だったから、玲奈は勝手に「仮称レモン」と名付けている。

「アカウントが消えるのは想定内だけど、あれから4日か。意外にも長期間残してくれた感じかな」

「それが、それだけじゃなくて。今度は僕宛てに手紙が届いたんです。施設のほうに届いたって話で、転送してもらったんですけど……」

「待って、転送ってどこに?」

「手続きのときに使った住所にしたんですけど……駄目でしたか?」

「だって、あの住所って……」

 ちょうどその時、玲奈のスマホに着信が入った。

「楓も居るんだよ……」

 掛かってきた相手は、樫本楓の私用携帯だった。玲奈はスマホを掴んで部屋の外に出て行った。暫くの間、部屋の外から玲奈の不服そうな声が聞こえ続けた。樹がそれなりに量があった昼ご飯を完食したくらいのタイミングで、玲奈が戻ってきた。なんだかゲッソリしているように見える。

「すみません、僕の勝手で……」

「ダイジョブダイジョブ、少年は気にしなくていい。アイツに勘付かれるのはどうせ時間の問題だったし」

「勘付かれる……って、何かバレたんですか?」

「うーん、ちょっとね。偽住所用意するの面倒臭かったから、勝手に借りちゃって……」

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