翌朝

 ネットニュースのトップ記事には、昨夜の美術館のことが書かれていた。ただ、事細かに書かれていたのは爆発事件のことだけで、怪盗レイナという文字は記事の途中に小さく載っていただけだった。その点に不満を抱きつつ、岬玲奈はニュースサイトを閉じた。

「結局、どういうことだったの?」

 隣で新聞を読んでいる樫本楓に尋ねられた。

「どういうことって?」

「あんたがどこまで知ってるか知らないけど、私には一連の事件はさっぱり。事務員の……加藤健太さん?が、例の山水図に固執していて、何故か爆弾を仕掛けようとした。その爆弾はどうにか回避したものの、今度は新たに出てきた少年に爆破された。しかも、正体不明の存在に犯行を指示されたとか。……あんたは多少は知ってるんでしょ?」

 玲奈はテーブルの上のコーヒーを一口飲んで、小さくため息を吐いた。

「いや、私もそんなには知らないよ。」

 少し間を置いてから、玲奈は一連の事件の流れを話し始めた。


 発端はピンクダイヤまで遡る。

 先に言っておくと、玲奈がピンクダイヤに目を付けたのは単に綺麗だったからである。綺麗だったし、当時の目玉展示品の一つでもあったから、それなりのセキュリティでやりがいもあった。

 ところが、後日ピンクダイヤを眺めていたところ、これの持つ別の側面に気付いたのだった。ダイヤの価値判断の基準とされる重さカラットカラー透明度クラリティ、カットの4種を組み合わせると、暗号のような文字列を導き出せることに気付いたのだ。ただ、これだけだと何も分からない。そんな矢先の国宝展であった。

 ピンクダイヤの一件は、結局イマイチ締まらないまま終わってしまった。だから、怪盗レイナの本当のデビュー戦も兼ねて、もう一度あの美術館に挑もうと思ったのだ。本当は、暗号がなんだったのか分からないモヤモヤしたまま終わるのが気に食わなかったからである。

 美術系の知識ならそれなりにあったが、それはそれとして、玲奈自身には水墨画とかの趣味はなかった。キラキラしてなくて地味だし。それでも例の山水図をターゲットとしたのは、ピンクダイヤと同じで、目玉展示品とされていたから。そもそも、国宝っていうものはキラキラしていないから、他に玲奈の趣味に合うようなものもなかった。仕方なかったのだ。でも、運良くビンゴを引いた。加藤健太がまんまと釣れたのだった。

 続いて、加藤健太に鎌をかけてみることにした。ピンクダイヤの一件もそうだし、山水図にも何故か固執しているようであった。そこでとった行動が、健太への怪盗レイナの犯行時刻の予告である。結果、健太はそのことを他の人間に話すことはなかった。そこまでして他者に話せない秘密があるということだろう。

 秘密を抱えた健太は、なんらかの手段で山水図を守ろうとする。このとき、自力では解決できないと判断した健太は、黒幕になんらかの連絡を取ったはずだ。一般人は入手不可である爆弾も、そのルートからの入手と考えられる。楓の時間稼ぎのおかげで処理できたものの、あと少しで酷いことになっていた。

 当初の作戦では、このときの健太を介して黒幕との接触を試みる算段であった。しかし、

「加藤さんはもういいの?」

 楓が尋ねる。

「彼はもう警察のほうに任せるよ。直接黒幕に繋がりそうなものも見つかったし」

「……いつきくんのこと?」

 玲奈は頷いた。

 一連の事件の最後で飛び出して、爆弾を投げ込んできた少年。なんらかの存在に指示されて、爆弾を放り投げて山水図を破壊した。

「やっぱりあの山水図には秘密があって、爆破なんて強硬手段に出てでも揉み消したかったんだろうね。でも、何が理由だったのかは分からない。加藤さんがあんなことをしている理由も、あの美術館で何が行われていたのかも、何も分からない。如何せん、現状じゃ手掛かりが少なすぎるしね」

「そうだね。結局、あの山水図は爆破されてなくなっちゃったし。手掛かりはあの子だけかぁ」

「……そう思う?」

 玲奈は不適な笑みを浮かべる。

「どういうこと?」

「怪盗レイナは予告は違えないってこと。」

「だから、どういうこと?」

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